第7話 ヒューマンの街

 ゼロ達は「銀鈴の剣」達と一緒に冒険者ギルドに薬草採取の報告に引き上げていた。


「なぁ、あんた。あんたが使ったさっきの武器は何なんだ。今まで見た事がないんだが」

「ああ、あれか。あれは俺の村に伝わるブーメランと言う狩りの道具だ」


「狩りの道具ね。そう言えば以前にソリエンと言う町でスタンピードがあった時に、そんな武器を使って大物の魔物を倒したヒューマンがいたと言う噂を聞いた事がある。そいつは何でも『隻腕の殲滅ヒューマン』と言う二つ名を持つ凄腕の冒険者だと言う話だが」

「『隻腕の殲滅ヒューマン』ね。俺とは関係ないだろう。俺は片腕じゃない両腕があるんでな」

「確かにそうだな。しかしそんな珍しい武器を使うヒューマンが二人か。面白い偶然だな」

「そうだな」


 そんな道すがらゼロは、あんたの様な獣人が何故俺達の様なヒューマンを助けたのかと聞いた。


 ゴスパー曰く、あんな奴らでも冒険者ギルドでは戦力になる。無益な事で有力な冒険者を失くしたくないと言う答えだった。


 それもないではないがそれだけだろうかとゼロは疑っていた。


 そしてゼロはこの時には隣にいるヒューマンの女の実力はほぼこのゴスパーに近いだろうと見抜いていた。ただしまだゴスパーの方が頭半分くらい抜けていると言った所か。


 さっきブーメランを先に後ろに投げたのは、まず彼らをけん制してその時の反応から彼らの実力を推し量ったのだ。


 勿論ブーメランは軌道を変えて三人の冒険者達を狙った訳だが、そんな軌道を描けるとは知らなかったゴスパー達は一瞬自分達の実力を曝け出してしまった事になる。


 二人の実力は共にAランク相当だ。なら何故あの女はBランクに甘んじている。何か理由でもあるのか。まぁ、今はいいかとゼロは思った。


 しかしその反面、今のこの世界でAランク相当の実力を持っているヒューマンは珍しい。


 強いて言えば「ソリエン居留地」の「自警団カリヤ」のダニエルとあの「赤いサソリ軍団」のベティーナ位のものか。


 ただ世の中は広い。他にももっと強い奴がいるかも知れないなと、この状況にも関わらずゼロは内心ウキウキしていた。


 この日は取り敢えずこれまでとして一旦宿に帰って夕食を待っていた。


 この時宿屋の主人に聞いた話では「銀鈴の剣」と言う冒険者パーティはこの町随一の冒険者パーティだと言う話だった。


 それは納得出来るなとゼロも思っていた。今のビアンカが挑んでさて勝てるかどうか。興味ある所だ。


 表の戦いならまだ勝てないだろう。しかし闇の戦いに持って行けば勝敗は分からない。そんな所か。


 ゼロと言う男はいつも強さを基準に人を判断してる様だ。


 この宿屋もまた飯の旨さで客が集まっていた。夕食時ともなれば食事客で店が繁盛する。


 ここではあのカルビアの町にあった様なヒューマン達のピリピリとした感覚ははなかった。


 それだけまだましな施政がなされているのか、それとも改革の影響か、それはゼロにはわからなかったがまだ少しましな様だ。


 ただしここでも獣人達が大きな顔をしてる事に変わりはなかった。その辺りの心情的なものはまだまだ改善されてはいない様だ。


 明日はもう少し詳しく町を見て回ってみるかとゼロは考えていた。


 ゼロとビアンカが町を散策している中でおかしな場所があった。それはヒューマンが多く住む地区だと言う話だった。


 それはそれでいい。ヘッケン王国と呼ばれた国にも獣人だけが住む地区があったからだ。


 それと似た様な物だと思えばおかしくはない。しかし何故その入り口に獣人の門番がいる。


 ゼロ達が入って行こうとしたら門番に止められた。ここには許可を持った者しか入れないと。


 何故だ、おかしいだろう。しかもゼロもビアンカも同じヒューマンだ。止める理由などあるのだろうか。


 そこでゼロは考えた。


「俺は薬師で病気の治療も出来る。それにここに薬ももっている」と冒険者カードと手持ちの薬を見せ、ビアンカは助手だと言っておいた。


「その薬師のお前がここに何の用だ」

「この中で病気や怪我で困ってる者がいたら助けてやろうと思ってな。それにそんな事で労働力が落ちたらあんた達も困るだろう。生産力が落ちる事になるんだからな」


 この言葉は効いたようだ。彼らは生産力と言う言葉に収入の半減を連想した。しかもこの男はDランクだ。大した事はない。


