第4話 ゼロの新しい弟子と敵

 ゼロは半死状態になっていた娼婦を救って森に入った。まだ死んではいない。ゼロの治癒気功なら一命は取り留めるだろう。


 まずは体力の回復からだ。女の体は相当衰弱していた。食事事情もあるかも知れないが、それ以前に虐待されて気力も体力も枯れかけていた。


 この状態でポーションを与えても決して良い結果にはならない。反動が強過ぎるからだ。まずは自然な体力の回復が必要になる。


 治癒気功と食事療法を使いながら徐々に女の体力を取り戻して行った。そしてようやく体力が回復した頃を見払ってゼロは女に今までの事情を聞いた。


 女の名前はビアンカと言い、どうやら前は貴族の家柄だったらしい。だた最近になって獣人が領地に侵入して来て両親を殺し、ビアンカは凌辱された挙句に娼館に売られ領地は奪われてしまったと言う。


 戦後100年が経ったと言うのにこの国ではまだその様な横暴がまかり通っているのか。ゼロは本気でこの国を滅ぼしてやろうかと思った。


「復讐をしたいか」

「はい、私の事はいいのです。でもせめて両親の仇だけは取りたいです。でも私の力ではどうする事も出来ません」

「そうか。いいだろう。お前にその敵討ちをさせてやろう。俺の修行について来るか。ちと厳しかも知れんがもしお前がそれに耐える事が出来たらきっと仇は打てる」

「は、はい。やります。命を賭けて。ですからどうか教えてください」


 こうしてビアンカはゼロの新し弟子になった。ビアンカには基本となるソバイバル・スキルを教え、狩りを含めた訓練を毎日やらせた。


 その間ゼロは冒険者ギルドにも顔を出して依頼をこなしながら情報収集と共に必要な物を買い集めていた。


 今日もまたゼロは冒険者活動をしていたが、Dランクになってもゼロは相変わらず薬草採取を選んでいた。


 するとギルドの受付嬢が、

「ゼロさんなら魔物討伐も十分に出来ると思うんですが」


 この受付嬢は以前にゼロが解決した護衛の荷馬車強奪事件の事を知っていたのでそう言った。


「襲われたら討伐してもいいが今は薬草でいい」

「おいおい、ヒューマンが偉そうな事を言ってるぜ。襲われたら倒すとよ。お前、倒せるだけの腕があるのかよ」

「お前よりはましだと思うがな」

「何だとてめー、舐めてるのか」


 ゼロがしばらく黙て相手を見つめていると、


「どうしたヒューマン、怖くて声が出ねえかよ」

「じゃー表に出ようか」

「おお、上等じゃねーか、出てやらぁ」


 これまたテンプレな奴が出て来たものだと思ったが、ここはちょっとくらい力を見せておいた方が良いだろうと思って受ける事にした。


 表に出てみると、まぁ言うだけはあってこいつはCランク位はありそうだった。と言ってもゼロに取ってはゴキブリみたいなものだが。


「どうした。震えて手も動かねーか」

「何処から攻めて来てもいいぞ」

「てめー覚悟しやがれ」


 ゼロのパンチがその男を十数メートル吹き飛ばし壁にめり込ませてしまった。


 これを見ていた者達は唖然としながらも何が起こったのか理解出来なかった。余りにもゼロの動きが速過ぎてパンチも見えなかった。しかもパンチが届く距離でもなかった。


 皆は風魔法だと思ったのだが、詠唱もしなければ魔法陣も現れなかった。こんな魔法があるのだろうかと思った。


 周りを見渡すと、その男の仲間が何人かいたが、みんな震えて手を出すどころの話ではなかった。


「おいゼロ、もうその位にしておけ。でないとお前も目を付けられるぞ」

「目を付けられるとはどう言う事だ」

「いいから俺の部屋に来い」


 ゼロがギルドマスターの部屋に入ると、ギルドマスターのロータスは周囲に防聴防視の結界魔法をかけた。


「そんなにまでしないといけない事なのか」

「これも用心の為だ」


 そしてギルドマスターが話した内容は、ここ最近優秀なヒューマンの冒険者が行方不明になっていると言う事だった。


 そう言えばそんな話バーでも聞いたなとゼロは思った。


 魔物に殺されたと言う報告は入っていないので拉致されたか、または何処かわからない所で殺されたのかも知れないとギルドマスターは言った。


 ただ問題はそれだけではないらしい。通常そう言う事が起これば本部のギルドに報告する事になっているが、前任者のギルドマスターは全く報告してなかったらしい。


 このギルドマスターが自分で調べたので間違いないと言っていた。しかしとロータルが付け加えた。


「仮に本部に報告したとしてもまともに取り扱ってくれるかどうかは疑問だがな」

「それはどう言う意味だ」

「それが彼らの俺らヒューマンに対する認識だと言う事だ」

「しかし今ではヒューマンも同じ国民だろう」

「建前はそうだがな」


 なるほど獣人の意識はまだ変わっってないと言う事か。ただ今回の改善で少しはそれも良くなるといいがなとゼロは思った。


