3、お父さんとお母さんのちょっとした夫婦会議
夜、ゆうとが布団に入ったあとは、お父さんとお母さんの二人きりの時間です。二人ともゆうとのために、時短勤務を選択してはいますが平日の夜ははなにかと忙しく、なかなかゆっくり言葉を交わす機会がもてません。だから二人にとっても、日曜日の夜は大事な時間なのです。それに、今日はゆうとのことについて、お母さんからお父さんに相談したいことがありました。
「お父さん。昼ごはんの前にゆうととわたしがしていた話、覚えている?」
「うん。詩を読む楽しさについてだよね。ごめん、詳しくは聞こえていなかったけれど」
「そこまで覚えていてくれていたら大丈夫」
お母さんは微笑みました。お父さんは料理に集中すると、時々周りの音が聞こえなくなるのです。逆に、集中力が切れている状態のときに話しかけると、手元がくるって包丁で手を切ってしまうことがあるので危ないのです。料理中にしていた話を完全には覚えていないというのは、お父さんが集中して料理していたということなので、お母さんとしては安心できるのでした。
「せっかくゆうとが『詩を読む』ことに関心を持ってくれたから、この機会に実際に、『詩を鑑賞する』体験をさせてあげたいなと思っているの」
続くお母さんの提案に、お父さんは首を傾げます。
「でも、普通に売られている詩集じゃ、ゆうとが読むにはすこし難しいんじゃないのか? かといって簡単すぎるものだと、ゆうとは満足しないだろうし」
幅広く言葉をどんどん覚えて、使えるようになりたいというゆうとの考えを、お父さんはよく知っています。お母さんももちろん、それはわかっているので同意を示すように頷きました。
「おまけに、家にある詩集のほとんどは、わたしが全て読んでしまっているから。わたしとゆうとで読みあいをするとどうしても、わたしがすでに持っている知識に流されてしまう。だから、新しい詩を作ってしまうのはどうかな」
「詩を、作る? お母さんが?」
「うん。例えば五行ぐらいの簡単な詩を書いて、ゆうとと二人で鑑賞する。でも作り手が一緒に鑑賞すると『そっちの考えが正しい』ってゆうとが思ってしまうだろうから、鑑賞するのはお父さんとのほうがいいかもしれない」
お母さんは、時々何やら文章を書いていることがあります。お父さんが深く追求することはありませんが、きっと小説か詩か、何か文化的な活動をしているのはわかります。そんなお母さんなら、詩を書くことも難しくないのかもしれません。
「面白い考えだね。でも、やっぱり『お母さんが作った』っていうと、俺とゆうとのどちらが、お母さんのことを理解しているかっていう解釈合戦になりそうだから、詩を鑑賞するっていう本来の目的とはずれてしまう気がするよ。それはそれで、いいかもしれないけれど」
「解釈合戦、か。確かに作り手が誰かわかっている詩だと、『作り手はこういう人だから~』っていう解釈の仕方にどうしてもなってしまうよね」
「作り手が誰かわかっている詩だと、か……ちょっと失礼」
お父さんの脳裏に、ある方法がぼんやりと思い浮かびました。しかし、うまくいくかはわかりません。お母さんに断りを入れてから、スマートフォンを取り出します。
「どうしたの?」
「いや、うまくいったら、作り手が誰なのかわからない詩を作れるかもしれない」
「どういうこと?」
頭の上にハテナマークをたくさん浮かべたお母さんは、お父さんのスマートフォンを覗き込みます。そこには、シンプルな文字入力画面が映っていました。
「生成AIだよ。今はやりの。詩を書いてくれるかはわからないけれど、やってみる価値はあると思うんだ」
お父さんは、お母さんが見ている横で『「赤色」と「お弁当」を含む、小学校4年生が理解できる5行の詩を書いてください』と打ち込みました。少し待ち時間を経て、AIからはこんな答えが返ってきました。
“赤い屋根の校舎で
友達と食べるお弁当
おかずは赤ウインナー
真っ赤に熟れたトマトも
笑顔あふれる、幸せ時間“
「すごいね。ちゃんと詩の形になっている」
お母さんが驚きの声をあげます。お父さんも同じ気持ちでした。
