4、依頼文:「お掃除ロボット」が含まれる五行の詩を書いてください

「ゆうと、お母さんと新しい遊びを考えたんだけど、やってみないか?」

「うん、どんなものなの?」


 今日、ゆうとは学校の宿題がなく、友だちと遊ぶ予定もありません。お父さんの提案にわくわくしながら、近づいていきました。お父さんは手にタブレット端末を持っています。


「日曜日に、ゆうととお母さんで、詩を読む話をしていただろう。でも、ゆうとが知らなくてお母さんが知っている詩だと、同じ目線で『鑑賞』ができないから難しいねっていうことを言っていたよな」

「うん。そうなると、お母さんの考えのほうが正しいっていうことになるから」


 ゆうとはこの前の休みの日、お母さんとした話を思い出しながら答えました。カンショウという言葉は使わなかったけれど、お母さんと一緒に同じ詩を、別々の見方で読むのは難しそうだという話を確かにした覚えがあります。

 お父さんはゆうとの言葉に頷き、タブレット端末を操作しました。


「だから、今回お父さんとお母さんで話し合って、AIに詩を書いてもらうことにしたんだ。ゆうと、AIって聞いたことあるだろう?」

「なんか、人間みたいにものを考える、頭がいい機械のことだよね?」

「そうそう。AIに詩を書いてもらったら、それは今まで人間が誰も作ったことがないものになる。少なくとも、お父さんとゆうとは知らない詩になるはずだ」


 お父さんはタブレット端末から顔を上げて、熱心に言葉を続けます。


「しかも、AIだったらなるべくゆうとが理解できそうな言葉を選んで詩を書くことだってできる。難しい言葉が出てくるからお父さんだけが理解できて、ゆうとがわからないといったことがなるべくないように指示できるんだ」

「すごいね」


 ゆうとは身を乗り出しました。まだ、「AIに詩を書いてもらう」とどうなるのかはよくわかりませんが、わからないからこそわくわくします。それに、いま説明しているお父さんは、詩について話していたお母さんと同じくらい、楽しそうにしています。お父さんが楽しそうにしているからには、きっと面白い遊びになるに違いありません。


「じゃあ、さっそくやってみようか。初めての遊びだから、やってみないとわからない部分もあるからね。……そうだな、ゆうと、何かお題をひとつ考えてくれるか」

「お題?」


 首を傾げたゆうとに、お父さんはうん、と頷きました。


「AIには、『マルマルを含んだ5行の詩を書いてください』って指示するつもりなんだ。マルマルの部分は、ゆうとが知っているもののほうがいいだろう? 例えば、家にあるものだと……家電とか」


 首を回して部屋を見渡したお父さんの言葉を受けて、ゆうとも周囲を見渡します。家の中には電気で動くものがたくさんあります。その中で真っ先に目についたものを指さし、ゆうとはお父さんの顔を見上げました。


「じゃあ、『お掃除ロボット』はどう?」

「いきなり、けっこうニッチなところを行くなあ」


 目をぱちくりさせながら呟いたお父さんの言葉に聞きなれない用語が混ざっていて、ゆうとは聞き返します。


「ニッチって?」

「なかなか見つけられない、珍しいものってことだよ。でもだからこそ、ゆうとが選んだって感じがしていいな。よし。じゃあ『お掃除ロボット』が含まれる詩を書いてもらおうか」


 お父さんはタブレット端末に文字を打ち込んでいます。ほどなくして「できた」と声を上げました。


「あとで画面も見せるけど、一回音読してみるよ」


“ちいさな体で ゴロゴロ回る

床のゴミを くるくる吸い取る


三分で部屋が ピカピカになる

お掃除ロボットは 私の友達


お掃除が終わったら 充電してね

明日もまた よろしくね”


 音読を聞いた後は、お父さんが差し出してきたタブレット端末を二人でのぞきこみました。


「俺はAIに『五行の詩を書いてください』って指示したんだけどな。六行になってる」

「でもいいんじゃない。詩っぽいよ」


 首をかしげるお父さんにゆうとがそう答えると、お父さんはゆうとと目を合わせて頷きました。


「そうだな。早速、読んでいこう。ゆうとはどこか気になったところはあるか?」


 ゆうとはタブレット端末に表示された詩をもう一度見ました。「掃除」という漢字はまだ習っていないけれど、電気屋さんや100円ショップの表示でよく見かけるので読み方はもう覚えています。だから、わからない漢字はありません。


