14、依頼文:「洗濯機」が含まれる五行の詩を書いてください

 お父さんは、リビングにかかっている時計をちらりと見やりました。まだ、夜ご飯を作り始めるまでにはすこし時間がありそうです。


「ゆうと、もう一つくらい詩を作って遊べそうだけど、やる?」

「うん! でも、ほかに家電って何があるかなぁ」


 今まで「家電」をお題の縛りとしてAIに詩を書いてもらっていたので、ゆうとは次の詩も同じ形で頼みたいようです。お掃除ロボット、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、エアコン、ラジオ、テレビ……周囲を見渡してぱっと見つかる家電は、おおよそお題にしたような気がします。


「ちょっと、他の部屋も見てこようか? もしかしたらリビング以外のところに、まだお題にしていない家電があるかもしれない」

「そうだね! 行く行く!」


 立ち上がったお父さんの後をついて、ゆうとは軽い足取りで進みます。リビングを出て左に曲がり、玄関をちらりと見ましたが「家電」は見当たりません。隣の扉はトイレです。扉を開けても見慣れた便器があるだけで、「家電」はなさそうです。その次の扉を開けて、洗面所の中を見た瞬間、ゆうとは声を上げました。


「あ! 洗濯機! 忘れてた!」


 洗面所の奥には、大きな洗濯機が鎮座しています。いつもお父さんやお母さんが洗濯をするのをゆうとは見ていましたが、ふだん洗面所に長居をすることはないので、存在をすっかり忘れていました。


「じゃあさ、次のお題は『洗濯機』にしよう!」

「わかった。そうしたら、戻ってAIに詩を書いてもらおうか」

「うん!」


 ゆうととお父さんは再びリビングに戻り、ソファに並んで腰かけます。お父さんはソファの前のテーブルに置いてあったタブレット端末を手に取り、AIに指示文章を打ち込みました。ダイヤモンドのような形の光がくるくる回り、文章が返ってきます。お父さんはタブレット端末をゆうとも見られるような高さに持って行ってから、生成された「詩」を読み上げました。


“洗濯機はぐるぐる回り、

白い泡を空に飛ばす。

窓の外は青空で、

めがねをかければ、

世界がキラキラ輝いて見える。”


「あれ、この洗濯機、ふたをしてないのかな? 泡が空に飛ぶっていうのは、そういうことだよね。でもふたは閉めなくちゃいけないって、前お母さんが言っていたよ」


 ゆうとはまず、最初の2行が気になったようです。お父さんもゆうとの指摘に頷きました。


「そうだな。本当は洗濯をするときは、ふたを閉めなくちゃいけない。でないと、洗濯機は動いてくれないんだ。でも、それはあくまで『お父さんやお母さん、ゆうとが知っている洗濯機』の話だ。世界のどこかには、ふたをしなくてもいい洗濯機が存在するのかもしれない」

「そっか。ぼくたちの家にある洗濯機と、詩に出てくる洗濯機は一緒じゃないかもしれないんだ」


 洗濯機のふたをしないといけない理由は、小さい子どもやペットが入り込んでしまったら、大けがをするおそれがあるからです。また、異物が混入したら、洗濯機本体が故障してしまう可能性も考慮しなければなりません。だから、ふたをしなくてよい洗濯機の存在をお父さんは考えられませんでしたが、ゆうとは「そういうものがある」という前提で考えを進めることにしたようです。


「たぶん、ふたをしない洗濯機は窓ぎわに置いてあって、窓が開いてるんだろうね。だから、洗濯をしていた泡が窓の外に飛んで行って、外を見たら青空だった。『めがねをかければ』ってどういうことだろう?」


 次にゆうとは4行目が気になりました。ゆうとも、お父さんも、お母さんも視力はいいほうです。そのため家にめがねはありません。ゆうとにとって、めがねはあまりなじみのないアイテムなのです。しかしさすがに、めがねの形は知っているでしょう。お父さんは何と説明したら分かりやすいかなと思い、ゆうとといっしょにタブレット端末の中の文字を見ながらうんうん考えました。


