第11話 マテウス領襲撃そして奪還

 ゼロはクレール男爵領を離れる時にテオに小さな魔力通信ペンダントを渡しておいた。そしてマテウス領襲撃となったら知らせろと。


 そしてやっとそのペンダントが光った。マテウス領奪還軍が進軍したと言う事だ。あの平原を超えてここに辿り着くまで約4時間か。


 流石に直進はして来ないだろう。何部隊かに分かれて三方向の外門より侵入を図るだろう。


 その間にゼロとビアンカはマテウスのいるかっての伯爵鄭に乗り込んだ。方法は簡単だ。ゼロの隠形の術を使って。


 ビアンカも暗殺訓練を繰り返していたのでかなりの隠形の術が使える様になっていた。そこいらの兵士レベルでは見つける事など不可能だろう。


 そして屋敷に辿り着いた時、この屋敷には隠し通路があるとビアンカが言った。そう言えば昔何処かの貴族の屋敷にも同じような物があったなとゼロは思い出した。


 そこから中に侵入したゼロ達は、中で警備する兵士達をビアンカが一人一人闇から闇に葬って行った。


 その暗殺術は大したものだった。あの死にかけの娼婦がここまでになるとは誰が想像しただろうか。


 そして残るは執務室にいるマテウスとその側近二人だけだった。ここから先は隠形の術は必要ないだろう。むしろ顔を晒した方が良い。


 そしてゼロとビアンカは隠形の術を解いてマテウスの前に現れた。驚いたのは二人の側近達だったが、マテウスだけは何かの気配を感じていたのだろう。落ち着いていた。


「誰だお前達は」

「俺はどうでもいい。お前達に用事があるのはこっちのヒューマンだ。おい、マテウス、この女を憶えているか」

「ヒューマンの女だと。そんなもの星の数ほど食いつぶしたからな、一人一人の顔など覚えている訳がなかろう」


「やはりな、しかしこの女だけはお前に取っては特別の女だ。お前が殺したこの屋敷の両親の娘だ」

「なに、ここのだと。あっ、そうか。お前はあの時のクレール伯爵の娘か。確か娼館に売り飛ばしたはずだが、俺の事が忘れられずにまたやられに来たのか」


「お前は両親の仇、覚悟しろ」

「ははは、両親の仇だと。ヒューマンの細腕で何が出来る。まして女のお前などに」


 その瞬間にビアンカの体がぶれて消え、次の瞬間には側近二人の首が飛んでいた。


「ほー、これは驚いた。お前にこいつら二人をやれるとはな。いいだろう相手になってやる。そしてお前をまた泣かせてやろう」


 マテウスの首を薙ぎに行った刃は、マテウスの腕のガンレットで防がれてしまった。その後数十の攻防が繰り返されたが共に致命傷を与えるには至らなかった。


「まったく驚いたぞ。お前にこんな事が出来るとはな。その技誰に教わった。むっ、まさかお前か」

「そうだ俺が教えた。お前を殺す為にな」

「それは残念だったな。この女の腕ではまだ駄目だ。俺には遠く及ばんわ」

「そうでもないかも知れんぞ。ビアンカやれ」

「はい、お師匠様」


 そしてまたビアンカの姿が消えた。そして今度は何人ものビアンカが現れては消えてマテウスを攻撃していた。


「ははは、これは分身魔法か、面白い。お前に魔法が使えたとはな。しかしこんな子供だましが俺に通用するとでも思ったか」


 やはりAランク相当と言うだけはある。獣人としての聴覚、臭覚、そして直感を魔力に乗せて周りに放ちビアンカの軌道を探り始めた。


 そしてついにその軌道を捉えたのか、次にビアンカが現れるであろう所に左手からファイアーストーンを放った。


 それは現れたビアンカに直撃した。もしビアンカがとっさに防壁魔法を出してなければビアンカは消し炭になっていただろう。


 しかしその衝撃を完全には防ぎきれなく数メートルを飛ばされ、体にもダメージがあった。


 これで終わりだ。もう反撃は出来ないだろうと思ったマテウスは右手に持った剣でビアンカの両足を切り落としに行った。


 その後両腕も切り落として一生を性の奴隷としてこき使ってやると決めていた。


 そしてその剣がビアンカの足を薙いだ時、不思議と何の抵抗もなく切り抜けた。その時だ、ビアンカの姿が霞のように消えた。


 マテウスが何だこれはと思った時には、ビアンカの暗器の刃がマテウスの首の横に突き刺さっていた。


 ビアンカはそれを力一杯後ろに切り抜いてマテウスの頸椎を切り裂いた。そして返すもう一方の刃でマテウスの首を完全に切り落とした。


 ビアンカが使った技はゼロが教えた暗殺奥義、残像暗殺拳だった。分身で相手を攪乱させ最後の瞬間に残像拳で相手の隙をついて止めを刺すと言うものだ。ただし自分自身に対するリスクもある。習得するには難しい技だ。


 こうしてビアンカは遂に両親の仇と自分自身に対する仇を討ち果たした。流石のビアンカもこの時ばかりは茫然としてマテウスを見下ろし、体が小刻みに震えて目には涙をためていた。