 それに助手も力のなさそうなヒューマンの女だ。これなら問題にもならんだろうと門番達はゼロを中に入れた。


 ゼロ達は中に入って驚いた。ここは何だと。まるで貧民街の様な場所だった。


 住んでいる家も粗末な建物だったし衣服にしてもそうだ。しかし不思議な事に中央に大きな建物があった。


 中にいるヒューマンにあの建物は何だと聞いたが誰も答えようとはしなかった。


 「なるほどな」と思ってゼロは方法を変えた。


 弱っていそうな老人を捕まえて「俺は薬師だ、誰か病気や怪我で困ってるいる者はいないか。俺が治してやる。その為にここに入って来た」と言った。


 誰しもこう言う医師的な言葉には弱いものだ。それにここでは満足な医療も受けてはいないだろう。


 その老人は最近怪我をして困っている者がいるとゼロ達を案内した。


 その男の片足が折れていた。それも複雑骨折だ。これでは並みの治癒魔法では完全には元に戻らないだろう。


 ゼロは自分の持つ治癒能力と薬を使ってその男の足を治してやった。2-3日もすれば歩けるようになるだろう。


 それはその町に住む者達に取っては正に大魔法に近いものだった。今までこんな治療は受けた事がないと言う。


 それはそうだろう。この町の治癒魔法師でもこんな事が出来る者は誰もいないだろう。


 その事で信頼を得たゼロは他にも怪我や病気で苦しむ者達の治療をしてやった。


 その噂が広がり、やっとこの地区の責任者と言う者と会う事が出来た。


 その男は五十がらみの少し恰幅のいい男だった。しかも住んでる家も他の者達よりも立派な家だった。


 その男はホガディと言い、この地区で何を取りまとめるのかは知らないが「取り纏め役」と言う役職を持っていた。


 ゼロは一目見て胡散臭い男だと思ったので、適当に話を合わせておいた。


 自分は薬師として色々な症状の研究にもなるのでここで金はいらないから治療を手伝わせて欲しいと言っておいた。その方が皆安心して働けるだろうと。


 この二つの言葉に「取り纏め役」と言う男は心が動いたようだ。一つは「無料」そしてもう一つは「安心して働く」と言う言葉だった。


 ゼロもそれを狙ってこの言葉を選んだのだがやはり食いついて来た。


 それからゼロとビアンカは怪我人や病人を見て回った。治療の為にその時の状況などを聞いていると大体この地区の実体が分かる様になって来た。


 要するに過酷な労働を強要されていると言う事だ。碌な食事や賃金も支払われずに超時間労働を強いられている。


 これではまるでこの地区自体が向こうの世界の暴力団が差配する強制労働のタコ部屋みたいな物ではないか。


 誰がこんな事をやらせている。表にこの町の衛兵の門番が立っている事から考えてもこの町のボス、つまり町長がやっている事に間違いはないだろう。


 この町では昔から、そして改善令が出された今でも実体は何も変わってはいないと言う事になる。


 中央の奴らは何をやっている。こんな状況をわかっているのか。所詮は形の上だけの改革しか出来ない能なしなのかとゼロは思った。


 この状況は奴隷よりもまだ酷い。奴隷ならまだ単体だ。しかしここでは地区その物が奴隷の住む街になっている。


 そしてその家族が人質となり逆らう事も逃げ出す事も出来ない。こんな事が許されていいのか。


 ゼロは親しくなった者達にここを改善しようとは思わないのかと聞いてみた。


 彼等は自分達には力がないので何も出来ないが希望は二つあると言った。


 一つはこの町には「嘆願箱」と言うのがあると言う。自分達の生活を改善する為の嘆願書をその箱に入れると町長の所に置けてくれて読んでくれると言っていた。


 これはまるで江戸時代の目安箱みたいな物か。


 もう一つはこの街には我々の希望の星であるヒューマンの有名な冒険者様が訪ねて来て下さって励ましてくださると言っていた。


 そのヒューマンの名前は「銀鈴の剣」のサルーサ様だと言っていた。


『なる程あの女はこの場所での希望の女神様と言う訳か』


 ところでその嘆願し出した物は実現したのかと聞くと、町長様はお忙しいので中央との手続きや何やかだ時間が掛かっているとの仰せだと言う。


『なる程な、これもいつもの手か』

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