24、お母さんは、れんくんのお母さんに連絡したいことがあるようです

「先日は、ありがとうございました」

『こちらこそ! れんもとっても楽しかったみたいで、嬉しかったわ』


 お母さんは、れんくんのお母さんに電話をかけていました。お父さんから、ゆうととれんくんがAI詩を鑑賞する遊びをした様子を聞いたお母さんは、さっそくれんくんのお母さんにチャットで報告したのです。すると、れんくんのお母さんのほうから『今電話できる?』というチャットが飛んできたので夕食後の一息つく時間に、電話を掛けた次第なのでした。


 れんくんのお母さんは、いわゆる「ママ友」です。授業参観や運動会のときなどに顔を合わせては、情報交換をする仲でした。れんくんの家はお金持ちのようですが、れんくんのお母さんは少しも偉そうにせず、気軽に接してくれます。そのためお母さんも安心して話をすることができるのです。


 電話越しに聞こえるれんくんのお母さんの声は、弾んでいるようでした。


『蓮がね、悠翔ゆうとくんの家に行ったときの話をすごくしてくれるのよ。生成AIだっけ? それで悠翔くんのお父さんに詩を書いてもらったら、いろんな作品ができて、悠翔くんともいろいろな話ができたって。私は正直、生成AIってちょっと怖いものだと思っていたのだけれど、使い方次第なのね』

「そう思います。わたしも、実は心配だったんです。入力する内容によっては、子どもに見せるべきではない、差別的な回答をしてくることもあると聞いていたので」


 お母さんがしんみりと言葉を返すと、れんくんのお母さんは電話の向こうで頷いているような気配がしました。


『わかるわかる。でも結局、人間が作り出したものだもの。人間が上手く使えばいい話よね。ダイナマイトと一緒よ。トンネルの採掘に使うか、兵器として使うかは人間しだい。あ、ちょっと不謹慎なたとえだったかしら?』

「いえ、おっしゃりたいこと、よくわかります」


 生成AIは、お母さんの感覚からするとかなり人間に近い思考回路を持っています。そのせいで、今まで触れてきたどんな道具よりも『扱いにくい』という印象がありました。しかし、使ってみると案外そうでもないのです。もちろん使い方にもよるのでしょうが、ゆうとと一緒に詩を作る遊びをしている分には特に問題はなさそうでした。れんくんのお母さんの言う通り、人間の使い方次第で楽しい遊び道具にも、怖い道具にもなりえるのでしょう。

 れんくんのお母さんは声を潜めました。


『実はうちの旦那の会社では、個人情報だとか会社の機密情報だとかを生成AIに入力するのは禁止されているらしいの。でも悠翔くんのご両親がやっているのは、一般名詞を使って詩を作る試みだから全然問題ないわよ。私も目からうろこだったわ。まさか生成AIを子どもと遊ぶ道具として使うなんて。私はてっきり、生成AIってビジネスマンが業務を効率化するために使うものだとばかり考えていたから。そんな活用方法があったの? って。本当によく思いついたわね』

「思いついたのは、主人なんです」


 お母さんは、少し前にしたお父さんとの会話を思い出しながら口を開きました。


「休みの日にゆうとが、詩集について尋ねてきたんです。わたしが詩集を読んでいたので、気になったんだと思います。それで、わたしなりに詩の面白さについて説明したら、もっと詩を読んでみたいという話になって」

『さすが悠翔くんね。国語が好きなんだって、蓮からも聞いてるわ。将来が楽しみね』


 れんくんのお母さんの言葉に、お母さんは見えていないとわかっていながらも頷きます。


「はい。でも、家にある詩集はたいてい、わたしはもう読んでしまっているのでどうしても、ゆうとと話をしようとしても先入観が入ってしまいます。そんな話を主人としていたら、主人が『AIに書いてもらった詩なら、フラットな目線で『鑑賞』ができるんじゃないか』と言ったんです。二人で試してみたら、思ったよりしっかりそれらしい詩を書いてくれることがわかったので、ゆうととの遊びに取り入れることにしました」

『なるほどね。それならたしかに、悠翔くんのお父さんとお母さんが平等に遊べるもの。私のところは旦那も私も詩に疎いからあれだけど、悠翔くんのところはお母さんのほうが詩について詳しいのよね?』


