やる理由が無い。だからもうやらない。

「ねえ、ちょっと寄り道してこうよ」

「いいですよ」


 スイッチを切り替えてからはちゃんとエスコートした。正直あんまり記憶にない。条件反射で梓さんがドキドキしてくれそうなことをして行った感じで……


 少し歩いたところにあった、高台? に訪れた。


「見晴らし良いですね」

「でしょ?」


 わざわざここに連れて来たのは……


「ねえ、聞いてもいいかな?」

「……何がですか」


 梓さんは一歩踏み込む。


「私は……はぐらかされて何か、あげないからね? 私はちゃんと、あなたを見たいの」


 俺は一歩下がる。


「そう……ですか……良いですよ。いずれにせよ、その内姉が口を滑らせそうですし」

「あはは……それは否定しきれないけれど、あなたの口以外からは聞かないよ……聞きたくない」


 左手の手首を強く握り、梓さんは話を続ける。


「ちゃんと聞くね。奏汰君はどうして、ももの家で暮らしているの?」



「母が……亡くなったんです。去年の終わりに」


 そこからは俺のつまらない話を時々相槌を打ちながら聞いてくれた。


 去年の終わり、十二月末に母が亡くなった。死因は癌。数か月前から闘病生活していたが、それは悪あがきでしかなかったのか、それとも突然悪化したのかはわからない。亡くなったという結果だけがショックでなにも思い出せない。考えたくも……無い。そこから父の単身赴任が決まる。いや、元から決まっていたのかも……それを聞いた百華が一人にさせられないと言ってくれた。そして姉の家に住むことに。ならそこから通える高校に行こうと思い、進学先を今の高校に。だけど、すぐには行けなかった。母が生きていたんだと強く感じる家から離れたくなかったのだ。


「で、七月の終わりに決心が着いたから、姉の家に来たんです。それまで学校にさえ行く気しなくて、テストだけ受けてました」

「そっか……」


 テストはちゃんと良い点を取った。授業全く出て無かったのに結構成績は良かった。流石に体育は成績つかなかったがな。


「話してくれて、ありがとね。その……ごねんね、辛いこと思い出させちゃって」

「いえ、もう……乗り越えたので。二学期からは学校も行きますよ」

「奏汰君は強いね」

「強くなんか……ないですよ……」

「ううん。君は充分頑張ったよ。頑張ってる」

をやってるだけですよ。テストで良い点とるのも、姉の世話をすのだって」


 出来ることだけをやる。俺にとって恋は、出来ないことだ。何故ならこれ以上大切な物を失う辛さを感じたくないから。だからあの日俺は、一目惚れなんかしていない。


「俺、中学の頃サッカーやってたんですよ」

「そうなんだ」

「はい。でも、母が亡くなって”何事にも終わりは来る”ってことを悟った。そしたら急にどうでもよくなった。本気でやってた自分が馬鹿らしくなった。それでもうやる理由を見失って、大好きだったサッカーを……やめた」


 母に応援されるのが好きだった。点を決めたら周りの事なんか気にしないで、自分のことのように喜んでくれたっけ。


「先帰りますね」

「奏汰君……」

「ちょっと一人にしてください。一人が……良いです」


 そうだ、あの辛さを感じるくらいなら、俺はもう一人でいい。


――さようなら


 それだけ告げて、この場を離れた。辺りは暗く、階段の下の方はよく見えなかった。

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