雑にやった。だから言えない

「あ……えっと……一学期学校これて無かった青野奏汰です」


 少し沈黙が流れたあと、一斉にみんなが話し出す。


「え⁉ あの伝説の?」

「うわー……イケメンじゃん」

「顔ちっさ!」

「あとで連絡先交換してもらお……」


 ざわつき初めて数秒で木葉がはいはい、と手を叩きながら立ち上がり周りを見渡す。


「みんな! 静かに! でさ、青野君良いの? 結構セリフ多いけれど……」

「全然いいよ。準備一回もこれて無かったし、ちょっと罪悪感感じてたんだよね」

「それは助かる。クラス委員長として、礼を言う」

「大丈夫だって。ていうか木葉って委員長だったんだね」

「え……ああ」


 少し困ったように返事されたがどうしてだろう……辺りを見渡すと、全員がこちらを見ながら、何かを聞きたそうにして黙り込む。


「え……なに?」



「あのさ!」


 センター分けにしたどこにでもいそうなクラスメイトAが声を張り上げた。


「お二人は……どういう関係……?」


 ああなるほど。名前で呼び合うことは、どうやら俺が思っていたより重い物らしい。


「どういう関係か……俺らは……」

「ただ家族同士が知り合いなだけだ。直接の関係はあんまりないんだが、苗字で呼び合うとややこしいから名前で呼び合っているんだ」


 せっかくユーモアある返しをしようとしたのに、木葉に上手い返しをされてしまう。

 それから場は落ち着いて、先生の話を終え、体育館へ向かう。もちろん始業式のために。


「こういう式典の度に“称賛なき名スピーチ”を思い出すよ」

「何その恥ずかしい二つ名」

「……ちなみにそう呼ばれている人にはもう一つ伝説があるのだが」

「それって……?」


 何だか嫌な予感がしたが、ここまで来て引くわけにもいくまい……

 あと普通に気になるしな。


「”木葉姫の屈辱”と呼ばれる伝説だ」

「それって……」

「ああそうだ。私がある男に泣かされた話だな」

「誰だろうね~! こんなに可愛い木葉ちゃんを泣かせたのは」

「……」


 『謝らないでくれ』と言われた手前、安易に謝るわけにもいかず、困ってしまう。

 ”木葉姫の屈辱”とやらは、たぶん先程聞いた、俺に負けたのがあまりにも悔しくて、木葉が泣いてしまったという話のことを誰かがそう呼び、広まってしまったんだろう。

 ていうか結局”称賛なきスピーチ”ってなんだよ……


「すまない。ちょっとした冗談のつもりだったんだがすまない。困らせてしまったな」

「俺を困らせるとはなかなかやるじゃないか……ところで”称賛無き名スピーチ”ってなんなの」


 そこは花梨が説明してくれた。

 入学式の際、入学生代表挨拶に俺が選ばれた。その時のスピーチがとてつもなく良かったらしい。

 誰もが聞き入り、誰もが終わった時本心で拍手。式が終わった後もその話で持ちきり。

 確かそのスピーチをしたの1年A組の青野奏汰といったか……今日は運悪く体調を崩してしまったのだろう。明日でも来週でも来たらどんな人なのか確かめたい! そして”スピーチ良かったよ”と言いたい!


「ですが、いつになっても本人は現れません。皆が待っているのに……誰もが会って話をしたいと望んでいるのに……彼が私たちの前に姿を見せることはありませんでした」

「そこで我々はいつの日かあのスピーチを”称賛無き名スピーチ”と呼ぶことにしました。あの言葉をただの伝説にしてしまわないように……もし彼が来た時に”称賛”することを忘れないように……」


 めでたしめでたしと花梨が話を切る。


「いやそんな語るも涙、聞くも涙の昔ばなしみたいに言わないでよ……」

「でも実際聞くも涙のスピーチではあったよ?」

「ああ、成績開示の時はなぜ私が2位なのだ! とか思っていたが、あのスピーチで悟ったよ」

「そ、そういってくれて嬉しいよ。あのスピーチはケシテハカイテノクリカエシデヨウヤクデキタリキサクダカラ……」


 力作なのは事実だが、昔から似たようなことをよく頼まれてきたので、上手くかけたものはストックしておきまた使うみたいなことをしている。

 だからそんなに真っすぐ褒められてしまうとなんか申し訳なくなる。

 決してどれを使ったか覚えていないだなんて言えない。


「あ、俺ペン忘れたから取ってくる」

「ああ。わかった」

「先行ってるね!」


 なにに使うのかは知らないが、今日始業式で持参しろという指示を受けた。小走りで教室に戻る途中で、リュックを背負って堂々と真ん中を歩いてる人が。

 今更登校するならもう休んじゃえば良いのに。


「すみません。ちょっと通ります」

「……」

「……」


 当たり障りのない言葉で抜かそうとしたら、こちら向いて仁王立ちされる。

 なんだこいつ……顔を上げ、目をあわせたところで気付く。こいつは……


「青野……奏汰」

「久しぶりだな、日野次郎」


 階段の電気が消された。

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