ただの食事。だからこれはデートでは無い。

「ねえ、正直勘違いしたでしょ?」

「……正直、した……」


 俺はさっき梓さんに”今日家に妹と親居ない”と言われて普通に勘違いしてしまった。これは俺が悪いのか……?


「二人きりにしてあげようか?」

「……は?」


 こいつは何を言ってるんだ……?ま、まさか俺がそんなことで喜ぶ訳が……無い、だろ……


「いやー? ね? 今日梓が一人なのは知ってたたけどさ、ご飯の誘いを受けて無いのね?」

「忘れてたけれど、昼ごはん食べて”そういえば”ってなっただけかもしれないだろ」

「あの子は絶対に事前に言うの。これまで結構な数遊んだことあるけど、いきなり”今日空いてる?”とか言われたことは無いし」


 まあ、私が言うことはあるんだけどね、とどうでもいい情報を付け加えられた。


「で? 結局何が言いたいの?」

「私が推測するに、彼女はあなたに気があるのではと思うのだよ」

「それで?」

「ん?」

「仮にそれがあってるとして、俺にどうしろと?」


 確かに俺は梓さんのことを可愛いとは思っている。でも別に恋愛感情は特に無い。これは強がりとかではない。ちょっと違う気もするが”推し”みたいなもの。


「いやだって奏汰さ」


 勿体振るように間を空けて発言する。




「梓のこと、好きでしょ」

「……?」

「うわー、自覚無しかあ……あれで好きじゃないって無理あるよ」

「そういうのじゃ……無いよ。俺達知り合って間もないし」

「一目惚れしたんじゃないの? 初めて会ったときも、いつもと違ったし」


 一目惚れ……か。あの日何度も考えた。あの日だけではない。次の日も、その次の日も今だって……考えてきたんだ、考えているんだ。眠れない夜は何度もあったし、空が明るくなる頃まで考えたりも。その上で出した結論。


「一目惚れなんて存在しない」

「……でも、事実奏太は!」

「違うよ。これは恋じゃない。わかるでしょ? 俺は"特別"を作りたくないんだよ」


 だって、どうせ……


「いつかは消えて無くなる。ならもうそんなものはいらない……また失う辛さを味わうのは、俺には……出来ないよ」

「あんた……やっぱり……か」


 何かを言いかけたところで、電話が鳴る。


「あ、ごめん」

「出てきなよ」


 百華は敬語だったので、何かの先輩だったりするのだろうか。とか考えてたらすぐに電話が終わる。そして困ったような、しかしどこか嬉しそうな顔でこう言う。


「ごめん、バイト入っちゃったからさ、ご飯は二人で行ってきて!」

「えぇ……」


 二人きりで……とかもうそれデートだろ!


 いやいや……落ち着け、冷静になれ。ただご飯を食べるだけ。それなら小中と、給食でやって来ただろう? 誰もが経験してきた。そうだ。だからこれはデートではない……はず。


「いやー、初デートがこんなに早く来るとはね」

「……おい」


 今の心の中で作り上げた完璧な理論が一言で崩される。


「そんなに深く考えないの!」

「それは……」


 それは、どれに対してかけた言葉なのだろうか。デートかどうかのことか、一目惚れについてのことか、あるいは……


 その先を聞いても意味が無いので辞めた。代わりの話題を探していると、チャイムが鳴る。


 改めて17時にここ集合としていて、時刻はその五分前なので、おそらく梓さんだろう。


 そう思い、二人で玄関まで行き、扉を開けると……


「えへへ……どう……かな」

「……」


 言葉を失った。確かにそこにいたのは梓さん。だが俺の知っている梓さんではない。


「ほら、奏太。ここでどうするかわからないような男じゃないでしょ」


 褒めることくらいは出来ることの範疇。意を決して口を開く。


「綺麗です」

「……ありがとう」

「直球だなぁ」


 ライムグリーンの半袖シャツを黒のタイトめなレース生地のロングスカートにイン。セミロングの茶髪はウェーブをかけている。全体的にカジュアルながらもどこか大人っぽさを感じて凄く良い。


「奏太君セットしたんだね。何か意外かも。凄く似合ってるよ!」

「ありがとうございます」


 正直姉に半ば強引にさせられたのだが、してよかったなと思う。梓さんだけちゃんと身なりを整え、俺がなんもしなかったら失礼だよな。


「あ、そういえば私バイト入ったから。お二人でデート楽しんで!」

「うんわかった……ってえぇぇ!!!! ちょっ……デートって! ねえ! わざとでしょ!」


 俺の何十倍も驚く梓さんの声が、マンション中に、いや町中に響き渡った。

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