第10話 獣人国の質

 クレール伯爵の弟であるルーベルト・クレール男爵領はクレール伯爵領から平原を超えた西側にあった。


 この位置ならマテウス達からは若干の兵力の隠蔽にはなるだろうとゼロは思った。


 ゼロ達はクレール男爵領に入りクレール男爵に会いに行った。護衛のルーカス達はここまでが依頼だったので引き上げて行った。ただしここにビアンカはいない。


 皆で話し合った結果、ビアンカは表立ってはこの件に関わらないと言う事にした。状況を考えれば当然と言えるだろう。


 だからビアンカの事は叔父であるクレール男爵にも話さないとと言う事でクリスタとオットに納得させた。


 ゼロだけは二人を襲撃者から救った恩人としてクレール男爵に引き合わされた。これは事実だから何も隠す必要はない。


「わしの姪を救ってくれた冒険者と言うのはお主か」

「はい、俺はゼロと言う冒険者です」

「そうか、でその襲撃者と言うのは何者だ」

「恐らくは金で雇われたならず者達でしょう。そして雇い主はマテウスと言う獣人です」


 今回ゼロは大人しく下手に出ていた。


「なに、マテウスだと。では我らの計画が漏れたと言う事か、オット」

「いえ、そこまではまだだと思います。ただ向こうとしてもクレール伯爵様の血筋は残したくないと言う事ではないでしょうか」

「なるほど、それならわからなくもないか。いや、それにしても助かった、礼を申すぞゼロとやら。少し休んで行くがよい。何ならしばらく泊って行かんか。かなり腕が立つと聞いたのでな、出来ればわしの兵達の指導をしてはもらえぬか。礼は弾むぞ」


 これはゼロに取って願ってもない事だった。これでこちら側の情報も取れると言うものだ。


 ビアンカには悪いが近くの森で野宿をしてもらう事にした。ここはまだしばらく身を隠していた方が良いだろうとゼロが考えたからだ。


 それにビアンカにしても、今では森で野宿する事に何の抵抗もなくなっていた。むしろそれを楽しんでるくらいだ。第三のミレに成りつつあるのか。


 翌日からゼロは頼まれていた兵士達の指導を始めた。初めは何処の馬の骨ともわからない者が兵士を指導するなどおこがましわと言う目で見ていたが、一人が二人、二人が三人、やがて百人もの兵士が一撃も当てる事が出来ず、地に伏されてゼロの実力を思い知るに至った。


