10、依頼文:「エアコン」が含まれる五行の詩を書いてください
「じゃあさ、もうちょっと家電でお題出してみるよ。何かいいのないかなぁ」
ゆうとは、お題を出してAIに詩を書いてもらう遊びをしています。今までは「冷蔵庫」「電子レンジ」「炊飯器」といった台所にある家電を選んでいましたが、台所以外でも、もっと他にもあるような気がします。ゆうとはリビングの中をきょろきょろ見渡し、はっと上を見ました。
「そうだ。エアコンはどうだろう? いままでぼくが見える高さで考えていたから、忘れてたよ」
えへへと笑うゆうとに微笑みかけながら、お母さんはタブレット端末に生成AIのツールを呼び出します。
「わかった。じゃあ、『エアコン』で詩を作ってもらうね』
お母さんが指示文を打ち込むと、AIから文章が返ってきます。ゆうとも見えるように端末を低く持ったお母さんは、詩として返ってきた文字列を読み上げました。
“エアコンの風
涼しくて気持ちいい
でも、あなただけ
離れていかないね
ずっとそばにいてくれて
ありがとう”
「エアコンてさ、すずしい風も出すけど、あったかい風も出すよね? だから今回は、夏の話をしてるんだね」
「うん。ちょうど今くらいの季節かもね」
お母さんはちらりとエアコンを見上げます。今は九月の終わり。暦のうえでは秋に差し掛かろうかというころですが、外はまだまだ暑いです。エアコンなしにはやっていけません。
(わたしが小さい頃は、ここまでしんどい暑さじゃなかった気がするのだけれど)
お母さんは考えごとをしつつ、ゆうとの言葉を待ちます。ゆうとが「AIが考えた詩」を見てどう感じるのか、お母さんはとても興味がありました。生成AIが意外と「それっぽい」詩を書くことがわかりましたし、ゆうとは何の違和感もなく詩として受け入れています。となると、ゆうとたち……これからを生きる子どもたちにとって詩は「誰が書いたか」より「どういう文脈で書かれたものなのか」を考えるほうが重要になってくるのかもしれません。
「エアコンの風がすずしくて気持ちいいっていうのは、すごくよくわかるよ。でも、『あなただけ離れていかないね』っていうのがちょっとわかんないな。だって、エアコンの風ってぼくたちがいる場所に向かってくるよね? ぼくたちから離れていくことはないんじゃないかな」
ゆうとの言葉に、思考の海に沈んでいたお母さんはふっと意識を引き戻しました。ゆうとの言う通り、この家のエアコンは高性能で、人のいるところの近くに冷たい風を送る機能が付いています。そのため、離れていくという表現に違和感があるのは頷けます。
「そうだね。二行目までが『風を送る』力の話をしているから、三行目と四行目も同じなのかと思ってしまうけれど。もし、エアコンに対する別の話なんだとしたらどうだろう? 詩って、話が区切れると同じモノに対して、別の角度から話をすることがあるからね」
「そっか。この『離れていかないね』っていうのは、風の話じゃないかもしれないんだ」
お母さんの指摘に、ゆうとは納得したようです。詩が表示されているタブレット端末をじいっと見つめ、そして首を思いっきりひねってエアコンを見上げました。
「エアコンって、お掃除ロボットみたいに動き回るものじゃないから、エアコンそのものが離れていくっていうのもちょっと違う気がするんだよね。うーん。あんまり自信はないんだけどさ」
ゆうとは、ゆっくり言葉を繋げます。
「ぼくとかお母さんは、エアコンから離れることができるよね。歩いて離れて、別の部屋に行ったりできる。でもさ、やっぱりエアコンはそれができない。でも、もしエアコンがぼくたちみたいに自分から離れていくことができたら、ぼくたち困るじゃない。涼しい風にあたりたいときに、エアコンがいなくなっちゃったら。だから『あなただけ』つまり、エアコンだけでどっかいっちゃわないでねっていう意味なのかな、って思った」
やっぱりゆうとは自信があまりないようです。いつもより声が小さく、言葉もとぎれとぎれです。でも、詩の『鑑賞』に正解はありません。ましてやこれは、有名な詩人が作った詩ではなくAIが即興で書いたものです。どんなふうに捉えても、それが正解。お母さんはそう考えています。だからゆうとを安心させるように、ぽんぽんと背中にやさしく手を置きました。
「うん。つまり、ゆうとは三行目と四行目は『仮定』だって考えたんだね。ゆうと、『仮定』は聞いたことある?」
「ええっと、『もし、ほにゃららしたら』っていう文のことだっけ?」
「そうそう。仮定ってすごく自由に色々考えられて、実際にはありえないでしょって思うことを試しに考えてみたいときにも使えるの。今回ゆうとが考えたのも、『実際にはエアコンは動かないけれど、もし動いたら』っていう仮定になっているよね」
「ほんとだ。そうだね」
じぶんが考えたことが、『仮定』という表現なのだと知りゆうとはがぜん興味が出てきたようです。先ほどの自信なさげな様子から一転して、お母さんのほうへ身を乗り出してきました。その様子をほほえましく思いながら、お母さんは言葉を続けます。
「本当は動かないエアコンが、もし動いたら困る。だから、ずっとそばにいてくれることは実は特別なこと。それで、改めて動かないでいてくれてありがとうってお礼を言いたくなった。そういうふうにこの詩を捉えるなら、『仮定』という表現を使ってエアコンの大切さを教えてくれる詩だっていうふうに考えられるんじゃない?」
「そっか。そういうふうに見られるんだね。ぼくたちから離れていかない、ぼくたちを離さないで、しっかり涼しい風を送ってくれているのはあたりまえだとおもっていたけれど、実はちがうかもしれない。もしかしたらエアコンも、その気になればぼくたちから離れていくことはできるかもしれない。でも、そうしていないから、ぼくたちは気持ちよく部屋ですごせる。だから、ありがとうって言ってるんだね」
ゆうとは何度も頷きました。その顔には明るさが戻っています。
「お母さん。やっぱりこの遊び、面白い! いろいろな言葉を勉強できるから。もっといろんな言葉を知ったら、お母さんが読んでるみたいな難しい本も読めるようになるんだよね」
「うん。ゆうとなら、すぐに読めるようになるよ」
お母さんは心の底から答えました。本当に、ゆうとの飲みこみの早さには目を見張るものがあります。特に本を読めるようになりたいというゆうとの思いは強く、国語の勉強はとりわけ熱心に取り組んでいます。ゆうとからすればこの「詩を鑑賞する」遊びも、その一環なのかもしれません。
「ね、またこの遊びやりたい!」
「わかった。今日はもうご飯の準備をしないといけないから、また近い日にやろうね。次はお父さんになるかもしれないけれど」
「うん! お母さんとやっても、お父さんとやっても楽しいからね! 楽しみ。ね、今日のご飯カレーがいいな。できれば、でいいけど」
「ちょうどそうしようと思っていたんだよ。ゆうとはエスパーみたいだね」
「やった!」
お母さんはふたたびゆうとの背中に手を置いてから、立ち上がりました。今日の夜ごはんは、ゆうとのリクエスト通りにカレーにするつもりです。少し前、お父さんがお母さんとゆうとの好物であるグラタンを作ってくれたので、そのお礼もかねて今日はお父さんとゆうとの好物にしようと思ったのです。ふたりの喜ぶ顔を想像しながら、お母さんは口角を上げて台所へと向かうのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます