第8話 『銀鈴の剣』の正体

 少し気になったのでゼロはその女冒険者サルーサについて聞いてみた。


 サルーサは孤児院の出身だがその才能を見出されてギルドマスターに身請けされ、ギルドマスターのアシスタントの様な形で町の為に働いていると言う話だった。


 なる程ギルドマスターの手足か、すると恐らくあのゴスパーも似た様なものなのかも知れないなとゼロは思っていた。


 ゼロはまずあの「嘆願箱」の実体を探ってみようと思った。


 ゼロは病気の改善の為の薬の供給を嘆願した書状を毎日出してみた。しかも緊急を要するとして。


 そして1週間待ってみたがなしの礫だった。「取り纏め役」にも聞いてみたがまだ何も返事はないと言う事だった。


 その翌日ゼロとビアカはこの町の町長の館に忍び込んで「嘆願箱」の嘆願書を探した。


 するとそれは物置の様な所に封も切らずに投げ捨てられてあった。


 「やっぱりな」とゼロは思った。


 『ここまでやってくれれば上等だ。では殲滅と行くか』


 翌日ゼロはビアンカに正面から突入するぞと言った。そしてビアンカには隠形の術を使って影から倒せと言っておいた。


 そして急ぐ事もないと。これは一体どう言う意味なのか。


 ともかくゼロは実際に真正面から町長館の襲撃に入った。当然門番もその周囲の護衛達も驚き反撃に回ったがゼロの敵ではなかった。


 この騒ぎを聞きつけた町長はすぐさま救援の要請を出した。


 有象無象の兵達を倒しながらゼロは進んで行った。そしてビアンカも影から人知れず敵対者を倒していた。その手腕は既に一流の暗殺者のものだった。


 ゼロが町長の前に辿り着いた時にはもう殆どの兵士達は戦闘不能の状態になっていた。


 町長を守る護衛が4人。しかしその護衛達ですら震えていた。ここまで強いヒューマンなど見た事がないと。


「よう町長、よくもまぁこれまでヒューマンの街に好き勝手な事をやってくれたな。お前今度の改革の条例を知らない訳じゃないだろう。『理由もなく異種族に対し危害や強制を加えてはいけない』って御触れをな。それでなくてもお前がこれまでやっていた事は許されない事なんだよ。みんなまとめて中央に報告するか」

「な、なにを。貴様の様なヒューマンが何を言おうが中央が耳を傾けると思うか。馬鹿め」

「そうかい。ならお前はここで死ぬんだな」

「ふん、こんな事だと思って、お前に死刑執行人を呼んでおいたわ」


 そこに現れたのはゼロが予想していた通りの「銀鈴の剣」の冒険者達だった。ゼロは彼らをここに呼ぶ為に時間を掛けていたと言っても良い。


「やっぱりあんた達か。ギルドマスターの犬となって町長に敵対する者を始末していたと言う事か」

「悪いなゼロさん。これが俺達の仕事なんだよ」

「情けねーな、冒険者としての意地も尊厳も捨てたと言う事か」

「俺達にも俺達なりの理由があってね」

「そうかい。ならその理由ごと疑獄に行くんだな。ビアンカ出て来ていいぞ」


 ゼロの声と共に何処からともなく現れたビアンカに町長達を始め、流石のゴスパー達ですら驚いていた。一体何処から現れたのかと。


「どうやらこれで役者は揃った様だな。ビアンカ、お前はそっちの女をやれ。俺はこいつをやる」

「随分と簡単に言ってくれますね。俺達をこの町最強のAランクパーティ『銀鈴の剣』と知ってそんな事を言っているんですか」

「そうだったな。ではその腕見せてもらおうか」


 こうして2対2の頂上決戦が始まった。


 ゼロと対峙したゴスパーは銀色の剣を引き抜いた。


「ゼロさん、あんたは強い。Dランクでない事は確かだ。Cランク、いやもしかするとBランクの下位くらいは行くかもしれないが俺はAランクですよ。敵うはずがないじゃないですか」