 それ以降は皆素直にゼロの指導に従いうようになった。別に従わなくてもゼロなら有無を言わせず実力でねじ伏せただろう。


 そしてそれとなくクレール男爵の評判を聞いてみると、才能はあるが野心家だと言う答えが返って来た。なるほどとゼロは納得した。


 それからしばらくして、クレール男爵の使者として出かけていたヴォルカーが「自警団カリヤ」の一団を引き連れて戻って来た。


 やはりダニエルは引き受けたかとゼロは思った。今回のこのメンバーのリーダーは「自警団カリヤ」のNo2、テオだった。この男もまたゼロが手を取って教えた一人だ。


「自警団カリヤ」達は総勢100名で来ていた。しかし彼らのこの戦力は通常の兵士2,000に匹敵する。


 その彼らがここの領主、クレール男爵と対面した。流石に彼らに対してはクレール男爵と言えでも上から目線では物が言えなかった。


 余りにも彼らは有名であり、ヒューマンにして首都の首相に認められた義勇軍だ。ヒューマンの間では英雄軍団にすら当たる。 


 今回の事情を詳しく聞いてテオは納得し協力を約束した。ただし簡単な事ではないとテオ自身も理解していた。


 獣人の領地に戦いを挑むのだ。事が大きくならないと言う保証はない。しかしヒューマンがその中で悪政に苦しんでいると言うのならやらなければならないだろう。


 クレール男爵は事が始めるまで当地で休養して、出来れば兵の訓練もしてはいただけないだろうかと頼んでいた。


 確かに今ゼロと言う優秀な指導員はいるが所詮は一人だ。数はいくらいても足りない事はない。


 テオが視察を兼ねて兵士達の訓練風景を見て回っていて、ゼロを見つけて驚いて駆け寄って来た。


「師匠、こんな所で何をなさっているのですか」

「テオか、そうかお前が来たのか。いいか、俺の事は知らない事にしておけ。いいな」

「はい、承知しました」


 こうして「自警団カリヤ」が今回の作戦に参加する事になった。ただしゼロは領地奪還そのものには参加しない事にした。


 そしてテオ達には向こうの情勢もそうだが、こちらも情勢も何か変わった事があれば知らせる様にと付け加えておいた。


 そしてゼロは、必要な指導陣も揃ったので俺は冒険者活動に戻らせてもらうと言ってクレール男爵領を離れた。


 その後ビアンカと合流して、先にマテウス領を調べる為に領内に潜入する事にした。取り敢えずビアンカには変装をさせておいた。


 もしかするとビアンカの顔を知ってる者がいないとも限らないからだ。住民もそうだがマテウスは勿論、その側近達も知っているかも知れないので用心に越した事はない。


 そしてマテウス領の最初の町、バルケンに入った。このマテウス領、かってのクレール伯爵領には三つの町があると言う。


 三角形になった領地で最初の町がバルケン、そして南にサイバン、北がヤガルンだ。バルケンが一番大きな町だとビアンカが言っていた。


 正面の防壁門では高飛車な門番兵のあしらいに合ったが金を握らせることで黙らせた。


 町を見て回ったが何故か活気がなかった。ビアンカも前はこんな町ではなかったと言った。もっと賑やかで活気に溢れた町だったと。


 途中の屋台で摘み食いをしながらそれとなく話を聞いていると、領主が変わってから住み難くなったと言っていた。しかも皆何処となくオドオドした感じが見受けられた。


 その理由が直ぐに分かった。獣人が通るとヒューマンは避ける様にして道の端に寄って道を譲っていた。何だこれは、江戸時代の殿様と町人か。


 この町では獣人とヒューマンとの間にクラスの差と言うのがあるようだ。先ほどの例で言うと獣人は武士、ヒューマンは町人や百姓に当たるようだ。


 まさか粗相があったからと言って、手打ちなどと言う事はないとは思うが、しかしここではあっても不思議ではないなとゼロは思った。


 ともかくこの町では獣人が本当に偉そうにしていた。ヒューマンなど奴隷以下の様に考えているのだろう。しかし何故そうなった。


 確かに獣人とヒューマンとは戦争をした。しかしゼロマは決してヒューマンを奴隷の様に扱った事もまた考えた事もなかったはずだ。


 そしてその思いはゼロマの弟子や部下達にも伝わっているはずなのにこのギャップはあまりにも大きい。まるでゼロマなど初めからいなかったかのように。


 しばらくここに滞在して様子を見る事にした。良さそうな宿屋を探して3日の宿泊を頼んだ。幸いにして部屋は空いていたが高級な部屋は全て塞がっていると言われた。


 それは何故か、何か大きなイベントでもあるのかと聞いたら、いつ獣人が泊りに来てもいいように空けてあるのだと言った。


 そしてレストランでもこんな事があった。獣人が店に入って来て満席でも、自分達のテーブルに近づいて来ると食事中でもそそくさと食器を片付けてテーブルを空けていた。


 これは何も師に対する尊敬の念で譲ってる訳ではない、獣人に対する恐怖心からだ。


 そこまでしなくてはいけないのかこの町では。本当に狂ってる。一体獣人は何様のつもりだ。ビアンカもあまりの変化に驚いていた。もう自分の知っている町ではないと。


 一事が万事とは思いたくないが、それでもこれは放置出来ないなとゼロは思った。俺とゼロマはこんな獣人の国を作ったつもりはなかったと。


 ゼロは部屋に入って考えていた。これが今の獣人の国の実情なんだろうかと。それともここだけなのか。


 ハンナやその周辺の獣人達はまともだった。むしろゼロやゼロマ達が一生懸命国造りをしていた頃の獣人そのままだった。


 そして政権の中心にいた首相や左大臣もそれほど間違ってはいなかった。ただその中の一人、右大臣は違った。それこそここを代表するような獣人だった。


 それはゼロに殺しの軍隊を差し向けて来た事からも窺い知れる。つまり今この獣人の国では性質が二分していて、悪い方により多く傾いていると言う事か。


 もしそれが事実なら、こんな国に存在価値があるのかとゼロは考えていた。こう言う状態はここだけなのか、それとも他の場所でもそうなのか。


 この領地にあると言う他の二つの町も多分同じような物だろう。何故なら同じ領地内であり、同じ領主の元で施政されているからだ。


 ではもし領地が違ったらどうなのか。それは調べてみる必要があるなとゼロは思った。ビアンカに聞いたら隣の領地までは歩いて1日程だと言った。


 ならゼロ達の速足を使えば数時間で辿り着くだろう。それにこの領地への進軍もまだもう少し時間がかかるだろう。


 ならそれまでに調べて帰って来る事は出来るだろうとゼロとビアンカは隣領に調査に出かけた。


 そしてその結果はここと似たり寄ったりだった。この国の首脳陣、首相のルイトボルトと左大臣のブルームは一体何をやっている。その下にも管理職の人員はいるだろう。


 こんな国の実情が本当にあいつらには見えてないのか、それとも見る気がないのか。


 もしそうならあいつらの手の委ねようと思ったが、正直自分の手で粛清しないといけないかも知れないなとゼロは思っていた。潰すかと。


 ただとゼロは思った。クレール男爵の集めた兵隊達もそれほど質が良いとは言い切れなかった。


 確かにゼロの言う事には素直に従った。それはあれだけ実力差を見せつけられてはそうもなるだろう。


 ただし人の質と言う点に関しては少々疑問があった。彼らはクレール男爵を野心家だと言ったが、彼ら自身は粗暴と言うか暴力性が感じられた。


 まぁ、ああ言う職業だ。それもある程度はやもむを得んが、いざと言う時の自制心が少々気になった。


 まずはビアンカの敵討ちとマテウス領の奪還からだ。それにはクレール男爵軍の進軍に合わせた方が良いだろう。


 ゼロ達はバルケンから徐々に中心地たるマテウス領の領主鄭に近づいていた。そこは元々ビアンカの父クレール伯爵と共に住んでいた屋敷だ。


 だから屋敷の中の構造はビアンカには手に取るようにわかっていた。そしてそこにゼロの意識センサーで中を調べて大体の獣人の位置も把握出来た。


 そしてその中で一番大きい魔力を持つ者、それがマテウスだろう。凡そAランクに匹敵する力だった。さてビアンカに勝てるかどうか。


 その館の近くに小さな森があったので、そこに野営基地を築いた。後は襲撃の時期を待つだけだ。

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