13、依頼文:「テレビ」が含まれる五行の詩を書いてください

「じゃあさ、もうちょっと別の詩を作ってみようよ。ぼく、今まで家電のお題をいろいろ考えてたけど、いっこすごく目立つものを忘れてたんだ」

「お、なんだろう?」


 ソファでくつろいでいたお父さんがゆうとのほうを見ると、ゆうとはリビングの端を指さしました。


「テレビ! テレビって家電でしょ? けっこう大きいし、すぐ近くにあったのに忘れてたよ。お父さん、次の詩のお題は『テレビ』にしよう」

「わかった。じゃあ書いてもらうな」


 お父さんは、手にしたタブレット端末を操作して、生成AIへの指示文を打ち込みます。ほどなくして、生成AIからは詩が返ってきました。お父さんはそれをゆうとに見えるようにしてから、読み上げます。


“テレビの中の色とりどりの世界

魔法の箱から飛び出す夢

小さな画面に広がる大冒険

笑顔も涙も、ドキドキもワクワクも

色鮮やかに、思い出を刻む”


「今回は結構漢字が多いけど、ゆうと、読めるか?」

「うん。『マホウ』とか『ボウケン』とか『エガオ』とか、書けない字はたくさんあるけど読めるよ。いまお父さんが声に出して読んでくれて、意味はわかった」


 ゆうとは小学校2年生ですが、言葉を覚えるのに貪欲で、国語の勉強にとりわけ熱心です。そのおかげで、学年のわりにはわかる言葉が多いのです。お父さんは頷き、ゆうとが生まれたばかりの詩をどのように読むのかを見守ることにしました。


「ゆうとは、どのあたりが気になった?」

「うーん、けっこう想像しやすいよね。詩が言ってること。テレビの中ではいろんなひとが冒険していて、笑ったり、泣いたり、どきどきしたり、わくわくしたりするっていうのはすごくわかる」

「『スマイリージャー』みたいな感じか」

「そうそう」


 お父さんが、ゆうとがはまっている戦隊もの、『笑顔の戦士・スマイリージャー』の名前を出すと、ゆうとは大きく頷きます。


「『スマイリージャー』にはさ、いろんな色の戦士がいて、みんなの笑顔のために戦ってるよね。レッドライダーとかピンクライダーとかグリーンライダーとかが、力を合わせて戦ってるときってすごいカラフルじゃない?」

「確かにな」


 『戦隊もの』から卒業して久しいお父さんも、ゆうとと一緒に『スマイリージャー』を見ることがあります。そのとき、こんなに派手な戦闘衣装を着ていたら目立ってしょうがないだろうなぁなどという感想を抱くことがありました。実際の戦士はもっと地味な服を着て、目立たないようにすると思うのでなおさらです。でも、ゆうとにそんな「リアルな戦い」の話をする必要は今は無いかと思い、彼が次の言葉を発するのを待ちます。


「みんなを笑顔にするっていうレッドライダーたちの夢って、もうテレビの外に出てる気がするんだよね。ほら、この前『スマイリージャー』の映画を見に行ったら、『みんなの笑顔がぼくたちの力になる』ってレッドライダーが呼びかけて、見ているみんなの笑顔の力でボス・カナシームをやっつけたから。テレビが魔法の箱なんだとしたら、レッドライダーたちの夢が箱から飛び出しているっていうのはそういうことな気がする」

「確かに、映画の最後で、レッドライダーが言ってたもんな。『画面の向こうにいるみんなが笑顔になればなるほど、ぼくたちは強くなれる。これからも応援よろしくね』って」


 数か月前に見に行った映画ですが、お父さんはその内容をよく覚えています。最近の子ども向けの映画は、「静かに見る」ものではなくて「みんなに応援してもらって主人公たちがパワーアップする」という、観客参加型のものになっていたので驚きました。その話をお母さんにしたところ、『子ども向けじゃなくても、ライブ映画とかは観客の声出しOKのものも増えているみたいだよ』といわれてより一層びっくりしたのです。映画は黙って見るもの、という今までの常識が変わりつつあるのかもしれません。


