9、依頼文:「炊飯器」が含まれる五行の詩を書いてください
お母さんは、お父さんから借りたタブレット端末を手に持ち、ソファに腰かけています。となりにゆうとが座っています。
今日は、お母さんが少し早く家に帰れる日。お父さんとお母さんは早く帰れる曜日が違うので、お互いに「早く帰れる日=夕飯当番」にしています。それだけではありません。家にいられる時間が長くなるということは、それだけゆうとといっしょにいられる時間も長くなることを意味します。
「ゆうとが楽しく過ごせること」を何よりも大切にしているお父さんとお母さんは、夕食の準備をする前の限られた時間、ゆうとと話をするようにしていました。
最近、ゆうとは「AIにお題を出して、詩を作ってもらい、鑑賞する」遊びにはまっています。数日前は、生成AIに詩を書いてもらうのはお父さんの役目でした。しかし今日はお母さんにバトンタッチです。お父さんから生成AIの使い方を教わっていたお母さんは、すでに入力画面を開いています。
「ゆうと。今日もAIが作った詩を『鑑賞』してみようか。お題は何がいい?」
お母さんの問いかけに、ゆうとはうーん、と首をかしげます。
「すこし前にお父さんとやったときは、家電をテーマにしたんだよね。まだまだ家電っていっぱいあるから、同じ感じでいってみようかな。ちょっと待っててね」
ゆうとはソファから降りて、台所を覗き込みます。そしてあ、と声を上げました。
「『炊飯器』がいいよ。この前お父さんと遊んだ時も、話に出たし」
「ああ。夕飯がグラタンになった日ね」
数日前、お父さんとゆうとが詩を作って遊んでいたとき、「電子レンジ」をお題にしたゆうとは、出てきた詩からグラタンを連想しました。その結果、お父さんがグラタンを作ってくれたのでした。グラタンが大好物なお母さんはその日のことを思い出して口角を上げながら、生成AIに指示文を打ち込みます。
AIは少し考えてから、答えを出しました。お母さんはお父さんと同じように、出てきた詩を声に出して読み上げます。
“炊飯器とささくれ
炊飯器は魔法使い、
お米をピカピカご飯に変える。
ささくれはいたずら妖精、
指先をチクッと刺す。
でも大丈夫、
炊飯器のご飯を食べれば、
ささくれの痛みも忘れてられる。
魔法使いといたずら妖精、
どちらも私たちの友達”
「長い詩だね」
お母さんの手元をのぞきこんだゆうとが、そうつぶやきます。確かに、「五行の詩を書いてください」という指示はどこへやら、生成AIはその倍近い長さ、九行の詩を提示してきました。しかも炊飯器のお題にしたつもりなのに、「ささくれ」という不思議なワードが入っています。
「お母さん、『ささくれ』ってなに?」
ゆうとといっしょに詩を見ていたお母さんは、苦笑いを浮かべます。実は、AIへの指示文に『ささくれ』を入れたのはお母さんのしわざでした。ちょうど指の皮がむけて痛かったので、興味本位で入れてみたのです。もっとさりげなく詩に入ってくるのかなと思っていたお母さんですが、けっこう原型が残ってしまいました。ゆうとには、しっかり意味を説明しないといけません。
「ささくれはね、モノの先っぽが細かく裂けたり、ひび割れたりすることを言うの。たとえば、いまのお母さんの爪の脇、ちょっと皮がめくれているでしょう?」
お母さんは、タブレット端末を左手で持ち、右手の指をゆうとに見せました。ゆうとがじっと見ると、確かに、人差し指と中指の爪の横の皮が、少しだけめくれて赤くなっています。ゆうとは顔をしかめました。じぶんが以前、紙で指の先を切ってしまったことを思い出したのです。あれはとっても痛かったので、いま、指が赤くなっているお母さんも痛いのではないのかと心配になりました。
「お母さん、どうして『ささくれ』になっちゃったの? 痛くないの?」
「ちょっと痛いかな。でも、この前ゆうとが紙で指を切っちゃったときほどじゃないよ。意識しないときは、忘れちゃうくらい。だから心配しなくて大丈夫」
「でも、痛そうだよ」