「ああ。こんなに、それっぽい文章が返ってくるとは思わなかったよ。生成AI、ゆうととの遊びに使えるんじゃないかな。カギかっこに入れるキーワードをゆうとに考えてもらって、俺が生成AIに指示して詩を書いてもらう。出てきた詩について、俺とゆうとでどんな意味なんだろうって一緒に考える。これなら特定の人間の作者がいるわけじゃないから、『作者読み』せずにいろいろな考えが出せるんじゃないかな」
「いいかもしれないね。でも、生成AIって以前ちょっと問題にならなかった? 差別的な言葉を提示してきたとか、偏った思想を表明してきたとか……」
お母さんは、生成AIを触ったことがありませんが、ニュースで見聞きしています。一番最近聞いた生成AIのニュースは、ややネガティブなものでした。お父さんは頷きつつ、スマホの画面を見つめます。
「もちろん、間違っていたり、倫理的によくない文章が返ってくる可能性は否定できない。その時はやり直して、ゆうとに見せられる文章になるまで挑戦するよ。もちろん、ゆうとにはやり直す理由もきちんと伝える。ゆうとたちは、きっと生成AIとうまく付き合っていかなくちゃいけない世代だ。好き嫌いにかかわらずね。だから、今のうちからその良しあしをきちんと知っておくのもいいんじゃないかと思うんだ」
お父さんは、自分で話しているうちに、これが一番いいやり方なんじゃないかと思い始めていました。言葉にも自然と熱がこもります。それに気づいたお母さんも、お父さんの話には納得しました。
「そうね。何でも遠ざけるのではなく、うまく楽しむ方法を考えるのがいいかもしれない。そうしたら、今度お父さんが早帰りなのは木曜日だったっけ? さっそく、ゆうとと遊んでみてほしいな。結果、よく聞かせてね」
「わかった。俺も楽しみになってきたよ。もう少しルールを詰めてから、臨んでみようかな」
お父さんは大きく伸びをしました。お母さんは何かつまみになるものをと思い、ゆでてあった枝豆をテーブルの上へと運びます。
「そうしたら、ちょっとだけ晩酌しましょうか」
「明日は朝早いから、ちょっとだけな」
「もちろん」
互いのグラスにお酒を注いだお父さんとお母さんは、ゆうとを起こさないよう、静かに乾杯をするのでした。
・・・
お母さんとの晩酌を終えて眠りにつく前、お父さんはメモ帳に走り書きを残しました。木曜日、ゆうとと楽しく遊ぶためにいくつか「ルール」を作っておこうと思ったのです。寝る直前のぼんやりした頭ではありますが、先ほどの晩酌の間にお母さんと相談していたので、やりたいことはしっかりと考えてあります。
<ゆうとと一緒に詩を鑑賞する>
・詩は、生成AIに作ってもらう
→生成AIはGoogleのGeminiを使う
→検索窓のような入力欄に文章を打ち込むだけなので、使いやすい。すべて無料
→偏った考えを示してくる可能性があるので、出力された文言の内容は慎重に判断する
・生成AIへの命令文は、『「〇〇」と「〇〇」を含む、小学校4年生が理解できる5行の詩を書いてください』
→条件の〇〇は1つでもいいかもしれない。ゆうとに決めてもらう
→「小学校2年生が理解できる~」だと文章が簡単すぎる。ゆうとだったらもう少し難しい言葉でもわかるだろうから、小学校4年生くらいに指定しておく。それでもわからない言葉が出てきたら、都度教えればいい。
→条件を変えて何度か遊べるように、ひとつの詩は短めがいい。五行くらいでちょうどいいと思う。もっと長くしたらAIの粗が出る可能性もあるから。
・もし、生成AIがへんな内容(ゆうとに見せるべきではない内容)の詩を作ってきたら、それは無しにしてまた別の詩を作ってもらう。そのとき、「生成AIはこういうふるまいをすることもあるんだ」とゆうとにはきちんと伝える。
・この遊びの一番大事なところは、AIが作った詩をゆうとと一緒に「鑑賞」すること。
→短い文章から意味を考え、ふたりで話し合う。ゆうとが楽しんでいるようだったらお母さんを交えて三人で試してもいいかもしれない
お母さんと話し合って決めたこと、お父さんが自分で考えたことを一通り書き出してから、お父さんは大きく伸びをしました。
「ゆうとは俺より頭が柔らかい。気を付けるところだけ俺がしっかりしておいて、あとはゆうとが楽しめるように意識を集中させればいいな」
お父さんは次の木曜日を楽しみにしながら、寝る準備に入るのでした。
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