第5話 魔素球と暗殺者ビアンカ

 ゼロを狙っていた男達、その隠れ家に乗り込んだゼロの目の前にあったのは、ゼロが魔界で見たのと同じ魔素球だった。


 この魔素球の中には魔粉石が入ってる。そう言えばカロールが魔粉石は魔界よりも人間界の方が沢山拡散していて集め易いと言っていた。


「お前らはこんな紛い物の力を借りて強くなっていたのか。情けない奴らだな」

「何を言う。我々が獣人よりも強くなる力の源がこの超人球だ」

「それを超人球だと言った奴がいるのか。お前らその正体が何だか知ってるのか」

「何だ。その正体とは」


「お前らみたいに洗脳された奴らには何を言っても無駄だろ。まぁ死んどけ」

「貴様、この超人球の前では我々は不滅の超人だ。お前ごときにはどうする事も出来んわ」

「そうかい。ならその球もついでに壊しておくか」

「させるか」


 ゼロは縮地で瞬時にその魔球体に近づき、それで手を添えて気を発して魔素球を破壊した。


 すると飛び散った魔粉石がここに居るヒューマン達に取り付いて人体改造を始めた。


 この魔粉石は一時的に力を増幅するが過度に取り入れると魔粉石本来の姿に変身しようとする。それは不完全な悪魔の姿だった。


 ここに居るヒューマン達は全員が歪な悪魔に変身した。ある者は毛むくじゃらな魔物になったり、ある者は腕が4本もある魔物になったり、凡そ元のヒューマンの姿をした者は誰一人としていなかった。


