5、依頼文:「冷蔵庫」が含まれる五行の詩を書いてください

「ゆうと、次のお題は何がいいかな?」


 タブレット端末を持ったお父さんが、ゆうとに声をかけます。


「うーん。家電だったら、冷蔵庫とかは?」


 きょろきょろと部屋を見渡したゆうとは、次のお題を「冷蔵庫」に決めたようです。お父さんは頷き、入力画面に文字を打ち込みました。


『「冷蔵庫」を含む、小学校4年生が理解できる5行の詩を書いてください』


 ゆうとは小学校2年生ですが、国語が得意で言葉を覚えるのが好きなので、小学校4年生くらいの言葉であれば理解できると、お父さんは判断したのでした。もしわからない言葉があっても、お父さんが教えてあげればよいのです。


 少し間をおいて、生成AIから返答が返ってきました。


“冷蔵庫は白い箱

開けると光がこんにちは

今日は何が入ってる?

わくわく探検隊出発!

内緒の宝物を見つけよう”


 お父さんは出てきた詩を音読してから、ゆうとの顔を見ました。


「ゆうと、わからない言葉はあったかな?」

「ううん、大丈夫。漢字がわからないのはあるけれど、どういう意味の言葉かはわかったよ」


 ゆうとはそういいながら、お父さんのタブレット端末を覗き込みました。「探検隊」や「内緒」の漢字がゆうとにはまだ読めないのです。しかし「タンケンタイ」と「ナイショ」の意味は知っています。


「じゃあ、この詩はどういう感じがする? ゆうとは、詩を見てどう思った?」


 お父さんの促す声に、ゆうとはうーんと考え込みました。


「ぼくが冷蔵庫を開けたときに、りんごジュースが入っていたら嬉しいけど。そんな感じの意味かな。いつも入っているわけじゃないものを見つけて、わくわくするみたいな。でも、“光がこんにちは”っていう部分がちょっとわかんない」

「文字のままの意味かなって、お父さんは思ったよ」


 基本的に、この遊びではゆうとが詩を読んでどう感じたのかを、自由に話せる環境をつくっておくことが大切だとお父さんは考えています。しかし、せっかく二人で詩を見ているので、お父さんの意見も行ってもいいのではないかとも思いました。芸術作品への感想は一人で抱え込むより、他の人と共有し合ったほうが楽しいというのがお父さんの持論です。お母さんとの仲が深まったのも、二人で美術館に行った帰りに気に入った絵について語り合ったのがきっかけでしたから。


「お父さん?」


 じっと目を見つめてくるゆうとを見て、お父さんははっと我に返りました。今は、お母さんとの思い出をなつかしんでいる時ではありません。ゆうととの会話に集中しなければと、お父さんは先ほどの自分の発言を思い返しました。


「ほら、冷蔵庫って中に電気がついていて、扉を開けるとぱっと明るくなるだろう。だから、光にあいさつされた気持ちになって、“光がこんにちは”っていう表現になったんじゃない?」

「そっか。それでこんにちはっていうことは、お昼ごはんの前とかに開けたのかな。うーん。でもやっぱり、ぼくにはりんごジュースしか思いつかないな。でもないしょにしてるわけじゃないから……お父さん、これお母さんには秘密だよ」


 そういってゆうとは、お父さんの耳元に口を近づけます。お母さんはまだ家に帰ってきていないので聞かれる心配はないのですが、どうしてもお父さん以外には聞かれたくない話のようです。お父さんが耳と意識をゆうとのほうへと向けると、ゆうとは小声でささやきました。


「あのね。たまに、お母さんが見ていないときにりんごジュースをこっそり飲んでるんだ。だから、ぼくにとってりんごジュースは、ないしょの宝物なの。でも、りんごジュースそのものはお母さんも冷蔵庫に入っているの知っているから、ないしょとは言わないのかな」

「いや、いいんじゃないのか、ないしょって言っても」


 お父さんはゆうとの「ないしょ話」をほほえましく思いながら聞いていました。ゆうとには言いませんが、お母さんはこの「ないしょ話」をきっと知っています。食事の時以外の時間で、ゆうと用のマグカップが時々台所の流しに置かれているときがあるからです。

 そういう時は大抵、冷蔵庫の中にりんごジュースが入っているので、きっとそれを目ざとく見つけたゆうとが飲んだんだろうとお父さんは目星をつけていました。ゆうとのためにりんごジュースを買っているお母さんが、気づかないはずはありません。


