第2章 キーワード:まちの生き物で生成AIに詩を書いてもらうとどうなるか?

16、依頼文:「みつばち」が含まれる五行の詩を書いてください

「お父さん、『お題』、思いついたよ!」


 お父さんが家に帰ってくるなり、ゆうとが飛びついてきました。帰宅を今か今かと待ちかねていたようです。全力でぶつかってくるゆうとを受け止めながら、お父さんはぽんぽんと背中を叩きます。


「お、詩のお題かな。ちょっと待っててな、手洗いとうがいをして、準備をしたらすぐに戻ってくるから。その時に話を聞かせてほしい」

「わかった!」


 元気よく返事をするゆうとからそっと身体を離して、お父さんは洗面所へと向かいます。


 ゆうととお父さん、お母さんの家族は、ちょっと前から「生成AIが作った詩を読んで、どういう意味か、自分だったらどう考えるかを考える」という遊びをしていました。生成AIが詩を作るには、何かしらの「お題」を与える必要があるのですが、それを何にするかはゆうとに任せられていました。そこでゆうとは、学校の行き帰りの間ずっと、どんな「お題」がいいのかを考えていたのでした。


 お父さんがリビングに戻ると、ソファから立ったり座ったりを繰り返していたゆうとが再び近づいてきました。きらきらとした目でお父さんを見上げます。


「お父さん、もう『お題』言ってもいい?」

「ゆうとはやる気満々だな。いいよ」


 タブレット端末に生成AIの入力画面を表示させながら、お父さんはソファに腰かけます。続いてゆうとも隣に座りつつ、口を開きました。


「お題『みつばち』はどう? 今日、学校の帰りにすぐ近くを飛んでたから。ほら、前までは『家にある家電』をお題にしてたでしょ? だから今度は、『ぼくの学校の行き帰りで見つけた生き物』にしてみたいなって」

「お、いいんじゃないか。この時期にみつばちなんて飛んでいるんだな」


 お父さんがタブレット端末に文字を打ち込みながら呟くと、ゆうとは画面をのぞき込んできます。


「一匹だけしか飛んでなかったよ。近づいてびっくりさせない限りは安全だっておばあちゃんが言ってたから、そおっと見てたけど」

「それがいいな。ハチは遠くから見るだけにしておいたほうがいい。刺されると危ないからね」

「うん」


 そんな話をしている間に、生成AI「Google Gemini」が詩を生み出していました。


「お、できたみたいだぞ。見えてると思うけど、音読するよ」

「わかった」


 お父さんは右肩にかかるゆうとの重みを感じながら、タブレット端末に浮かび上がった文字を読み上げます。


 “みつばち


  黄色い服を着て

  忙しく働くみつばち

  花から花へと飛び回り

  甘い蜜を集めている

  みんなの笑顔のために”


「今回はタイトルがついてるな……いま、音読をしたところでわからない言葉はあったかな?」


 お父さんの問いかけに、ゆうとは首を横に振ります。


「ううん。読めない漢字はやっぱりいくつかあるけど、意味は全部わかるよ。それで、気になったのは“黄色い服を着て”っていうところかな。だってみつばちって服を着てるわけじゃなくて、そもそももとの肌の色が黄色なんじゃない?」

「確かにそうだな」


 けっこう現実的な指摘に、お父さんは相槌を打ちます。お父さんも、ゆうとの言う通りだとは思いますが自由に発想を膨らませたいところです。どう話を広げようかと、お父さんは頭をひねりました。


「じゃあ、もしみつばちが服を着ているんだとしたら、もとの皮膚の色はなんだとおもう?」

「えー? そうだなあ」


 ゆうとは頑張ってみつばちの姿を思い出そうとしました。おばあちゃんやお父さんから、ハチには近づかないようにと言われているので遠くからしか見たことがありません。なのではっきりとした色味を思い出すのは難しいのです。それでも、何となくの姿かたちから想像していきます。


