12、依頼文:「ラジオ」が含まれる五行の詩を書いてください

 今日は、お父さんが会社から早く帰れる日。玄関の扉を開けると、ゆうとが玄関先で待っていました。


「おかえり、お父さん。これ、タオルだって」

「おっ、助かるよ。ありがとう」


 ゆうとはお父さんに小ぶりなタオルを差し出します。今日の帰りは雨が降る予報だったので、お母さんがゆうとに、「お父さんが帰ってきたらタオルを渡してね」というメモを残しておいたのです。いくら折り畳み傘を使ったとはいえ、多少風が吹くと鞄や肩が濡れてしまいます。お父さんはありがたく受け取り、水を被ったスーツを拭いてから自分の部屋へと向かいました。


 かばんを置いて、手洗いうがいを済ませてからリビングへ向かうと、ゆうとはもうソファに座っていました。


「お父さん、詩を作る遊び、今日もやるよね?」

「もちろん。ゆうとがやりたいなら」


 そう言われると思っていたお父さんは、すでに手にタブレット端末を持っていました。ゆうとと遊ぶために、お母さんとお金を出し合って買ったこの端末は、最近すっかり「生成AIに詩を書いてもらう」目的で使われるようになっています。スマホよりも画面が大きく、ふたりで一緒に文字を見るのに適しているので買ってよかったと思うお父さんでした。

 お父さんは生成AIの入力画面を立ち上げながら、ゆうとに尋ねます。


「お題は何にしようか? ずっと家電縛りにしていたけれど、他のにしてもいいんだぞ」

「うーん。まだ言ってない家電ってあるかな……?」


 ゆうとは首をぐるぐる回して、リビングの中を見渡します。ほどなくして、大きな声をあげます。


「あ! 忘れてた! ラジオがある! お父さん、次のお題ラジオにしよう」


 キッチンの端に置かれたラジオに、ゆうとの視線は向いていました。テレビをずっと流していると目が疲れてしまうと考えたお父さんとお母さんが、代わりによくつけているのがこのラジオです。流れてくる音は当然ゆうとも聞いているのですが、ゆうとの目の高さより少し上にあるので、じっくり部屋を見て回らないと存在自体には意外と気づかないのでした。

 お父さんは頷き、生成AIに指示文を打ち込みます。しばらく考えていたAIは、答えを返してきました。


 “ラジオから流れる歌

  トリあえず聞いてみよう

  どんな気持ちになれるかな

  明日への活力になるかも

  新しい世界が広がるかも”


「お父さん、カツリョクってどういうこと?」

「生きるために必要な力っていうことかな。ほら、元気がなくて力が出ないときってあるだろう? そういうときは、『活力が無い』っていうことになる」

「ふーん。よくわからないけど、元気に生きる力ってこと?」

「大体、そんな感じだな」


 言われてみれば、「活力」という言葉は小学生はあまり使わないかもしれません。生成AIには「小学校4年生が理解できる」という条件を付けて詩を書いてもらっているのですが、漢字は読めても熟語の意味が理解できるとは限りません。


(漢字ひとつひとつはわかっても、熟語になると理解できないことがある。その辺り、生成AIの学習はまだは発展途上なのかもしれないな)


 お父さんはそう思いつつ、視線をゆうとに向けます。ゆうとは、じいっとタブレット端末の画面を見ていました。


「二行目の、『トリあえず聞いてみよう』の『トリ』がカタカナになっているのって、何か意味があるのかな?」

「うーん。お父さんが知っている限りでは、ここは普通カタカナにはしないんだけどな。逆にあえてカタカナにしてきたってことは、意味があるのかもしれない」

「そっか。『あえて』やってるのか」


 ゆうとは首をかしげます。


「ぼくは、『いったん』っていう意味の『とりあえず』なんだと思っていたけど、動物の鳥に会えなかったっていう意味なのかも。本当は、鳥の鳴き声が聞きたかったのだけど、鳥に会えなかったからしかたなくラジオの歌を聞いてるっていうことで」

「確かにな。言われてみればそうかもしれない」


 その考えが出てこなかったお父さんは、感心して頷きます。お父さんは完全に、「とりあえず」をAIが誤変換してしまったのだと思い込んでいました。しかし、仮に二行目の表記は間違いではなく、詩としての表現なのだとすれば、ゆうとの考え方もありえます。


(発展途上の生成AIだから文章を間違えることがある。っていう前提が俺の頭の中にはあるけど、ゆうとはそうじゃない。『元々こういうもの』として、あるがままを受け止めている。だから解釈の余地が広がるんだろうな)


