第6話 暗殺者の要素

 ゼロとビアンカは南に向かって進んでいた。特に急ぐ旅ではなかった。いや、むしろ時間があった方がビアンカの訓練にはいいとすら思っていた。


 ビアンカは暗殺者としてそれなりの腕にはなって来た。それでもまだ経験が少ない。


 暗殺者とは何も殺しの技術だけがあれば良いのではない。普段の生活の中から暗殺者としての素養を身に付けて行かなければならない。


 それは暗殺者とは言わば裏の顔だ。当然そこには表の顔もある。その表の顔の中に裏の顔を見せてはいけないと言う事だ。そしてその気配すらも。


 普段は極普通のヒューマンであり、出来るだけ目立たない周りに溶け込むような影の薄い者を演じるのが良い。


 いや、演じるよりもそれが自然になる方が良い。誰かに胡散臭さを悟られたら暗殺者としては失格だと言う事だ。特にバックを持たない一匹狼は。


 そう言う訓練も含めてゼロはビアンカを鍛えていた。何もゼロはビアンカに暗殺者になってもらいたい訳ではなかった。これは当座の必要な処置だ。


 それが終わればビアンカにはその後の生活がある。目的を遂げた後どう生きるかはビアンカ次第だ。


 しかし出来れば普通のヒューマンとして生きて行って欲しいと思っていた。殺人マシーンとして生きるのはもう自分一人で十分だと思っていたのだろう。


 だからゼロは第39代波動拳継承者になった時に波動拳から闇技の伝授を止め暗殺者部門を廃止した。


 そう言う意味では今回は二度目の例外と言う事になるかも知れない。


 それと同時に普通のヒューマンとしての生活も十分に出来る者になって欲しかったのだろう。


 だからゼロはビアンカに特に薬草に関する知識を叩きこんだ。薬草の知識と薬を作る技術は殺人者であれ冒険者であれ、また町の住人であれ必要な知識と技術だ。


 これがあれば何処でも生活して行けるだろう。


 取り敢えず今は目立つのを防ぐ為にビアンカに冒険者登録はさせずにあくまでゼロの助手、または従者の様な立場を取らせている。


 ゼロが冒険者として活動する時、ビアンカはパートナーではなくただの荷物持ちだ。その方が実力を見られずに済む。


 目的が達成された後は冒険者として生きて行く事もまたいいだろうと考えてたが今はまだ目立つ事は避けていた。


 そんな思いを持ちながらゼロ達は次の町クロスウェインに着いた。ここはゼロもまだ来た事のない町だった。


 ここは元ガルゾフ共和国と元ヘッケン王国の国境線の町になる。今では州境の町と言う事になるのだろう。


 ここはかって両国の戦場になっていた場所の一つでもある。今ではヒューマン同士がいがみ合う事はないが、逆にこの辺り一帯が獣人に支配される町になっている。どちらが良かったのか。


