第9話 アビンカの故郷

 始めゼロは獣人国の首都サルーンに先に行こうと思っていたがそれは止めておいた。


 確かにゼロの指名手配は破棄されたが、首都では片腕のヒューマンとして冒険者ギルドに登録していたので、その実物の顔を見知ってる者もまだ多いだろう。


 だからいくら両腕になったとは言え、今はまだ余計な揉め事は避けた方がいいと考えて、まず先にビアンカの故郷に行く事にした。


 今の首都の様子を見るのも一つだが、それは周囲からでも伺い知る事は出来るだろう。それにビアンカの故郷のクレール領は首都からそれほど遠くない所にあると言う事だった。


 だからゼロは首都を少し迂回する形でクレール領に向かった。その街道を通って2日目に小さな町、ドミニクと言う所に着いたのでここで一泊する事にした。


 勿論森の中でも良かったのだが、この辺りまで来れば何か首都やその周辺の情報も掴めるのではないかと思ったからだ。


 この首都にはゼロは政権への反乱劇が起こる前に一度来ている。その後はハンナの協力もあって政権は再び首相ルイトボルトの手に戻ったはずだ。


 ただあれから直ぐに全てが収まった訳ではないだろう。だからまだ多少の問題は抱えているだろうと思って、その辺を何気なく宿屋の主人に聞いてみた。


「あんたらは何処か遠くから来なさったのかい」

「ああ、ガルゾフ州のアブラムからだ」

「そうかい、随分と遠くから来なさったんだね。何でも首都では多くの役人さんの首が切られて入れ替えがあったと言うはなしだよ」

「役人の入れ替えか。やはりな」


「そうそう、あんたは冒険者だよね」

「ああ、そうだ」

「ならこの事も知っておいた方が良いかも知れないね。首都の冒険者ギルド本部のグランドマスターと言う人の入れ替えもあったらしいよ」


「それで今度のグランドマスターはヒューマンなのか」

「いや、流石にそこまではね。やはり獣人だと言う事だったさ」

「そうか、ありがとう」


 まぁそうだろうなとゼロは思っていた。いくら改革と言ってもグランドマスターまではヒューマンに出来ないだろう。それにこの人事は政権側が勝手に出来るものでもないしなとゼロは思った。