「ゆうと、フィルムめがねをかけたのを覚えているかな?」

「ああ、セロハンを貼っためがね? 覚えてるよ!」


 お父さんが思い出したのは、小学生向け雑誌の付録についていた、フィルムめがねです。いろいろな色のセロハンを、厚紙でできためがねに貼り付けると、世界が色々な色に見えるというアイテムで、ゆうとは面白がって何度もセロハンを貼り替えて試していたのです。

 ゆうとが試したことのある「めがね」はそれくらいしか思いつかないのでした。しかしゆうとは首をかしげています。


「うーん。あのめがねをかけたら、世界がいろんな色に変わったけれど、世界がキラキラ輝くっていう感じじゃなかったよ。むしろ、普通に見ているよりも暗く見えたから……あ」


 じいっと文章を見ていたゆうとは、はっとしたような顔をしてお父さんを見上げます。


「もしかして、二行目と五行目がつながってるのかな? ほら、泡を空に飛ばすってことは、洗濯機の泡が外に飛んで行ってるってことでしょ? だから、洗濯機の近くにいて、外が青空だって思っている人がいて、洗濯機の泡がその人のめがねにつくこともありえるんじゃないかな」

「なるほどな。ゆうとの考えでは、洗濯機の近くにめがねをかけた人がいる。洗濯機とその人の近くには、開かれた窓があって、洗濯機から飛び出した泡が空に飛んでいくのが見える。で、泡は空に飛んでいくだけじゃなくて、めがねをかけた人に向かっても飛んでくるっていうことか」


 お父さんはゆうとの言いたいことを理解するために、ゆっくり頭の中を整理しながら言葉を紡ぎます。なるほど、整理してみるとその可能性はありえそうです。お父さんの理解が正しかったのか、ゆうとは大きく首を縦に振りました。


「そういうこと! 本物のめがねってさ、ガラスみたいなものでできてるよね? それに泡がついたら、キラキラするんじゃない? ほら、雨が上がったときに窓ガラスに水が残っていたら、キラキラするよね。あれと同じ感じで」

「確かに。窓ガラスについた水滴は、日の光を浴びるとキラキラしているな。となると、詩に出てくる『めがねをかけた人』は、めがねについた泡が日の光を受けてキラキラしているっていう状態なのかもね」


 お父さんの言葉に、ゆうとはうんうん、と喉を鳴らしながら、ちらりと窓のほうを見やりました。窓の外では、しとしとと雨が降り続いています。雨脚はあまり強くはありませんが、風が吹いているので窓ガラスに時折、雨が打ち付けています。


「ぼくはめがねをかけないけれど、このあと雨が止んで青空になったら、この人が見たみたいなキラキラした世界が見られるかな?」

「そうかもな。でも、今日はもう日が暮れてしまうから、見られるとしたら明日だね」


 お父さんも窓の外を見ました。確か、天気予報では明日は晴れるはずです。もしかしたら窓ガラスに水滴が残って、ゆうとが言うような世界が見られるかもしれません。


「じゃあ、明日が楽しみだね」

「そうだな。キラキラした世界、見られるといいな」


 ゆうとの言葉にお父さんは頷きつつ、くぎを刺すことも忘れません。


「でもな、ゆうと。これはあくまで詩の中の話だ。家にある洗濯機は、ふたをして使わないと危ないし、泡が目に飛んできたら目が見えなくなっちゃうこともあるんだ。だから、気を付けて扱わないといけないよ」

「わかった」

「どの洗剤を混ぜたらいけないとかは、ゆうとがもう少し大きくなって、洗濯機を使うことになったら、また詳しく話をするよ」

「うん!」


 お父さんは使い慣れているので忘れてしまいがちですが、よく考えると、洗濯には危険な要素がたくさんあります。ふたをしないと危ないのはもちろんのこと、洗剤だって間違ったものを使ったら、毒ガスが出てしまうこともあります。ゆうとには、洗剤類を触らせないようにしていますが、自分で洗濯ができる年ごろになったら、正しい知識を伝えなくてはなりません。


(そのために、お父さんもちゃんと勉強しないといけないな)


 ゆうとには、「洗剤を混ぜてはいけない」だけではなく、「なぜ混ぜてはいけないか」まできちんと教えてあげたいと思っています。そこから化学への関心が生まれるかもしれないからです。

 なんでも、ゆうとが興味を持ちそうなきっかけづくりは怠りたくない。心の中で決意を新たにするお父さんなのでした。

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