「なる程な、それでその銀の剣が魔剣と言う事かな」

「そうです。これは全ての魔法を無効にする魔剣なんですよ。勿論それだけではありませんがね」


 ゼロはそれに対して魔双剣で対応していた。


「驚きましたね。俺の剣技に付いて来れる者がいるとは」

「あんたの剣筋は確かに良い。しかし実践が足りない様だな」

「何をくだらない事を。ヒューマンに戦える場所などこの世にはないのですよ」

「ああ、今の世にはな。しかし100年前ならどうだ」

「何を馬鹿な事を。死になさい」


 そうゴスパーが言った時、剣から銀色の光が飛び出した。それは直線的な光ではなかった。まるで揺らめく蛍火の様な光がゼロを取り巻いた。


 その光はどうやら対象物の魔力を吸い取る物のようだった。


「悪いな、その魔剣の力は俺には効かねーんだよ。俺には魔力がないんでな」

「そ、そんな馬鹿な。魔力のない人類などいる訳がないじゃないですか」

「それがいるんだよ。それにな、魔力を吸い取るのは何のお前の剣だけじゃねーんだよ」


 ゼロは魔双剣から闇の力を解放した。それは銀の光を吸い込みゴスパーの魔力をも吸い取って行った。


「な、何ですかこの禍々しい闇は。この世の物ではないでしょう」

「それは魔界の闇だ。それを制御出来る者は魔界の悪魔でも限られた上位の者だけらしいな」

「ば、馬鹿な。それでは貴方は悪魔だとでも言うのですか」

「さーな、お前の魂は頂いておく」


 こうしてAランク冒険者のゴスパーはこの世を去った。


 一方サルーサと対峙したビアンカは訝っていた。


「貴方はヒューマンでしょう。なのに何故同じヒューマンを苦しめる側に加担するんです」

「あんたは分からないのよ。この世界にはどうしようもない事があるってね」

「貴方は獣人を恐れて獣人の支配下に入り、何の罪もないヒューマンを苦しめるのですか。それでも貴方はヒューマンですか、いえ冒険者ですか。冒険者としての誇りもないのです」


 ビアンカは怒っていた。自分が置かれた状況を思い出して。


「あんたは獣人の恐ろしさを知らないのよ。殺される恐怖をね。私の力じゃどうしようもないと言う事をいやと言う程知らされたのよ。なら被害が出来るだけ少なくなる様にしてやるしか方法がないじゃないのよ」

「それは違います。詭弁であり逃げ口上に他なりません。私も両親を獣人に殺されました。そして私は蹂躙されて苦界に落とされたのです。そして殆ど死にかけていた私を救ってくれたのがあのゼロさんでした。そして私は誓ったのです。両親の仇を討つってね。そこが私と貴方の違いです」

「そ、そんな」


 そして昼の技と夜の技の戦いが繰り広げられた。しかしその心の中は真逆だった。


 影は光の前に立たず常に闇の中にある。それこそが波動暗殺拳の神髄。ありとあらゆる攻撃が闇から襲ってきた。


 サルーサは今までこんな敵と戦った事は一度もなかった。そもそもこの技はこの世に存在しない技だ。対処の仕方も何もわからない。ただただ翻弄されるばかりだった。


「ま、待って。私が悪かったわ。話し合いましょう」

「貴方はそう言って今まで何人のヒューマンを殺してきたの。人を殺すって事は自分も殺されるって事を覚悟してやってるんでしょう。なら今がその時よ」


 そう言って闇の一閃はサルーサの喉をかき切った。


 こうしてヒューマン同士の同族の戦いに終止符が打たれた。ビアンカは一気に力が抜け落ちる思いがした。


「よくやった。それでこそ俺の弟子だ」

「はい、お師匠様」


 その後ゼロがこの町の町長を始末したのは言うまでもない。そしてこれまで行われた不正の証拠も集めておいた。


 それだけではすまなかった。ゼロは三つの荷物を持って冒険者ギルドに向かった。


 ただ真正面から乗り込むと冒険者達との間に騒動が起きるのでゼロとビアンカは隠形の術を使って直接ギルドマスターの部屋に乗り込んだ。


「な、なんだお前達は。お前はまさかゼロか」

「ああ、結構な贈り物楽しませてもらったよ」

「何だと、ゴスパー達はどうした」

「心配するな、お前も直ぐに会えるさ。これがその土産だ」


 ゼロが机の上に置いたのはゴスパー、サルーサ、そしてこの町の町長の首だった。


「き、きさまー、これはお前達がやったのか」

「ああ、そして町長の不正の証拠もお前との裏取引の証拠も見つけたぞ」

「そ、そんな物がある訳ないだろう」

「そうか、ならそれを中央の審議委員会で証明してみるか」

「き、きさまー、許さん」


 その時ゼロから威圧が吹き荒れた。物理的にもこの部屋の温度が40度程下がりギルドマスターの体も心も凍死寸前だった。


「ま、まっままま、待ってくれ」


 しかしその言葉は誰にも聞き届けられる事はなかった。町の重要人物の失踪で町はごった返していた。


 その陰でヒューマンの街の一人の男が死んだ。これを騒ぐ者はあまりいなかった。


 住民もうすうすとこの男の正体については気づいていたが何も言えなかったと言うのが実情だった。


 ゼロはヒューマンの街の中心となる7人のヒューマンを集めて今後の計画を話した。


 それは先ずゼロがかって助けた事のあるカルーセンと言う商店を営んでいるエカルトに連絡を取り、商品の買い取りが可能かどうか打診して見た。


 エカルトには自警団カリヤに護衛を頼んでこの町まで来てもらった。


 そして在庫商品と今後の製品加工能力を推定してエカルトはこの街と商売の取引をしたいと言った。


 その間、そして今後落ち着くまで自警団カリヤがこの街の護衛に付く事になった。


 これでしばらくは外からの邪魔っも入らないだろう。何しろ自警団カリヤは今回の政権奪回に多大な協力をしたと言う事で中央の騎士団並みの待遇を受けていた。


 これでは如何に新しく着任する次期町長と言えども迂闊に手を出す事は出来ない。


 ここまでの下準備をしておいてゼロ達はここの住民に惜しまれつつまた次の旅に出て行った。

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