「見ろ、それがお前達が望んだ力だ」

《なんだ、これは・・こんな。俺達は何になったんだ》

「努力もせずに持たざる物を得ようとした報いだ」

《ゴれは・・・ジがう。我々はゴんな物はノジョんではいない》


 これ以上は苦しむだけだろうとゼロは超高温焼夷手榴弾でこの部屋の中にいる者を全て焼き尽くした。


 『これを誰が画策したかは知らんが、俺の前に立つなら誰であろうが抹殺してやる』


 ゼロは黒幕を詮索すらする事なく全てを抹消して姿を消した。


 それからこの州都ではヒューマンが行方不明になると言う事件は起きなかった。しかしこれで全てが終わった訳ではない。ほんの始まりでしかなかった。


 あれから半年、ゼロはビアンカに暗殺者の技を教えていた。基本は至近戦闘術だ。それに暗器を扱う技術を教えて身体強化の魔力操作も教えた。


 全ては魔法を使わない魔力操作の方法だった。つまり神が最も嫌い恐れた力だ。この力を使うゼロをシステムのバグと称してゼロを消そうとした。


 しかしそれは果たす事が出来なかった。最強の天使と最強の騎士を用いても。しかし辛うじてゼロを100年間封じる事が出来た。


 それが神にとっての唯一の成果だったと言えるだろう。しかしそのゼロが今また復活した。神はこの次に何をしようと言うのか。


 ゼロがビアンカに与えた暗器とはゼロが創作したもので、手で握り込める楕円形の棒の様な物だった。


 そして中央には中指にはめ込める指輪の様な輪がついていた。しかもそのリングの外側の先端は尖がった円錐形になっていた。


 しかもリングを嵌めて魔力を送ると楕円形の中央から左右に刃が飛び出す。これで突くも切るも良しと言う武器だ。


 拳で突けば先端の円錐が相手の体にめり込む。完全に人を暗殺する為の武器だ。勿論その暗器がなくても戦える戦闘術も叩き込んだ。


 これは冒険者の技ではない。確実に相手(獣人やヒューマン)を暗殺する技だ。ゼロの持つ波動暗殺拳の一部を教えた。


 本来は人間相手の技だが魔力が介在するこの世界では使い方次第では魔物も十分に殺す事が出来る。


 基本的な戦闘が可能になった時点からゼロはビアンカに森で毎日魔物討伐をやらせた。


 そしてゼロが次に行った事は人を殺す事だ。いくら魔物を殺せても獣人やヒューマンを殺すのとでは精神的な重圧が違う。


 これをクリア出来なくては獣人もヒューマンも殺せない。そこでゼロは山賊盗狩りに出かけた。


 この相手なら殺してもさほど心も痛むまい。これ位で躓いていてはとても敵討ちなど出来ないと言う事だ。


 山賊の討伐依頼が出ている時はゼロも積極的に依頼を引き受けたが、それがない時でも自分達で山賊狩りに出かけた。


 この時ビアンカは荷物運びのサポーターと言う事にしておいた。ゼロはビアンカを冒険者にする気はなかったし、本人もそれを望んではいないだろう。


 これらの訓練の成果もあってビアンカも獣人やヒューマンと戦う事もまた殺し合う事も出来る様になってきた。


 ゼロの教えた事はただただ効率よく無駄なく相手に悟られる事なく殺すと言う事だった。それこそが暗殺の王道だ。


 それを理解したビアンカはいつもゼロの陰に徹していた。決して表に出る事なく、あくまでサポーターとしての立ち位置を守り、必要に応じて陰から相手を葬っていた。


 ここまでくれば十分だろうといよいよビアンカの故郷に向かう事にした。ただしその前に一つやっておく事がある。それは娼館への粛清だ。


 確かに娼館の女達は体を売る事を商売としている。しかしだからと言って命まで売っている訳ではないし、命に係わる様な事を強要される謂れもないはずだ。


 そんな事すら守れない娼館に営業を続ける資格はない。それがゼロの結論だった。


 そこでゼロはビアンカのいた娼館に商家の若旦那を装うって乗り込んだ。この時ビアンカには日本の昔で言えば丁稚と言うか小間使いの様な形で付き人をやらせていた。


 ちゃんと女とはわからない様に変装をさせて。暗殺者には変装術もまた必要不可欠な技術の一つだ。


 ビアンカの話では例のドSは2日にあけず通って来るとの事だった。相手はこの町の商工会議所の頭取だと言う。


 なるほどそれなりに権力はあると言う事か。それに裏では州都の官僚に金でも掴ませて、何かまずい事が起きても握り潰させているのだろう。


 隠形の術を使って様子を探っていたビアンカは今日もいつもの様に来ていると言った。


 ならば顔でも見に行くかとゼロはその部屋に向かった。そこはビアンカに取っては二度と入りたくない部屋だったろうが今ではその感傷もない様だ。


 そこはその男の常用の部屋で特に壁を厚くして多少の声や音がしても周りには聞こえない作りになってるらしい。


『なるほど、クズに相応しい部屋と言う事か。ならその部屋の利点を利用させてもらおうか』


 今日もそのドS男は来ていた。ゼロが部屋を少し開けて覗いてみると、今も年若い娼婦の顔の形が変わるほど殴っていた。よほど破壊志向があるようだ。


 この客に関しては店も見て見ない振りをしているとビアンカが言っていた。なるほどそれなら同罪だなとゼロは結論づけた。


「ようオッサン、そんなに人の顔を殴るのは楽しいか」

「当り前だろう。これほどの楽しみが他にあるか」

「なら自分の顔を殴られるのはどうだ」

「なんじゃと。いや、お前は誰じゃ。何故ここにおる。おい、部屋番何をしておる。曲者だ」


「誰も来やしねーよ。俺が片付けておいた」

「な、何だと。そんな。ここの部屋番は皆CからBランク相当の強者達だぞ」

「それだけ弱いと言う事だろうさ」

「おーい、誰か」


 ゼロはこの男の腹に蹴りを入れて壁まで飛ばした。まだ死んではいない。女の顔はかなり腫れてはいたがこの程度なら大丈夫だろう。


 ゼロはポーションを掛けて傷を治し、意識を覚醒させて部屋から逃げる様に言った。この時ゼロとビアンカは仮面をつけていたのでこの少女には誰かわからなかった。だがどうやらビアンカはこの少女の事を知っている様だった。


「さて、ここから先はお前の仕事だ。今までの借りを返してやれ」


 ゼロがそう言うが早いかビアンカは男の所に駆け寄り顔面に鉄拳の連打を浴びせていた。今度は男の顔が腫れあがって誰だかわからない程になっていた。


「ジャ、ジャレじゃ、何故ゴんな事をシュる。わしをジャれだと思ってるんじゃ」

「いいだろう。顔を見せてやれ」


 仮面を取ったその下には能面のようなビアンカの顔があった。


「お、お前はビアンカじゃないか。そうかそうか、またわしに会いに帰って来てくれたのか。また可愛がってやるぞ」

「どうしようもない屑だな。やれビアンカ」


 そう言われたビアンカはその男の一物を踏み潰し、男の両腕の肘から先を切り落とした。


 男は悲鳴を上げながらのたうち回っていたが、この声が外に聞こえる事はなかった。自業自得の様な物だ。


 ゼロは最後の仕上げとして男の声を潰した。これで仮に命を取り留めたとしても誰にやられたかは一生言えないだろう。


 そして一生まともな生活を送る事も出来ないだろう。まぁそれまでに死ぬだろうが。


「これでいいか、ビアンカ」

「はい、ありがとうございました」


 能面のビアンカの目に少し涙がにじんでいた。その涙がどんな涙なのかはゼロにもわからなかった。


 その後はゼロの怒りが爆発した。この娼館の主も従業員も娼館さえもがこの世から姿を消した。


 州兵が駆けつけて逃げ惑う娼婦達を確保し、事情を聞いたが、誰も何が起こったのか知る者はいなかった。ただ一人の少女を除いては。


 彼女はこう思った。きっと神様があの方々を差し向けてくださったのだと。


 そしてゼロ達はそのままこの州都の南に向かって旅を進めた。

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