そう言われるのは初めて。だからお前は一番だ。
「お前……足はえーよ……」
久しぶりに全力ダッシュしたので膝に手を当ててハーハーと大きく呼吸音を立てる。
「……」
「梓さんなら『ちょっともう走れない! 必ず追い付くから先行ってて!』と言ってたから待ってれば来るかも」
いきなり走り出した木葉にあっ気に取られ、すぐには追いかけられなかった。
ブランクが有るとはいえ、男女の差が有るのに全然背中が近付かないあの屈辱を、俺はきっとこの先忘れない。
「何で、追いかけてきたんだ?」
「心配だったからだな」
「お前は……本当にカッコいいな……」
その言葉には、本来有るべき乙女が男に惚れて言うような温度は感じない。
まるで真冬の夜中に外で放置された金属のように冷たく、寂しい声。
「もっともじもじして、照れ臭そうにしながら言うとポイント高いぞ」
「……奏太はそういう女の子が好きなのか?」
「いや『カッコいい』といわれるより、『○○なところが大好き!』と言ってくれるような女子が好きかな」
「そうか、覚えておこう」
覚えられてもなんか困るんだが……
「で、どうしたんだ?」
「……言っても良いのか? 私の醜くて気持ち悪い部分を明かすことになるが……」
「ここまで走ってきて『なんもわからなかった』で終わる方が気持ち悪いよ」
「そうか……」
彼女はつり目の大きい目を閉じ、細くて高い整った鼻から大きく息を吸い、上唇だけ若干ぷっくらしている口から息を吐いた。「……私はお前のカッコいいところが大嫌いだ」
彼女は先程の見ているだけで美しさを感じる深呼吸とは対照的な毒を吐く。
「私は一番がいい。二番の称賛などいらない。そう思うからこそ、姉のいない世界へ来た……逃げた」
「でも、その世界にも居たのだ。自分より頭が良く、自分より周囲の人間が惹かれる人間が。学校に来ていないなら、来ないだけの
彼女は溜め込んでいた物を吐き出し始めたからか、最初はこらえていた涙もとっくに頬を伝っている。
「だが実際学校に来てみてどうだ!? 顔は言うまでもなく整っているし、初日なのにもう既にクラスメイトと打ち解けているし、クラスの危機だって救っている!」
「私と違い、お前はカッコいいよ。姉の気持ちもわかる……私は誰にとっても、何をとっても、一番じゃないんだ」
理想が高い……それがまず第一に思った印象。
「俺だって逃げ出すことくらいするぞ?」
「だからなん……」
「俺は! 逃げたんだ……一番大事だった……大好きだったサッカーから、目を背けた……背けている」
「……聞いても……良いのか?」
少し歩かないか? と提案し、歩きながら話を続ける。
そして俺は母が亡くなり、どんなことにも終わりが来ることを悟ったことを話した。
何故一学期学校に来なかったのか、何故姉と二人で暮らしているのか等も全て。
「そうか……そんなことが……」
「ああ、色々あったんだ」
「私は嫌な女だ……お前の悲しい過去を聞いても『でもその話を聞いたのは、私が一番というわけでは無いんだろうな』だとか思ってしまう……本当に、嫌になるよ」
お互いに、言葉は出なかった。
わかっていた。一番でありたいと願う木葉に『俺にだって弱いところがある』と伝えても自己否定を辞めないことくらい。
木葉は木葉で俺の過去に同情や慰めの言葉を送るなんていう無責任なことが出来ないのだろう。
「なあ木葉」
「なんだ?」
「もう夜だけど、今日って晴れだよな」
「そうだな?」
木葉が言葉の意図が読めず反応に困っている。
まるでマジックの種がわからずポカンとする子供のような顔だ。
「確かにさ、家族を除けば一番最初に俺の過去のことを話したのは梓さんだよ」
「やっぱり……そうか」
「でも、あの時は曇ってた」
「は?」
さっきと同じような顔をしている木葉を見ているとなんだか面白くて、少し微笑んでからこう言った。
「だからさ、梓さんに話したときは曇ってたんだって。普通過去を話すときって晴れてるべきじゃないか? 話し終わったあと綺麗な星や月を二人で見てセンチな気分になりたくない?」
「そ、そうだな?」
「それに、梓さんには、聞かれたから話した。木葉には自分から話した。あの頃は追いかけてきて貰ったけど、今回は追いかけた。まああと、なんか今日の方が前より上手く話せた気がするな。あとは……」
「奏太……? さっきから……何なんだ?」
俺達はたまたま近くにいたので、俺が最後に試合をしたスタジアム……梓さんに過去を話した場所に来ている。
もちろん木葉は知らないけど、その話をするならここが良い。
「要するにさ、木葉は俺にとって一番何だよ」
「さっき列挙していたもののことだろう? そうだとすれば、大層些細な一番だな……」
「それじゃ駄目か? 『あの時より天気が良かった』『初めて俺が自分から過去を話したいと思った』そういう些細な一番から目指していくのじゃ、駄目か?」
木葉の目を見て、今だけは過去を忘れて、彼女だけを瞳に写して続ける。
「俺は少なくともテストではお前に負ける気がしない。三年間ずっと、一位を譲るつもりはない」
「っ……」
「そういう取るのが難しい、取ることの出来ない一位は存在する。だからさ、簡単なことから一位を取ってみないか?」
「ああ……そうだな」
あの日の空のように曇っていた彼女の顔も、今日の空みたく晴れている。
「ところで奏太、月が綺麗だな」
「……は?」
「何だ、意味を知らないのか?」
「いや、知ってるけども……そんな使い古された表現いきなり言われてびっくりしたんだよ」
「じゃあ、私が一番か?」
一瞬何を言っているのかわからなかったけど、すぐに解った。
「そうだな、『月が綺麗』と俺に言ったのはお前が一番最初だ」
「うん!」
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