17、依頼文:「てんとうむし」が含まれる五行の詩を書いてください

 ひとしきりダークライダーの話をしていたゆうとは、ようやく少し落ち着きました。ゆうとはおしゃべりが好きで、一度好きなことについて話し始めると止まらなくなる傾向にあります。将来オタクになったら、もっとおしゃべりが止まらなくなりそうだなとお父さんは内心思っています。

 しかし、好きなものに夢中になれる人生は素敵だというのがお母さんの考えでした。その考えにはお父さんも同意しています。もしゆうとが何かのオタクになったら、ついていくのは難しいかもしれませんが、息子の話を聞くのが楽しいのは今と変わらないでしょう。だったら父親として、成長を楽しみにするだけだとお父さんは思うのでした。

 ゆうとはお父さんが注いできたりんごジュースを飲みながら、ふうっと息をついてお父さんを見上げました。


「えっと、詩の感想を言う話をしてたんだよね? ぼく、もう一個お題を考えてきたんだけど、そっちを言ってもいい?」


 どうやら、みつばちの詩のほうはさんざんダークライダーの話をしたことで満足したようです。あまり詩そのものの『鑑賞』になっていない気もしますが、あくまで遊びですから、ゆうとと色々な話をするきっかけになればよい。詩について真面目に考えるのは、お母さんと遊ぶときにやってくれるでしょう。お父さんはそう考えて、再び生成AIの入力画面を開きました。


「いいよ。それも、帰り道に見つけたシリーズなのか?」

「うん。『てんとうむし』ってどう? 前に植物園に行ったときに見たナナホシテントウじゃなかったんだけど、たぶんあれてんとうむしだと思うんだ。地面をゆっくり歩いていたから、踏まれたらかわいそうで道の脇の草にくっつけておいてあげたよ」

「そっか。いいことをしたな」

「だってかわいそうだもん。踏まれないところに行ってくれてたらいいんだけど」


 ゆうとはちょっと心配そうです。虫が好きなゆうとは、お父さんお母さんや、おばあちゃんに近づかないように言われている虫(みつばちとか)以外は、積極的に触ろうとします。それでいて虫を殺すのを嫌がります。だから踏まれてつぶされそうな場所にいたてんとうむしを放っておくことはできなかったのでしょう。その様子が容易に想像できて、優しい気持ちになったお父さんは生成AIに「てんとうむし」を条件にした指示文を打ち込みます。

 しかし、先ほどはみつばち、今回はてんとうむし。同じ昆虫です。もしかしたら似たような文章が返ってきてしまうかもしれません。お父さんはなるべく雰囲気の違う詩にしたくて、条件をもう一つ追加しました。


『「てんとうむし」と「ラジオ」を含む、小学校四年生が理解できる五行の詩を書いてください』


 AIはしばらく考えていましたが、ほどなくして文章が返ってきました。


“てんとうむし、小さな背中

 赤い斑点が、太陽みたい


 窓辺のラジオ、歌う声

 聞こえるのは、夏の午後


 てんとうむしは、どこへ行く?

 ラジオの向こう、誰の声?


 小さな世界、大きな世界

 つながるものがある


 てんとうむし、飛び立つよ

 ラジオの歌、聞きながら”


「今回は長いな。十行もあるよ。五行ってお願いしたのに、倍になっちゃった」


 詩の音読をしたお父さんはそういいつつ、タブレット端末をゆうとに見せます。


「五行の詩っていうのを、AIはわからないのかな? 前も五行じゃない詩があったよね」


 ゆうとはお父さんの言葉に同意しながら、二行目を指さします。


「この字が、ハンテン? てんとうむしの背中の丸い点のこと?」

「ああ。たぶんあれのことだ」


 お父さんが「たぶん」といったのは、斑点の前に赤い、という形容詞がついていたからです。お父さんの中でてんとうむしは、赤い身体に黒い斑点がついたナナホシテントウの印象が強く、赤い斑点がついたてんとうむしがぱっと思いつきませんでした。

 しかし、ゆうとは別のところが気になったようです。


「この詩も、インを踏んでいるのかな? 五行目と六行目がどっちもハテナ(?)で終わっているから。なんとなく、ラジオとてんとうむしを並べて、比べている感じがするよね、全体的に」