 気軽に発せられた問いかけに、お母さんは少し逡巡します。れんくんのお母さんの言う通りなのですが、あまりお父さんを下げるような表現を使いたくはなかったのです。やや間をおいてから、ゆっくり言葉を選びました。


「ええ。……主人は少し、国語に苦手意識があったので。でも、この遊びは主人も楽しくできているようです。ゆうとと思いがけない話をするきっかけづくりになるのだと言っていました」

『そうそう。蓮も、ふだんあまりしない鳥の話をしていたわ。もっとも、鳥が好きなのはわかっているのだけれど、旦那があまり好きではないものだから、家ではあまりしないのよね。でも『ゆうとくんの家で、たくさん鳥の話ができた』と言って喜んでいたのよ』

「それはよかったです」


 れんくんが、大事そうに鳥の図鑑を持っていたことはお父さんから聞いています。それでようやく、お母さんは電話で伝えるべきことを思い出しました。


「そういえば、ゆうとと蓮くんが話したとき、蓮くんのご実家に遊びに行きたいとゆうとが言っていまして。子ども同士の話なので、ご迷惑でなかったかなと心配していたのですが……」

『ああ、その話ね! 蓮にも言われたわ。『今度おじいちゃんおばあちゃんのところへ行くとき、ゆうとくんが一緒でもいい?』ってね』


 答えるれんくんのお母さんの声は楽しそうです。


『悠翔くんのお母さんもお仕事があるでしょうけど、もし休みが合えば一緒に来ない? わたしの実家は全然大丈夫なのだけど、ほら、やっぱり小学校低学年の子どもを、ひとりで預けるのは心配だと思うから。悠翔くんもしっかりしているけれど、両親と離れて一人で泊まるとなると、不安に思うこともあるでしょうし』

「いいんですか、わたしが一緒に行っても」


 かなり前向きな答えが返ってきて、お母さんは少し心配になりました。れんくんのお母さんやご実家に、迷惑をかけたくはないからです。しかしれんくんのお母さんの声はあくまでも明るいままです。


『私は大歓迎! 私の実家、蓮も話していたと思うけれど本当に『ザ・日本の田舎』って感じのところなのよ。春だったらタケノコ堀りができるし、初夏なら田植えもできるし、走り回れる土地だけはたくさんあるんだから。ほら、最近この辺りはいろいろ規制が入って、子どもたちが自由に遊べる場所がどんどん減ってきているじゃない? 私の実家に来てもらえれば、のびのび遊べると思うわよ』

「ええ。わたしたちが小さいころに比べて、外遊びができる場所が減っているという話は主人ともよく話していました。……本当にご迷惑でなければ、是非ご一緒させていただきたいです」


 れんくんの実家が、本当に『ザ・日本の田舎』なのであれば、確かにゆうとを楽しく遊ばせることができそうです。最近は暑すぎて家にいることが多いゆうとも、本来は外遊びが大好きなのです。森林公園で中級のアスレチックで遊べなかったことを、今でも不満に思っているくらいですから。だから気候のいい時期に、広い空間で外遊びができればいい経験になるでしょう。


『おっけー。まだ先の話になるでしょうから、これからゆっくり予定を詰めていきましょ。悠翔くんのお母さんと一緒に実家に行けるなら、いっそうリフレッシュできそう。楽しみね』

「そう言っていただけると、嬉しいです。わたしも楽しみです」

『うんうん。子どものためっていうのが一番だけど、子育ては私たちも楽しまなくちゃね。じゃあまた、連絡するね』


 始終軽快な調子で話していたれんくんのお母さんが、通話を切りました。お母さんが通話が終わったメッセージアプリの画面を見ていると、すぐにれんくんのお母さんから『またね!』というスタンプが送られてきます。手を振っているうさぎのスタンプに思わず笑みが漏れつつ、お母さんも『ありがとうございました』『よろしくお願いします』という二つのスタンプを送りました。すぐに既読がつき、『いいね!』のマークがつくのを見届けてから、お母さんはアプリの画面を閉じます。


(色々と考えなくちゃいけないな。でも、ゆうととわたしが楽しく過ごすためだもの。楽しい予定の準備は、楽しくやらないとね)


 お母さんは考えるべきことを頭の中で整理しながら、夕飯の準備にとりかかるのでした。

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