2、お母さんが考える、詩の面白さって?

「例えば今、お父さんがお母さんに向かって、『お母さん、玉ねぎ』って言ったらゆうとはどういう意味だと思う?」


 お母さんの視線につられてお父さんのほうを見たゆうとは、少し考えます。


「うーん。玉ねぎを切っていたから涙が出てきてつらい、とかかな」

「よく知ってるな」


 台所からお父さんが声をかけてきます。話しかけていなくても、ゆうととお母さんの会話は聞こえていたようです。


「お父さん、刃物を使っている時はちゃんと集中してね」

「ああ、もう包丁は持っていないから大丈夫。今鍋のほうを見ているから」

「鍋も同じだよ。火を扱っているときも危ないんだから」

「はーい」


 ゆうとのような返事をしたお父さんに、ゆうとは思わずくすりと笑いました。お母さんの前では、お父さんもゆうとも同じこどもなのかもしれません。お母さんはしばらくお父さんのほうを見ていましたが、ゆうとのほうへと向き直りました。


「そうね。さっきの『お母さん、玉ねぎ』っていう言葉。わたしだったら『お母さん、玉ねぎがもうすぐ無くなりそうだから買ってこなくちゃいけないよ』っていう意味かなって思う。どっちがお父さんの言いたかったことかはわからないよね。ゆうとの考えが正しいかもしれないし、お母さんの考えが正しいかもしれない。でも、お父さんがこう言ったらどうかな」


 お母さんは詩集にしおりを挟んで閉じ、テーブルの上に置きました。


『お母さん、玉ねぎから芽が出ていたよ』


 思いがけない言葉に、ゆうとは目をぱちくりさせました。


「えっ、そんなことあるの? 全然思いつかなかった」

「玉ねぎは珍しいけど、じゃがいもはよくあるよ。今度見せるね。それはそうと、今の言葉は、さっきお母さんとゆうとが予想したのと全然違う内容だったよね。でもお父さんがこう言いたかった場合だって、短く言おうとしたら『お母さん、玉ねぎ』になるかもしれない。こんなふうに、短い言葉になればなるほど、聞いた人はどんな意味だろうって色々と考えられるの」

「たしかにそうだね」


 ゆうとは芽が出ている玉ねぎを想像しながら頷きます。玉ねぎのとんがっているところから葉っぱが生えるのかな? でも本当に、あんな茶色いものから葉っぱは出てくるのかな? 気になりますがお母さんは今度見せてくれるそうなので、楽しみに待つことにします。

 今はお母さんの話を聞く時間です。目を合わせると、お母さんは口を開きました。


「詩もおんなじだと思うの。小説や映画のセリフ、アニメのキャラがしゃべる言葉は見ているわたしたちがわかるように、くわしく話してくれているよね。でも、詩は違う。短くて、書いた人が何を伝えたいのかすぐにはわからないことがある。さっきの『お母さん、玉ねぎ』みたいにね。でも、そこが面白いと思うんだ」


 お母さんの目は輝いています。好きな本について話してくれる時のお母さんの表情が、ゆうとはとても好きでした。話に夢中になるあまり、ゆうとには難しい言葉を口にしている時もありますが、それでも本当に本が好きだということが伝わってくるので、ずっと聞いていられるのです。たぶん話の長い先生の講話にすぐ飽きてしまうのは、先生自身がその話を面白いと思っていないからなんじゃないかと、ゆうとはひそかに考えていました。

 目をきらきらさせたお母さんの講釈はまだ続きます。


 「短い言葉で、書いた人は何を言いたかったのかな。わたしだったら、どういう意味だと思うんだろう。それを考えながら詩集を読んでいたら、自分のなかですっと腹落ちする作品を見つけられることがあるの。ああ、わたしだったらこの詩はこういう意味だと思うな。だとしたらすごく共感できるな。そう思える作品に出会えたとき、すごくうれしい気持ちになるの。全く違う誰かに向けて書かれた詩が、まるでわたしに向けて書かれたみたいな気持ちになって。大切なお手紙をもらったときの気持ちに近いかな。そういう作品に出会えることが楽しみで、詩集を読むのが好きなんだ」

「お母さん、熱中しすぎだよ」


 ずっと喋りつづけていたお母さんは、はっとした表情でお父さんのほうを見ました。そして申し訳なさそうな表情でゆうとに顔を向けます。


「ごめんね、ゆうと。好きなことになるとたくさんしゃべりたくなっちゃって」

「ううん。ぼくも、好きなことはいっぱい話したくなるから。それに、お母さんが詩が好きっていうのはわかったよ」

「よかった」


 ほっと息をつくお母さんを見て、ゆうとは思いました。これだけお母さんが楽しそうに話すのだから、詩を読むのは楽しいことに違いない。でも、さっきまでお母さんが読んでいた詩集は漢字が多くて難しそう。これも、もう少し大きくなってもっといろいろな言葉が読み書きできるようになってから楽しめることなのかな。もっと、たくさんの言葉を知りたい。


「ぼくも、早く詩が読めるようになりたいな」

「そうしたら、さっきお母さんが読んでいた詩をいっしょに読む? お母さんが音読したら、ゆうともわかると思うよ」

「でも、わからない言葉がいっぱいあったら、“お母さんが思った意味”でしか読めないよね。ぼくはぼくの、お母さんはお母さんの読み方ができたほうが楽しそうだよね」


 ゆうとの言葉に、お母さんは笑みを深くしました。


「ゆうとが、そこまで詩のことを理解してくれていてうれしい。ゆうとの言う通りだね。でもせっかくゆうとがそう思ってくれたから、何か一緒に楽しめる方法を考えたいな。ちょっとお父さんと考えてみるから、待っていてね」

「うん。わかった」


 ゆうとはソファからぽんと飛び降り、台所へと近づきました。包丁を持つことはまだできませんが、おはしと箸置きを並べるのはゆうとの仕事です。ゆうとの関心は、今日のお昼ごはんが何かというほうへと向けられていました。

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