ゆうとはなおも心配そうにお母さんの指を見つめます。お母さんは微笑みました。
「これはね、特に冬の寒い時期に、水仕事をするとできやすいんだ。指の皮が強い人とか、頻繁にハンドクリームをつける人とかはできないんだけど。わたしはちょっとずぼらだから、ハンドクリームをつけ忘れるの。そうするとできちゃうんだ」
「痛くなっちゃうのに、忘れるの?」
「うん。ほら、手を洗ったり、洗い物をしたり、水で手を洗い流すことってよくあるじゃない? だからいちいちハンドクリームをつけていられなくて」
お母さんはちょっと笑みを浮かべると、右手を引っ込めて両手でタブレット端末を支えました。自分がずぼらなせいで、ゆうとに心配をかけてしまったのは申し訳ないなと思います。でも、一方でゆうとには同じ思いをしてほしくないので、頻繁にハンドクリームをつける習慣をつけてほしいものです。
お母さんが大丈夫そうだとわかったゆうとは、意識を詩のほうへと向けました。今まで見てきた詩よりちょっと長いですが、児童書などを普段読んでいるゆうとからすれば、そんなに読むのが苦ではありません。
「この詩も、インを踏んでいるのかな。炊飯器と魔法使い、ささくれと妖精って感じで」
「韻というより、対比かな。韻は、語尾を同じ音にすることで詩のリズムを整えるものなの。でも、この詩は連続する行、たとえば一行目と二行目は同じ音で終わっていないよね」
「そうだね」
お母さんは詩の前半部分を指さします。
「一行目と二行目で魔法使いである炊飯器の説明、三行目と四行目でいたずら妖精であるささくれの説明をしているね。だから、ゆうとが韻だと思った二つの要素は、対比されている、つまり似たようなもの同士を比べているといえるんじゃないかな」
「そっか。似た者同士を並べるのがインだと思っていたけれど、こういうときは対比っていうんだね」
「うん。この場合は対比のほうがしっくりくるんじゃないかな」
お母さんの解説を、ゆうとはうんうんと頷きながら聞いています。そして、ゆうとはふと疑問を感じました。
「でもさ、炊飯器とささくれを、どうして対比しようと思ったんだろう? だって炊飯器はご飯を炊くもので、ささくれは指にできる痛いものだよね。全然違うものじゃない?」
「うーん……しいていうなら、どちらも水に関係するんじゃないかな」
こっそり指示文に「ささくれ」を入れたのは内緒にして、お母さんはゆうとの問いかけをいっしょに考えます。しかし、完全に答えを示してしまったら、ゆうとは面白くないでしょう。ヒントになりそうな言葉を提示するにとどめました。するとゆうとは、少し考えてからぽんと手を叩きます。
「そうか。さっきお母さんは、水仕事をするときにささくれができるって言ってたよね。お米をとぐときは水を使うから、炊飯器でご飯を炊こうとしたら、ささくれができちゃうんだ。でも、炊いたご飯がおいしかったらささくれの痛みを忘れちゃう。そういうことかな」
「確かに。確かにお米をとぐときは、何度も水を換えてすすぐから、かなりささくれができやすいんだよ」
お母さんの言葉に、ゆうとはうんうんと頷きます。
「そうしたら、おいしいご飯を食べるには、ささくれとも友だちにならなくちゃいけないんだ。お米をとがないと、おいしくすることができないから。でもやっぱり、痛いのは嫌だよ」
「これからはちゃんと、手の手入れをするようにするね」
お母さんは自分の指先をちらりと見て、再び小さく笑います。よくささくれができる指を心配して、お父さんが誕生日にハンドクリームを買ってくれました。しかし水作業をひんぱんにしていると、ついついハンドクリームをつけるのを忘れてしまいます。
「ささくれ」がなんなのかを知ったゆうとは、これからお母さんの指先を心配するようになるでしょう。息子が心配しすぎないように、もっと自分の手を大切にしないといけないな、と思うお母さんなのでした。
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