俺は弱い。だから貫かない。

 俺は出来ることと出来ないこと区別する。出来ることしかやらず、出来ないことはやろうともしない。俺だって生まれた頃からこうだったわけではない。だからその前のことを少し話そう。






――物心着いた頃には大抵のことが出来た。


 だがある時察した。人には限界があると、向き不向きがあるんだと。


 でも、それでも俺は諦めなかった。俺なら何でもできる。その気に成れば雲の上にだって立てる。本気でそう思っていたんだ。


 だからだろうか……11人とかいう無駄に多い人数でたった一つの目的ゴールに向って行くスポーツに心惹かれたのは……


 始めたのは小5の始めか小4の終わりくらい。地元の小さいクラブ。当時はまだ日本代表の試合をいくつか見たことあるくらいの知識。この年代は八人制ということすら知らなかったけれど、始めたてでもAチームのレギュラーになれた。


 入って1週間たつ頃に、練習試合があった。結果は


「そうたすげーな!始めてから三回しか練習してないのにもうAチームじゃん!」

「しかも三試合5得点って!」


 更に、入って1か月での県大会の予選。


「虎太郎!こっち!」

「そうた!」


 決勝でもゴールを、というか出場した全ての試合で点を決め、県大会に進む。


「まじで地区予選勝ち進んじゃったよ! そうたのおかげだな!」


 知ってる。


「そうたいないと大分きつかった!」


 それも知ってる。


「そうたがいればもしかしたら全国も狙えるんじゃね!」


 それだって知ってるよ。


「てかそうたさ――」

「――だよねそうたって」

「そうたは――」


 ほら、一人で出来た。なにが”チームプレイ”だよ、俺一人でも勝てる。チームを勝たせた。その自信が打ち砕かれたのは県大会準決勝。相手は全国常連のガレイロ。俺でも聞いたことあるくらい有名なJリーグクラブの下部組織。それでも俺がいるなら勝てる。俺が決めれば!


「いやー惜しかったなあ……」

「そうたガレイロ相手にハットトリックは流石だな」


 負けた……負けた…。のか……? いや、俺は負けてない。結果は3-4。三点決めたんだ! あれ……? 俺はなんでも出来るんじゃないのか……?


「でもここまでこれただけすげーよな」


 は……?


「それな、快挙だろ!」


 何で……どうしてだよ……


「ガレイロ相手に惜しかったよね。充分頑張ったよ」


 どうして、"俺たち多頑張ったよね"だなんて言えるんだよ!


 俺は当たり前のように得点王とMVPをもらった。また周りからちやほやされたが、ちっとも嬉しくなんて無かった。そして大会の帰り……


「ねえそこの君、奏汰君……だっけ?」

「……はい」


 振り返って見ると居たのは、親くらいの年代に見える男性と、同い年? の男子。何故だかそこにいた男の子はないている。


「お前! 何であんなチームいるんだよ!」


 言われた意味が解らなかった。拳に力を入れ、悔しそうな顔でこちらをにらんでくる。今にも自分の唇を噛みちぎりそうだ。


「ああごめんね。私は準決勝で君たちと当たったガレイロの監督の多田だよ。こっちがセンターバックの日野次郎。体格が恵まれているのもあってね、手も足もでなかったのが始めてだったみたいでさ」

「試合に勝てたなら良いじゃないですか」


 多田さんがにやつきながら顎に手を当てる。


 「君なかなかひどいこというねえ……サッカーしてるならわかるでしょう?」


 わかってる。のお陰で勝つなんて悔しいに決まっている。自分のせいで負けかけたのだ。三点も奪われた。しかもチームプレイで取られたのでもなく、俺個人に負けた。日野次郎センターバックからしたら屈辱だろう。


「あーそれでね。本題なんだけれど、君うちに来ないか? あれほどの技量、あれほどの勝利への渇望。幼い頃から本気でサッカーと向き合ってきたんじゃないのか?」

「始めたのは1カ月前です。サッカーに本気というか、”一人で何でもできる”というのを証明するためにあえて、大人数でやるスポーツを選んだんです」


 そういうと驚かれた。なんだか興奮した様子で多田さんが続けた。


「凄いよ奏汰君! 1カ月であれって……でどうだい? うちのクラブなら君の才能を更に引き出せるよ! それこそ一人で何でも出来る選手にだって!」

「……ぎだ……」

「なんだい? 次郎。出来ればあとに」

「次だ!」


 次郎は俺の大股一歩前の位置まで、ディフェンスの間合いまで近付きこういった。


「次は俺がぜってー勝つ!」

「そうだね。奏汰君もうちに入れば毎日でも勝負でき……」

「だからぜってーガレイロに入んじゃねえぞ!」


 ああ……いたんだな。俺と同じくらい本気なやつが。


「ああ、次は試合でも勝ってやるからな!」


 多田さんはやれやれと言いながら、額に手を当てる。


「まあ一応名刺渡しとくからさ、気が向いたら訪ねてよ」


 そこから数か月後に決勝でガレイロに負けたライバルクラブのFCディアレからスカウトが来て、入ることにした。


 その後は以前梓さんに話した通り。中三の12月に母が亡くなり、サッカーを辞めた。そして考えた。どうせいつか終わるなら、出来ないことをやろうとする意味なんてない。


だから俺は梓さんから逃げて来たんだ。恋愛なんて、俺には無理だ。全部……全部諦めてしまった俺には……もう……


「そういえば、次郎との約束……」


 この目の前にある、気付いたら足を運んでいたスタジアムを見ながら思い出す。


「そういえばあの試合が最後だったっけ」


 小5の頃からのライバルである人と、俺が最後に出た公式戦で交わした約束……大切なものだったはずなのに、今は心底どうでもいい。


「やっぱり俺に恋は向いてないな」


 俺の独り言は、落ちている葉っぱを動かすことも出来ないくらい弱弱しい風にかき消された。


「奏汰君!」

「梓さん……」


 強い風がいきなり吹き、近くに置いてあった空き缶を遠くへ転がした。

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