 ただゼロはそのグランドマスターが物分かりのいい獣人だったらいいんだがなと思っていた。


 そして最後にその主人が少し小さな声で、ヒューマンに取っては有利な条例が次々と出されたが、末端の方では相変わらず何も変わってはいない様だと言っていた。


 首相の威光も隅々までは届かないと言う事か。しかしそれは少しおかしいとゼロは思った。あのハンナが表に出て来たのに何故変わらないのかと。


「ビアンカ、お前は首都で首相に会った事はあるか」

「はい、一度だけですが父に連れられて首相館でお会いした事があります」

「その時の印象はどうだった」

「獣人にしては温厚な方だなと思いました」

「そうか、一応は予想通りか」


「ただその隣におられた一人の大臣の方を見た時は寒気がしました」

「俺も会った事はないが、それが右大臣のハーライトだろうな」

「その方が何か」

「いや、いい」


 右大臣ハーライトの行方は未だにわからず、捜索しているが分からずじまいになっている。ただそれはゼロの知らない事だった。


 そんな事を考えながら街道を進んでいると向こうから誰かが争っている音が聞こえて来た。この音からすると数人単位かと思われた。


 襲われていたのは1台の馬車だった。それを守っていたのは4人の護衛。それを十数人の山賊と言うか強盗団のような連中が襲っていた。


 襲っている目的は当然馬車の中に乗っている人物だろう。そして襲っているのはヒューマンと獣人の混成部隊で、後ろで指示を出してる獣人がそこのボスだろう。


 護衛達も良くやっていたが何しろ多勢に無勢だ。その上獣人達は皆そこそこに強かった。これでは護衛に分がないなと思ったゼロは、


「どうだ助けはいるか。俺は冒険者だから報酬はもらうがな」


 山賊達の攻撃をギリギリでかわしながら護衛の責任者は中の人物の聞いていた。


「礼は弾むので頼むとの言う事だ。頼む」

「わかった。任せてくれ」


 そう言ってゼロはその戦いに割って入った。ビアンカは目立たない様に弓での支援をしていた。


「何だ貴様は、邪魔するとたたっ殺すぞ」

「生憎と依頼を受けたんでな、これからは俺が相手だ」


 そう言うが早いかゼロは縮地で敵の中心に飛び込み、全てを素手で叩き伏せた。勿論一撃で即死だ。残ったのはボスだけだった。


「で、お前はどうする。誰に頼まれたか吐くか、それともここで死ぬか」

「ヒューマン舐めるなよ。これでも俺は元Bランク冒険者だ。お前らみたいな屑ヒューマンに負ける訳がないだろう」

「随分と威勢がいいんだな。まぁ言うだけはただだからな」


 その狼獣人は片手剣を持ってゼロに切りかかって行ったが掠りもしなかった。何度やっても同じだった。ゼロは最低限の動きでその全てを捌いていた。


 徐々に攻撃している獣人の息が上がって来た。


「何故だ、何故当たらない」

「それはお前が下手だからだ。そもそもそんな物、剣技にすらなってないぞ」

「馬鹿な、これが剣技でなくて何だと言うんだ」

「では剣技と言う物を見せてやろう」


 何処から取り出したのか、ゼロの手には双魔剣が握られていた。その剣を見た獣人が己の剣を振り被った時には左腕が肩先から切り落とされていた。


 余りの鮮やかさに自分の腕が落ちた事さえ気が付かず少ししてから痛みが襲って来てのたうち回っていた。


「物を切るとはこう言う事だ。お前はその基本すら出来てはいないな」

「そ、そんな馬鹿な」


 その時にはゼロに踏んづけられ喉元に切っ先を突き付けられていた。


「どうする。しゃべる気になったか。それともこのまま死ぬか」

「ま、待ってくれ。命だけは助けてくれ。俺は領主のマテウス様に頼まれただけだ」

「何を頼まれた」

「その馬車に乗ってるヒューマンの女を殺せと」

「殺せか。それはお前自身が殺されると言う覚悟もしてたんだろうな」

「そんな、ヒューマン程度に」


 その時その男の首は胴から離れていた。


「人を殺すと言う事はそう言う事だ」


「凄いなあんた。たった一人で全員を倒してしまうとは、余程名のある冒険者なんだろうな」

「俺はただのDランク冒険者だ」

「そんな馬鹿な。Dランクにこいつ等が倒せるわけが」

「さっきも言っただろう。こいつらはまともな剣術を習ってなかったからだ」

「しかしそれにしても、いや、失礼した。俺はこの護衛の責任者をやってるルーカスと言うんだが、あんたは」

「俺はゼロだ。こっちは俺のサポーターをやっているビアンカだ」

「わかった。俺達の主人に引き合わそう」


 荷馬車から一人の少女と執事と思しき一人の初老の紳士が降りて来て、事の成り行きをルーカスから聞かされた。


「この度は危ない所をお助けいただき、本当にありがとうございました。このお礼は十分にさせていただきます。私はクリスタ・クレールと申します。そしてこれは私の執事のオットと言います」