「言ってたね。それでぼくは、レッドライダーとの約束を守るためにまいにち笑顔で過ごそうって思ったもん。だから、もうテレビの向こうにいるレッドライダーたちと、ぼくたちは繋がっているよね」

「ああ。きっとゆうとがいつも笑顔でいるから、『スマイリージャー』は敵を倒せるんだろうな」

「そうだよね」


 ゆうとと話をしていて、お父さんはふと伝えておきたいことが頭に浮かびました。


「でもな、ゆうと。悲しいときとかつらい時は、無理して笑顔を作ろうとしなくてもいいんだ」

「そうなの? そうしたらレッドライダーたちが負けちゃうんじゃない?」


 首をかしげるゆうとに、お父さんはぽんぽんと背中に手を置ききます。


「レッドライダーたちだって、負けることはある。でもあきらめずに色々戦い方を考えて、最後には勝ったりするだろう?」

「うん。この前の話もそんな感じだった」


 相槌をうつゆうとに、お父さんは静かな笑みを見せます。


「だろう。もちろんゆうとたちが笑顔でいたら、レッドライダーが強くなる。でも、どうしても悲しいときやつらいときは、それを隠そうとしたらもっと悲しさやつらさが強くなってしまうんだ」

「どうして?」


 今のゆうとに、これを伝えるのは少し難しいかもしれません。いつも元気なゆうとに、悲しいときやつらいときが訪れるのはお父さんも望んでいません。しかし、もしものときのために、これは絶対伝えておきたいとお父さんは思うのです。


「もし、ゆうとが悲しいことがあって、それを隠して無理に笑顔を作っていたとする。そうしたら、お父さんやお母さんが悲しくなってしまうんだ。『ゆうとは、お父さんやお母さんに何が悲しいか、教えてくれないんだな』って思うから」

「そっか。いつもぼくは、いろんなことをお父さんやお母さんに話しているけれど、悲しいことを隠したら『話すのをやめちゃった』ってことになるんだね」


 ゆうとの目に、少しだけ理解したという光が浮かびます。それにつられるように、お父さんは大きく頷きました。


「そうだ。でももし、ゆうとが悲しいことをすぐにお父さんやお母さんに話してくれたら、最初は一緒に悲しむだろう。でもそのあと、ゆうとが悲しくならないようにするにはどうすればいいのか、一緒に考えることができる。お父さんやお母さんが悲しくなる時間が短くて済むんだ。きっとゆうとが悲しく思っている時間も、お父さんやお母さんに話をしたほうが短くて済む」

「じゃあ、ぼくが悲しいことを隠しちゃうと、お父さんもお母さんも悲しくなって、三人分の悲しい気持ちが広がっちゃって、レッドライダーたちの力が弱くなっちゃう。でも悲しいことを隠さなかったら、ぼくたち三人の悲しい気持ちはすぐおさまって、レッドライダーたちはすぐに力を取り戻すってことだね」


 やっぱりゆうとには、『スマイリージャー』と絡めて考えたほうが理解しやすいようです。お父さんが言いたいことはしっかり伝わっているので、お父さんは嬉しくなりました。


「そういうことだ。だから、悲しいことやつらいことがあったら、ムリして隠さず、すぐに話をするんだぞ。お父さんに言いにくいことだったら、お母さんに言ってもいい。大事なのは、悲しい気持ちやつらい気持ちを長く持ち続けないことだから」

「わかった。すぐに言うね」

「じゃあ、指切りげんまんだ」


 お父さんが右手の小指を差し出すと、ゆうとも同じようにして小指を絡ませます。


「指切りげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます! 指切った!」


 ゆうととお父さんの声がそろい、指を離しました。時代を経るごとに、色々な遊びが出てきますがこの「指切りげんまん」は今でも残っているのだなと思うと、お父さんは不思議な気持ちになります。そんなことを考えていると、ゆうとが明るい表情ではっきりと約束を口にしました。


「じゃあこれからも、ウソはつかないし隠したりもしないね」

「ああ、そうしてくれるとお父さんは嬉しい」

「うん!」


 今のまま、真っすぐな子に育ってくれると嬉しいなと思いつつ、お父さんはゆうとの背中に再びぽんぽん、と軽く手をやるのでした。

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