 取り敢えずゼロ達は町を歩いて回って町の様子を探ってみた。ここも比較的ヒューマンの多い町だ。比率としては半々位か。


 通りのヒューマンのやっている露店の串焼きやを見つけて串焼きを買い、ついでに良さそうな宿屋を聞いた。


 ここにもヒューマンのやっている宿屋はある様だ。串焼き屋の親父の紹介の宿屋に行く事にした。


 その宿屋もまた質素ながら清潔に保たれていた。ここもまたヒューマン一家で経営をしている様だった。


 宿屋の主人はゼロ達二人を見て驚いていた。確かにヒューマンの冒険者もいない事はない。しかし二人のヒューマンの冒険者など見た事がないと言った。


 ゼロは一応冒険者は俺でこっちは荷物運びだとは言っておいたが、確かに二人もヒューマン同士の組み合わせと言うのは珍しいのだろう。


 獣人達はヒューマンが群がるのを嫌がる。それはヒューマンが集まるとそれが敵対勢力にならないかと恐れるからだ。


 だからその為に分断しその戦力を潰して来た。それが常だった。つまりヒューマンを隣人としては見ていないと言う事だ。


 ヒューマンとは自分達が従える者、支配する者、そう言う感覚でしかない様だ。それが100年も続いていると言う事か。


『一体この国はどうなってる。俺達はこんな国を創る為に戦ってきたんではないぞ』


 そうゼロは思っていたし、ゼロマもまた同じ思いだろうと思った。


 改革の発布はあったはずだ。しかし表面上の形だけ変えても中身が伴わなければ何もならない。


 それには獣人の心理面が改善されなければ事態は何も変わらないと言う事だ。それを中央の奴らはわかってるのかとゼロは思っていた。


 取り敢えずゼロはこの町でも冒険者登録をして置いた。


 いくら改革が進んでいると言っても心の中まで改革が進んでいる訳ではない。歪められた心と言うものはそう簡単に元には戻らない。


 それに遺伝子の記憶の中にはまだヒューマンに対する嫌悪感がある。


 それはヒューマンも同じだ。この種族嫌悪を解消するにはかなりの時間が掛かりそうに思えた。


 ギスギスした視線を受けながらも今回は表だった問題もなく登録が終わった。


 ゼロは一応Dランクになっていたがここでも相変わらず薬草採取の依頼を受けていた。


「ふん、見てみろよあのヒューマン、Dランクのくせに薬草採取だとよ。所詮はその程度しか能力がないって事だろう」


 ゼロは面倒なので無視していた。するとそれを恐れと見なしたのか更に毒舌を吐く奴が増えた。


 それを無視してギルドを出て行こうとしたゼロの前に立ちはだかった獣人がいた。


「おい、ヒューマン。俺達に挨拶もなしで何処に行こうってんだ」

「別にお前達に挨拶する必要も義理もない。ここはお前の家じゃないだろう」

「なんだと、てめー死にてーのか」


 面倒だから一つ吹き飛ばしてやろうかと思った時に横から声が掛かった。


「いい加減にしておけドメルゲ」

「何だとてめー。あ、あんたはゴスパーさんか」

「理由もなく無闇にヒューマンと揉め事を起こすなと通達が出ていただろう」

「いや、しかし」

「何ならその喧嘩、俺が買ってやろうか」

「い、いや、いいです」


 そう言ってその獣人はすごすごと引き下がって行った。


「悪かったなあんた。初めての町で気分を悪くさせた。許してくれ」

「いや、いい。助かったよ」


 仲に入ってくれたのは剣士の格好をした獣人の冒険者だった。それもかなり上位の者だろうと言う事は一目でわかった。


「しかしあんたも珍しいな。ヒューマンのパートナーと組んでるのか」


 その隣にいたのは兜面で顔は分からなかったがゼロにはそれがヒューマンの女だと言う事は直ぐに分かった。


「ほー外見だけでヒューマンと見抜くか。やっぱりあんたは普通のDランクではない様だな。俺はAランクのゴスパーと言う。こいつはパートナーでBランクのサルーサだ。宜しくな」

「俺はゼロだ。この町には初めて来た。しばらくいるつもりだ。宜しく頼む」


 そう言ってゼロはギルドを出て行った。


「どう見る、サルーサ」

「一癖も二癖もありそうな男ね。それにDランクと言うのも疑問ね」

「ああ、全くだ」


 ゼロは外で待っていたビアンカを連れて薬草採取に出かけた。ビアンカを連れて中に入ると余計に揉め事が起こると予想したからだ。


 それは正しかったようだ。ゼロ一人だけでも揉め事は起った。しかしあの二人は何だとゼロは思った。


 ゼロはDランク相応の薬草採取をやっていた。それは余り簡単な薬草採取をやると初心者の仕事を奪ってしまうからだ。


 このレベルの薬草採取なら薬草の取れる辺りにはそれならりの魔物も出て来る。


 だから別途で魔物狩りも出来ると言うものだ。そのレベルはDからCと言った所か。ここでの魔物狩りはビアンカにやらせた。


 ビアンカは3体の魔物を倒して1体は二人で食べた。後の2体は冒険者ギルドで売る事にしてビアンカの背負子に括り付けた。


 その帰り道、やはりと言うべきかテンプレな奴らが待っていた。


『やっぱりな、屑は何処でも屑と言う事か』


「おい、この屑ヒューマン、女を連れてやがるぞ。何の連れだ夜の連れか。それなら俺達が代わってやるぜ。お前はここで殺してな」


 この様子を遠くから見ていた二人がいた。


「どうするの、助ける」

「いや、少し様子を見てみよ。あいつがどうするか」

「そうね、あいつの実力も見ておきたいしね」


 ゼロも遠くで例の二人がこちらを見ている事は知っていた。さてどうしたものか。あまりやり過ぎるとばれる。ましてビアンカにやらせる訳にはいかない。


 ビアンカには誰も見てない所でなら好きにやっていいと言ってあったがそれはここではない。


 仕方がない俺が適当にあしらうかとゼロが前に出た。


「おいおい、屑ヒューマンが俺達に逆らおうって言うのか。言っておくが俺達は皆Cランクだぞ。おめーに勝てる訳がねーだろう。黙ってその女と稼いだ金を出しな」


「お前ら冒険者のくせに追いはぎや人殺しもやるのか。なら殺されても文句はないな」

「何だとてめー、死ぬのはてめーなんだよ」


 そう言って三人の獣人達は武器を引き抜いた。


 その時ゼロは例の大きなブーメランを引き出していた。そんな物が一体何処から出て来たのか彼らには見当もつかなかった。


 それどころかゼロはそのブーメランを後ろに向かって投げた。


 「こいつ馬鹿じゃねーか、何やってやがるんだ」と誰もが思っ

た。


 その時帰って来たブーメランに一人の獣人の右腕が切り飛ばされブーメランはゼロの手に戻った。


 残りの二人は唖然として一歩もそこを動けなかった。


「て、てめー、な、何をしやがった」

「これはお前らが仕掛けた戦争だ。殺されたって文句の言える立場じゃないだろう」

「てめーこのままで済むとでも思ってやがるのか、屯所に殺人未遂の罪で引き出してやる」

「そうか、しかし向こうでこっちを見てる奴らがいる。あいつらはどんな証言をするのかな」


 ゼロの行った事が聞こえたのか、例の二人が近づいて来た。


「お、お前。いや、あんた達は『銀鈴の剣』さんじゃないですか」

「俺達は耳が良くてな。お前達の言っていた事は脅迫と殺人未遂だな。これじゃー正当防衛も仕方ないと思うが続きをやるか。お前らに勝ち目があればだの話だが」

「そ、それは」

「ならその切られた腕を拾って直ぐに消えろ。今なら腕の良い治癒師ならまだくっ付けられるだろう。二度とこんな真似をしたら今度は俺が許さんぞ」


 そう言って『銀鈴の剣』のゴスパーは三人に威圧を掛けた。それだけで三人は震え上がっていた。


「わ、わかりました。失礼します」


 彼等は蜘蛛の子を散らす様に消えてい行った。


「また助けてもらったな。感謝する」

「別に俺達がいなくても問題はなかっただろう、あんたの実力なら」

「いや、そうでもないさ。俺には連れがいるんでな」

「同じヒューマンの連れか、その連れもまた、いや、いいか」


 その時もう一人の『銀鈴の剣』のパートナーのサルーサの目の奥が光っていた。

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