「確か優秀なヒューマンと言ったな。ならそれなりに腕も立ったのだろう」

「ああ、Cランク相当に中にはBランクもいた」

「それだけの者達が何の痕跡も残さずに消えると言うのはおかしな話だな。魔物の討伐依頼とか護衛の最中じゃなかったんだな」

「ああ、みんな自由時間中に消えたと言う話だ」


 ゼロは考えていて、もしかしたらと思ったが今はそれは言わないでおくことにした。


「どうした、何か心当たりでもあるのか」

「いや、特には」

「そう言う事なんでお前も気を付けてくれ」

「わかった。そうしよう」


 その頃中央モラン人民共和国の本部冒険者ギルドでも同じような話がされていた。


「ですからカラス様、この裏には何か裏組織の様な物が動いているのではないかと思われるのですが」

「それは獣人国のと言う事」

「さーそこまでは。もしかするとかっての闇組織の残党とか」

「でもあれはゼロ達が完全に消滅させたはずよね」

「はい、その様に記録には載っておりますが」


「ただ気になるのは、それが獣人国でのみ起こってると言う点よね」

「はい、それも隠蔽されているようで、こちらには何の報告もされてはおりませんでした」

「それもおかしな話ね、ギルドマスター会議でもその事は議題に上らなかったの」

「はい、何も」

「意識的に避けているか隠してるって感じね」


「はい、獣人国では今でも我々ヒューマンにいい感じを持ってない者が多いですからね」

「でもそれもおかしな話ね、あの子、ゼロマは決してそんな差別意識を持つ子ではなかったわよ。敵対する者には厳しかったけど、普通のヒューマンとは仲良くやって行こうとしてたわ。だってあの子の師匠はヒューマンなんですからね。一体何処で変わってしまったのかしら」


 カラスは戦後この100年の間に、何かが獣人の心を蝕んでいたのではないかと考えていた。


 確かにヒューマンと獣人との間には暗い歴史もあったがそれは決して乗り越えられないものではなかったはずだ。


 ゼロがそうでありゼロマもまたそうだった。そして彼らに指導された者達もまた然りだ。では一体何が獣人達を変えたのか。


 カラスはそこに何か一抹の不安を感じていた。


『これは一度ゼロと会ってみる必要があるかも知れないわね』


 その頃州都アブラムにいるゼロもまた黒服を来た数人の男達に取り囲まれていた。彼らは皆ヒューマンだった。


 薬草採取をしていた訳ではない。依頼を終えて町から外に出ていた時にだ。やはり普段からゼロを監視していたのだろう。


 それはゼロにもわかっていたので敢えて隙を作って襲って来るチャンスを待っていた。


『やっと来たか』


「俺になんか用か」

「俺達と一緒に来てもらおうか」

「嫌だと言ったら」

「連れて行くまでだ」 

「お前らに出来るのか」


 その瞬間に4人の男達はゼロを取り囲み魔力を開放した。それはもはや並みのヒューマンに出せるレベルのものではなかった。


「ほーお前ら、その力を誰からもらった。それは魔粉石の力だな」

「何故それを知ってる。まぁいい。それなら俺達には敵わないと言う事もわかるだろう。素直について来い」

「嫌だね」

「何だと、いいだろう。殺さなければいいのだ。おい皆やれ」


 元々はギルドマスターが言ったように優秀な冒険者だったのだろう。だから今の彼らの力はBランクからAランクはあった。


 こんなのに4人で襲われたら誰も逃げられないだろうとゼロは思った。しかし何が目的だ。


 ただ彼らも殺すのが目的ではないらしいので攻撃に若干の甘さがあった。多分殺してしまっては使用目的に合わないと言う事か。


 それでも上級者の攻撃だ。そこそこには威力があった。しかしそれでもまだゼロにしてみれば、子供がじゃれてる程度でしかなかった。


 ゼロは瞬殺で3人を殺し、リーダーと思われる男の片腕を切り落とした。戦いとなるとゼロに容赦はない。一人生きていればいいと言う事だ。


「ば、馬鹿な、何故俺達が負ける。俺達は誰よりも強くなったはずだ」

「世の中にはお前達よりも強い奴は一杯いると言う事だ。ついでにお前の首も切り落としてやろうか」


 勝てないと判断したリーダーは今回の事を報告する為に遁走をはかった。普通ならその様な遁走など許すゼロではなかったが、今回は敢えて逃がして後を付けた。


 逃げた男も馬鹿ではない。後ろに感知魔法を放って追跡者のない事を確認していた。


 しかしそれでもゼロの隠形の術の前ではそんなものに引っかかる事はなかった。


 男が向かったのは民家の一軒家で、その地下に作られた隠れ家の様な所だった。その中には三十人近いヒューマンの男達とゼロが魔界で見たのと同じ魔素球があった。


『なるほどな、やはり悪魔が絡んでいたか』

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