「俺は依頼を達成しただけだ。報酬がもらえればそれでいい」


 その時ゼロの横にやって来たビアンカを見たオットが驚きのあまり目を見開いていた。


「ま、まさかあなた様はビアンカお嬢様ではありませんか」

「・・・」ビアンカは何も反応しなかった。

「覚えておられませんか。あなた様がまだお小さかった頃よく伯爵様の館でお会いしましたハイディ様の執事のオットでございます」


 ここで話せる内容ではないと思ったゼロは、話は後回しにして旅を急ぐように促した。


 それでゼロとビアンカはクリスタの馬車に一緒に乗る事になった。その方がクリスタ達も安心だからだ。


 そこでビアンカが自分の腹違いの姉であると聞かされたクリスタは驚いていた。


「貴方がお姉様だったのですか。クリスタはいつもお会いしたいと思っていました。こんな所でお会い出来て凄く嬉しいです。お姉様」


 馬車の中でなら周りに聞こえないので、オットが家族内の話を始めた。このクリスタはビアンカの腹違いの妹だと。色々家の事情と言うものがあってビアンカとは離れ離れで暮らしていた。


 クリスタは第二夫人の娘だった。第一夫人の嫉妬があまりに激しいので伯爵は第二夫人とクリスタを別宅で生活させていた。


 そしてそのクリスタの母も去年他界したので今回は叔父のルーベルト・クレール男爵の元に向かう途中だったらしい。


 そこを狙われたと言う事はこのクリスタをルーベルトに会わせたくない者がいると言う事だ。それがマテウスだろう。


「あんたはマテウスと言う者に命を狙われているのか」


 ゼロがその名前を出した途端にビアンカの雰囲気が急に変わった。そうかこの男がビアンカの仇だったかとゼロは理解した。


「何故あんたはルーベルト・クレール男爵の元に向かうのだ」

「はい、それはわたくしめからお話いたします。実はルーベルト男爵様は密かに兵を集めて、マテウスを打倒し、クレール領を取り戻し、クリスタ様の手にお返ししようとされていたのです」


「ですがここに長女であらせられるビアンカ様が戻られたら、ビアンカ様を当主にクレール領の奪還が計れます」

「そうですとも、私なんかより姉様がお帰りになった方がどれほど良いか」


「クリスタ、お為ごかしは止めて頂戴。あなた、私がどうなったか知ってるんでしょう」

「な、何の事でしょうお姉様。私は何も」

「そう。でもオット、貴方なら知ってるわよね。知らないとは言わせないわよ」

「で、ですがビアンカお嬢様。その事は誰も知りません」


「知ってるわよ。私の客になった男達が、そして私自身がね」

「オット、一体お姉様は何の話をなさっているんですか」


「本当に知らないみたいね。では教えてあげるわ。あの後わたしは娼館に売られたのよ。そして娼婦として多くの客を取って来たわ。そんな女が今更伯爵の娘に戻れると思ってるの」

「そ、それは・・・」


「でもいいわ。一つだけ貴方に協力してあげるわ。マテウスはわたしに取ってもあなたに取ってもお父様の仇。だからその敵討ちには手を貸してあげるわ」

「本当ですか。お姉様」

「ええ、でも覚悟は出来てるの。マテウスは強いわよ。それに多くの兵力も持ってるわ。オットもわかってるわよね」


「はい、ようく理解しております。ですからルーベルト男爵様は兵を集めると同時に援軍としての傭兵を集めようとなさっておられます」

「その傭兵は何処から集めるつもりだ。冒険者ギルドは無理だぞ」

「はい、それも承知しております。ですから最近首都奪還で評判になりましたヒューマンの義勇軍、「自警団カリヤ」の皆さんにご協力をお願いしようとされておられます」


 なるほど、「自警団カリヤ」か。良い所を突くとゼロは思った。ダニエルならこの状況でなら嫌とは言うまい。それに戦力としても十分だろう。


 更に言うなら伯爵の血筋を旗頭に立てれば縁故の者達も集まって兵力も増すだろう。


 ただ一つゼロには疑問があった。仮に仇を打てて領土の奪還が叶ったとしてもそれだけでは終わらない。その後の処理をどうする積りなのかと言う事だ。


『まぁ、いいか。成るようにしかならんか』


 ともかく今回はクリスタと共に、その叔父のルーベルト男爵とやらに会いに行く事にした。

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