「確かに。でもてんとうむしは生き物だし、ラジオは動かない物だからあまり同じグループには入らない漢字もするな。なんでこの二つを並べようと思ったんだろう」


 お父さんはゆうとの関心に合わせて、「この詩が韻を踏んでいるか」というほうに意識を向けました。ゆうとはちらりとリビングの端に置かれたラジオに視線を送ります。


「たぶん、家の庭にてんとうむしがいて、家の外でラジオを聞いていたんじゃないかな。この前れんくんの家に行ったとき、そんな感じの庭があったよ」


 れん(蓮)くんというのは、ゆうとと同じクラスの友だちです。お父さんはまだ直接会ったことはありませんが、ゆうとやお母さんから話を聞く限り、どうやらけっこうお金持ちの家の子のようで、学校から少し離れた住宅地の一軒家に住んでいるらしいです。確かにれんくんの家ならば、屋外でのんびりラジオを聞けるくらい、広い庭があってもおかしくはありません。


「ということは、夏の午後に、れんくんの家の庭でラジオを聞いていたら、目の前の葉っぱにてんとうむしが留まって気になった、っていう感じなのかな? でもすごく暑そうじゃないか?」


 お父さんがれんくんの家の庭の様子を想像しながら問いかけると、ゆうとはうーんと首をかしげました。


「たぶん、そんなでもないと思う。れんくんの家の庭って、植物でできた屋根があって、支えてる柱から冷たい霧が出てるの。屋根の下にベンチがあって、そこに座るとすごく涼しいんだよ。れんくん、冷房は寒すぎて苦手らしくて、庭のベンチがお気に入りだって言ってたから」

「……すごいね」

「うん! ぼくの家にもあったらいいなって思ったけど、あんな大きい屋根は家のベランダには入らないよね」

「そうだなぁ。マンションだとちょっと難しいかな」


 れんくんの家の庭が思ったよりも大きそうで、お父さんは唸りました。ゆうとの話を言葉通りに取るならば、藤棚のような棚と、ベンチ。さらには棚にミストシャワーが備え付けられていることになります。どれもお父さんが考える一般的な家庭にあるものではないので、れんくんの家はやはり相当なお金持ちなのでしょう。


「じゃあ、れんくんの家の庭だったとしたら、夏の午後でもあんまり暑くなく、てんとうむしを見ながらラジオを聞けるのか」

「できると思う。それで、ラジオから曲がかかってて、曲を聞きながらてんとうむしをじっと見てたら、かかっている曲をだれが歌っているのかと、てんとうむしがどこに歩いていくのかが両方気になっちゃってるんだ。てんとうむしがいる葉っぱの上の小さい世界と、ラジオでつながってる大きい世界があるなぁって思ってたら、てんとうむしが飛んでいって、それをラジオを聞きながら見送ってるっていう話なんじゃないかな」


 ゆうとには、れんくんの庭の様子がはっきりと思い浮かんでいるようです。矢継ぎ早に繰り出される言葉を、お父さんはしっかりと受け止めます。


「そうか。ゆうとは、れんくんの家の庭でてんとうむしを見たことはあるのか?」

「ううん。でも、いそうだなって思う。もし今度れんくんのうちにてんとうむしがいたら、この詩のことを思い出す気がする。そうしたら、れんくんにも話してみようかな」


 そこまで言ったゆうとは、「そうだ!」と言ってソファからぴょんと立ち上がりました。


「詩を読む遊び、れんくんともいっしょにやってみたい! こんど、れんくんを家に連れてきてもいい?」


 突然の提案に、お父さんは首をひねります。


「そうだなぁ。土日だとれんくんも予定があるだろうから、平日のどこかで半休がとれたらいいんだけど。ちょっとお母さんと相談してみるよ。近いうちに休みが取れそうな日があったら教えるから、そうしたらゆうとが、れんくんに来れそうな日を聞いておいてほしいんだ。できるかな」

「うん! わかった」


 元気よく頷くゆうとを見ながら、お父さんは今日の夜、お母さんに話すべきことを頭の中で整理するのでした。

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