「確か、みつばちってからだは黄色っぽいけど、手足は茶色っぽいよね? 人間だったら、からだは服を着ているからいろんな色になるけれど、手足は出ているからもとのヒフの色。ぼくだったら白っぽい黄色? になるのかな」

「そうだね」

「だったら、みつばちもからだだけ服を着ていて、手足は生身なんだとしたら、手足の色がヒフの色なんじゃないかな。茶色っぽい感じ?」

「確かに、それはありえそうだね。ちょっとみつばちの写真を見てみようか」


 お父さんはタブレット端末を操作して、ミツバチの画像を検索します。うっかり検索ワードを間違えると、ハチの仲間であるアブなどの画像が出てきてしまうので注意して、『ニホンミツバチ 画像』と入力しました。すぐに、花の上に留まっているミツバチの写真が表示されます。


「あれ、思ったより足が黒いね。からだも意外と黄色じゃない」


 ゆうとが目をぱちくりさせつつ写真を指差します。確かに、検索結果に出てきたミツバチの足は黒く、ついでにいえばお尻にあたる部分も黒と黄色のしましま模様だ。それもシマウマみたいに白と黒が平等の太さなわけではなく、明らかに黒のほうが太い。


「だったら、あれかな? 実は全身黒い服を着ていて、上から黄色い服を着ているのかも。ほら、ダークライダーみたいな」


 ダークライダーというのは、ゆうとがはまって見ている戦隊もの『笑顔の戦士・スマイリージャー』の敵キャラです。ライダーと名のつく戦士たちは皆色とりどりのカラースーツを着て、その上から変身アイテムを身にまとっています。

 その中でダークライダーは黒色の戦士で、正義の味方のライダーたちを模倣して作られたという設定。黒いぴっちりした服の上からごてごてした変身アイテムやら武器やらを身につけている姿は、確かにみつばちに似ているのかもしれません。もちろん、お父さんはゆうとと一緒にスマイリージャーを見ているので、すぐにその姿を思い出しました。


「確かにな。ダークライダーとみつばちが似ているんだとしたら、みつばちが身にまとっている黄色い部分は戦闘アイテムが詰まっているのかもしれない」

「そうか! だからみつばちは、毒が入った針を持っているんだね! ダークライダーにとってのダークソードが、みつばちにとっての毒針なんだ」


 ゆうとが興奮して身を乗り出してきます。言われてみれば、強力な武器を持っているという点で、みつばちもダークライダーも同じです。そしてもう一つの共通点をお父さんは思い出しました。


「それでいうと、ダークライダーの武器とみつばちのどくばりって、同じような部分もある。ほら、ダークライダーはダークソードを使えば使うだけ、自分の命が削られるだろう?」

「うん」

「実はみつばちの毒針も同じなんだ」

「そうなの?」


 ゆうとが好きなダークライダーと、みつばちに共通点がある。それだけでゆうとはもう、興味津々です。お父さんは以前本で読んだ知識を思い出しながら、言葉を続けました。


「みつばちの毒針は、からだの大事な部分とつながっているんだ。だから毒針を敵に刺すと、からだがちぎれて死んでしまう。みつばちの攻撃は、命がけなんだよ」

「えっ、そうなの?」

「ああ。だからたぶんおばあちゃんは、ゆうとに『みつばちには近づかないように』って言ってたんだよ。うっかり近づいて刺されたら、ゆうとも痛いしみつばちも死んでしまう。そんなのどっちも嫌だろう」

「うん」


 こくりと頷いたゆうとですが、頭の中はみつばちとダークライダーの共通点のことでいっぱいでした。


「そうしたらさ、ダークライダーって本体はみつばちなのかもしれないね! それだけ同じところがあるんだから!」

「ありえるな」


 お父さんが同意する声を聞いているのかいないのか、ゆうとは新発見をした喜びでうんうんと首を振っています。

 ふとした思い付きでしたが、ゆうとの推測はあながち間違っていないかもしれない。だって戦隊ものは、虫をモチーフにしていることもあるのだから。そんなことを思いながら、お父さんは楽しそうなゆうとの様子を眺めているのでした。

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