 正直な話、こんな事で感情を出すなど暗殺者としては失格も良い所だが、今回だけはゼロも何も言わなかった。


 そしてビアンカの気持ちが収まったのを見てゼロは、ビアンカに、


「今からこいつの悪行の証拠を探すぞ。モタモタするな」

「はい、お師匠様」


 勝手知ったる屋敷だ。何処にどんな物を隠せば安全かはビアンカが一番よくわかっていた。


 そして手に余る程の膨大な悪行の数々の証拠が出て来た。裏金に賄賂、人身売買に人体実験、違法な拷問や女に対する凌辱等。これだけやれば悪魔も喜ぶだろうと言えるようなものだった。


 それらを一まとめにしてゼロ達はここから姿を消した。後はテオ達が何とかするだろうと。


 そしてゼロの向かった先は首都の首相の元だった。


 ゼロの予想通りマテウス領では、領地奪還を狙うクレール男爵兵との間で壮絶な攻防戦が来り広げられていた。


 その中でも「自警団カリヤ」達の活躍には目を見張るものがあった。どれほどの大軍でも物ともせずに全てを蹴散らしていた。


 ただ問題がない事もなかった。それはクレール男爵兵達だ。勝利を収めた所では略奪や暴行に及ぶ者達も多くいたが上官もそれも黙認していた。


 いや、むしろ自分は何もせずに部下達に貢がせていた。向こうも向こうならこちらもこちらだ。


 ただ幸いな事はクレール伯爵に恩義を感じて集まった兵達にはこの様な行為はなかった。


 たまたま「自警団カリヤ」達に見つかった所では阻止されたが、目の届かない所では堂々と非道な行為が行われていた。


 そもそもこの兵士達はクレール男爵の子飼いの兵士達ではなかった。男爵が金で集めた雇われ兵だった。


 では何故男爵はこんな大事な戦線で子飼いの兵士達を使わなかったのか。そこには第二の計画があったのだがそれを知る者はまだこの段階では誰もいなかった。


 若干の問題はあったが、やはり「自警団カリヤ」の働きが大きく数日でついにマテウス領は落ちた。


 そして領地奪還司令官から敵兵の反撃なしとの報告を受けて、何故かクレール男爵は早々と姪のクリスタを連れて領主の館に姿を現した。


 恐らくはマテウスも遁走したのだろうと思い、館に足を踏み入れた全員が驚いた。そこには二体の側近の死体とマテウスの死体が横たわっていたからだ。


 一体誰が彼らを倒したのか。クレール男爵にも領地奪還の司令官達ですらわからなかった。しかしそれを見たテオとその部下達は凡その想像がついていた。


 そしてクリスタもまた、これはきっとお姉様とあのゼロ様がやってくださったのだと信じていた。


 こうしてクリスタに取っては親の仇も取れ、クレール男爵の推薦でクレール伯爵領の領主に祭り上げられた。


 初めクリスタは断ったがそれでは領民が納得しないし、また安心もしないだろうと諭され、嫌々ながらも領主の座に就いた。


 それをクレール男爵は内外に知らしめた。問題はそれからだった。クレール男爵の間者がその知らせを受けて首都でその情報を流した。それは予め決められていた様な動きだった。


 するとその情報を受けた政権の軍事担当官が討伐隊を組織してマテウス領に送り出した。しかも5万と言う大軍を。何故そうなったかの双方の原因の調査もせずに。


 恐らく彼ら獣人の高官達に取ってヒューマンは永遠の敵であり、唾棄すべき下等生物だと思っていたのだろう。


 この時ゼロマ遊軍騎士団団長のダッシュネルが巡査も兼ねて自分達も出向こうと進言したが、皆様方の様な高度な戦闘部隊の出陣には及びません。それにこれは首相様より我々軍事担当官が承っております案件でございますればとやんわりと断られた。


 まぁそこまで言われれば無理にと言う訳にも行かず、一応は引き下がったがダッシュネルにも今回の事に関しては腑に落ちない所があった。何故ならマテウス領主の評判がすこぶる悪かったからだ。


 こうしてせっかく手に入れたクレール伯爵領に首都の軍勢5万が制圧の為に向かっているなどクリスタは知る由もなかった。


 この情報を一早く手に入れたクレール男爵は自領の再編成があるので落ち着き次第すぐに戻って来ると言って、領地奪還の司令官達を残して自領に引き上げて行った。


 テオ率いる「自警団カリヤ」達もここまで来れば自分達の出番はないと判断して彼らもまた引き上げて行った。


 領主の館に残ったクレール伯爵の関係者は本当にクリスタと執事のオットだけになってしまった。


「こんな時にお姉様がいて下さったらどんなに心強い事か」

「お気持ちはわかりますがそれは難しい事かと」

「それはお姉様のこれまでの境遇の事があるからですか」

「左様でございます」

「でもそんなもの、今となっては関係ないではないですか」

「ところがそうも行かないのが貴族社会の悲しい所でございます」

「そんな」


 しかしこの時、着々とクリスタに破滅の時が迫っているとは誰も知らなかった。

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