「うーん。『ゴロゴロ回る』っていうのが気になるかな。ゴロゴロって、芝生とかで横になって転がっているときとかに使う言い方な気がする。だけど、うちのお掃除ロボットって、もっと動きが大人しいっていうか、ゴロゴロっていうかスーって感じがする」

「確かにな。じゃあゆうとだったら、一行目を『スーっと回る』にするってことかな?」

「うん」


 頷いたゆうとに、お父さんはじゃあ、と新しい質問をしてきます。


「それもいいかもな。でも、この詩を書いたAIは、あえて『ゴロゴロ回る』を選んでいる。それはなんでだと思う?」

「そうだなぁ」


 『ゴロゴロ回る』の言い方に違和感を持っているゆうとにとっては、難しい質問です。さっきよりもうんと考えてから、ゆっくりと思ったことを口にします。


「『ゴロゴロ回る』の次の行が、『くるくる吸い取る』になってるでしょ? なんとなく、この二つの言葉って音の感じが似ている気がするから、二行目に合わせたのかなって思う。『くるくる吸い取る』のほうはすごくわかるから。だから先に二行目を書いて、あとから一行目を考えたんじゃない? 似た音で、回るっていう意味にくっつけられる言葉を探して、『ゴロゴロ』にしたとか」


 ゆうとの言葉に、お父さんは目を見開きました。


「すごいな、ゆうと。もう、韻がわかるのか」

「イン?」


 聞きなれない言葉に問い返すと、お父さんはタブレット端末を操作して、「韻」と入力します。


「韻っていうのは、言葉の響きっていうことだ。漢字は難しいけど、さっきゆうとが言った『音の感じが似ている』ことを韻っていうんだって覚えておけばいいよ。特に詩では『韻を踏む』っていう言い方をするんだけど、その場合は同じ音とか似ている音を、同じような場所で繰り返し使うことを指すんだ。そうだな……たとえば」


 お父さんは今度はメモ帳アプリを開き、文章を打ち込みます。


 お花が咲いた

 ちょうちょが飛んだ


「こういう二つの文があったら、『お花』と『ちょうちょ』、『咲いた』と『飛んだ』が似ている音のかたまりだと思わないか?」

「うん。『お花』と『ちょうちょ』は名詞、『咲いた』と『飛んだ』は動詞だよね?」


 学校で習った言葉を使って答えると、お父さんは笑顔で頷きます。


「ゆうとは本当に国語の勉強が好きなんだな。そうだね。それに、この二つの文、声に出して読んだら、なんとなくリズムよく読めるというか、言いやすいと感じるんじゃないかな」


 試しにゆうとが声に出して読んでみると、お父さんの言う通り、つっかえずにすっと口にすることができました。


「ほんとだ」

「こういう文章のことを、『韻を踏んだ文章』っていうんだよ。さっきゆうとが言っていたのは、AIが作った詩の一行目と二行目が韻を踏んでいるっていうことだな。これもせーので、一緒に声に出して読んでみよう」


 お父さんはあっという間にタブレット端末を操作して、先ほど生成されたAI詩を表示していました。お父さんとゆうとはせーの、と言って声を揃えます。


“ちいさな体で ゴロゴロ回る

床のゴミを くるくる吸い取る”


「これも、つっかえずに読めたよ。っていうことは、お父さんが言っている『インをふんでいる』っていうことになるのかな」

「ああ、そうだと思うよ」

「だったらさ、最後の二行も同じなんじゃないかな」


 ゆうとは下のほうにある二行を指し示しました。


「前の文は関係ないけど、後ろの言葉はどっちも、『お願い』の形で終わってるよね。あ、でも『充電してね』はお掃除ロボットが使っている人に対して言っていて、『よろしくね』っていうのは使っている人がお掃除ロボットに対して言っている感じがするかも。お父さん、そういう場合でも『インを踏んでいる』っていうのかな」


 今覚えた言葉と用法をすぐに活かして話を広げるゆうとに、お父さんは頼もしさを感じながら頷きます。


「おそらくそうだね。前の四行と違って、最後の二行はどちらも相手に呼びかける形でまとめているから、『韻を踏んでいる』と言っていいんじゃないかな」


 お父さんが考えを認めてくれたことで、ゆうとは嬉しくなりました。


「そうなんだね! この遊び、面白いね。他にももっといろいろ詩を作ってみたい!」

「わかった。もっと考えてみようか」


 お父さんはタブレット端末に指を走らせます。ゆうとと楽しく遊べる、新しい遊びになりそうだ。そんな予感を抱きながら。

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