「内緒の宝物って言っているから、あくまでこの詩を書いた人にとって、他の人には内緒なものだったらいいんじゃないかな。前、お母さんも同じようなことをしていたから」

「お母さんが?」


 ゆうとは目をぱちくりさせます。お母さんが、ゆうとやお父さんに内緒でこっそりりんごジュースを飲んでいるのでしょうか。お父さんは微笑みを浮かべながら言葉を続けます。


「ちょっと前、お父さんの誕生日に、お母さんがケーキを買ってきてくれていたのを覚えているかな?」

「うん。小さいケーキがたくさんあって、全部おいしかった!」


 もちろん、その日のことをゆうとはよく覚えています。お父さんもお母さんもゆうとも、甘いものが好きなのですが、ケーキを食べることはめったにありません。近くにケーキ屋さんがないからです。そのため、家でケーキが食べられるのは家族三人のの誕生日だけと決まっていました。

 ケーキが大好きなゆうとは、お父さんの誕生日に食べたチーズケーキの味を思い出して頬を緩めました。それを見てお父さんの笑みも深くなります。


「そうそう。あれ、お父さんはてっきりホールケーキを買ってくるものだと思っていたんだ。でも、帰ってきて冷蔵庫を開けたらそれらしいのが見当たらなくて、『今日は買えなかったのかな、明日に買ってきてくれるのかな』と思った。でも夜ご飯を食べた後に、お母さんが『サプライズ』と言って小さいケーキをたくさん並べてくれたからびっくりしたんだよ」

「たしかに、そうだったね」


 ゆうとも、お母さんの言葉を思い出しました。色とりどりのケーキが並べられるさまはきれいで、ゆうととお父さんはうっとりとそれを見つめていたのです。


「思わず、『どこに隠していたの』ってお母さんに聞いたんだ。そしたらお母さんは笑って言っていたよ。『この冷蔵庫には、秘密の隠し場所があるんだよ』って」

「ひみつの隠し場所?」


 思わず大きな声が出てしまい、ゆうとは周りをきょろきょろしました。ゆうとたちの家はマンションです。多少大声を出したところで周りの家から怒られることはないので気にすることはありません。しかし、人の大きな声――赤ちゃんの泣き声とか――に敏感なゆうとは、自分が大きな声を出すと周りがびっくりすると思っているのでした。それを知っているお父さんは、大丈夫だよという意味を込めてゆうとの背中を軽くたたきます。

 少し落ち着いた表情を取り戻してお父さんのことを見上げたゆうとは、それでもまだ頭の上にハテナマークを浮かべています。


「お父さんにも、『冷蔵庫の中にある秘密の隠し場所』がどこかまでは教えてくれなかった。ただ、家の内見のときから見つけていたんだって。やっぱり、小さいころから料理をしていたお母さんの目の付け所にはかなわないな」

「ナイケン?」


 ゆうとは首をかしげました。知らない言葉を使ってしまったことに気づいたお父さんは、急いで補足します。


「内見っていうのは、新しく住みたいって思っている家を、実際に住む前に見に行くことだよ。家の「内」部を「見」学するから略して内見」


 お父さんはメモ帳アプリを起動して、内部見学と打ち込み「内」と「見」にかぎかっこをつけました。この二つの漢字はゆうとも知っています。


「じゃあ、ぼくたちがこの家に住む前、お父さんとお母さんは内見をしたの?」

「そうそう。ゆうとが、まだ生まれる前だね」


 お父さんは懐かしそうに目を細めます。


「この家、もともと家具が備え付けてあったんだけど、お母さんは冷蔵庫を開けた時に目を輝かせていてね。『使いがいがありそう』って言っていたんだ。お父さんは『確かに使いやすそうだけど、使いがいって何だろう』って思っていたんだけど、きっとそのときに『秘密の隠し場所』を見つけたんだろうね」

「そっか。お父さん、ぼくたちで冷蔵庫の中、こっそり見てみない? お母さんの『秘密の隠し場所』ってどこなんだろう」


 ゆうとはそう言うと同時にソファから勢いよく降りて、冷蔵庫のほうへ小走りで向かいます。お父さんが後ろからゆっくりついていくと、ゆうとはもう冷蔵庫の大きい扉を開けていました。


「うーん。わかんないや。お父さん、上のほうにあるかもしれないから見てみて」


 お父さんは、ゆうとの言葉に従って上の段から順に見ていきます。しかし、ゆうとの言う通りそれらしいものは見当たりません。でも、実はお父さんは、そこまで真剣に探すつもりはありませんでした。ゆうとにはゆうとの『内緒の宝物』があるように、お母さんにはお母さんの『内緒の宝物』があるのかもしれません。だとしたら、それを無理に見つけ出すのはちょっとかわいそうな気がしたのです。


「ちょっと見当たらないなぁ。きっとお母さんは、宝物を隠すのがうまいんだね」

「じゃあ今度、お母さんが隠したものを探すゲームをしたい! すごく難しいかもしれないけど、お父さんと一緒に探す!」


 うきうきな様子のゆうとに、お父さんは笑顔で頷きました。


「そうしたら、今度の休みにやることは決まりだな。お母さんにも言っておくよ」

「うん!」


 お父さんとゆうとはにこにこしながら、ソファのところへと戻るのでした。

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