 生成AIに詩を作ってもらう遊びのよいところは、仮にAIが間違えても、ゆうとの解釈次第ではそれは「間違い」ではなく「表現」として捉えられる点にある、とお父さんは考えています。とりわけ「AIは間違うもの」という意識が薄いゆうとは、お父さんやお母さんより自由にものを考えられるのかもしれません。

 お父さんがそんなことを考えている間にも、ゆうとの話は続きます。


「ほら、そうしたらさ、後ろの文にもつながるよ。三行目から五行目って、全部うしろにハテナマーク(?)が付けられるよね。本当は鳥の声を聞いていたら、全部できるはずだったのに、実際には聞けなくて、代わりにラジオの歌を聞くことになった。だから、どんな気持ちになるかわからないし、明日のカツリョクになるかもわからないし、新しい世界が広がるかもわからないんだよ」

「なるほど。いつも聞きなれている鳥の声を聞いたら、例えば『嬉しい気持ちになる』って想像ができるな。どんな声かわかっているから、聞いたら元気になれるし、新しい世界も広がると思える。でもラジオから流れてくる歌は、どんな歌かわからないから全部予測がつかないってことか」


 お父さんの確認に、ゆうとはこくこく首を縦に振ります。


「そうそう。だってラジオから流れてくる歌って、たまに聞いたことがある曲もあるけど、大体知らないもん。英語の歌が流れたりするし」

「確かに。俺も知らない曲がたくさん流れるな。しかも、曲が終わってから曲名を言うこともあるから、タイトルだけ知っててどんな曲か知らない場合もある。ラジオを聞いてどんな気持ちになるかは、聞いてみないとわからない」

「お父さんもそうなんだ」


 ゆうとがお父さんの顔を見上げます。お父さんは頷きました。


「『聞いたことがあるもの』『見たことがあるもの』をもう一度見たり聞いたりするならば、ある程度自分がどう感じるかは想像できる。例えば一回読んだ本をもう一回読んだら、楽しい本だとか悲しくなる本だとかわかっているから、自分が楽しくなったり悲しくなったりするのは想像しやすいよね」

「うん」

「でも、ラジオは違うよね。きっと何を話すのかとか、どこで何の曲を流すのかは決められているんだろうけど、お父さんやゆうとはそれを知らない。だから、聞いて楽しくなるか、悲しくなるかわからない」

「たしかに、そうだね」


 しんみりとした表情で話を聞いているゆうとに、お父さんはちょっと応用編のお話をしたくなりました。


「ただ、自分が見聞きするときの気分が違えば、一度見たり聞いたりしたことがあるものでも、受け止め方が違うことがあるんだ」

「そうなの?」


 ゆうとは首をかしげます。今お父さんが言ったことは、先ほどまでの話とは逆な気がしたからです。お父さんはそれをわかっているようで、ゆっくりと言葉を繋げました。


「例えば、元気なときに元気になれる本を読んだら、もっと元気になれるかもしれない。でも、落ち込んでいるときに元気になれるはずの本を読んでも、元気なときに読む場合ほど元気にはなれないかもしれない。逆に、元気なときにはあまり共感できないと思った本でも、元気じゃないときに読んだら主人公の気持ちがすごくよくわかって、面白いと思えるときもあるんだ」

「へえっ。ぼく、本を読んでいてそう思ったことはないや」

「きっと、たくさん本を読んでいたらわかる日が来ると思うよ。だから、ちょっと面白くないかもって思った本でも、ちょっとの間だけ忘れずに持っておくといいと思うんだ。そしたらいつか、面白いとおもえるかもしれないから」

「そうなんだね」


 目を丸くしているゆうとに、今気づいていないというのはきっといいことなんだろうなとお父さんは思いました。でも、今は元気いっぱいのゆうとだって、落ち込んでしまうときや泣きたくなってしまうときもあるでしょう。そんなとき、いつもと違う本を読んでみたり、それこそラジオを聞いてみたりして、気分転換ができるようになればいいなとお父さんは願うのです。


 もちろん、本当につらいときはお父さんもお母さんも、全力で話を聞くし味方になってあげるつもりです。でも、お父さんは「じぶんでじぶんをなぐさめる方法をたくさん知っているほうが、大きくなってから生きやすくなるんじゃないか」と考えています。今回の話で、ゆうとがそれに気づくきっかけになればいいなと願うのでした。

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