第3話  州都の冒険者ギルドと娼婦街

 州都に辿り着いたゼロとエカルトは冒険者ギルドに行き今回の報告をした。勿論山賊の生き残りを引き連れて。


 事情を聞いた受付は真っ青になって奥に飛んで行った。山賊に変身した二人と首領の死体は衛兵に渡され、エカルトとゼロはギルドマスターの部屋に案内された。


 ここのギルドマスターはロータルと言うそうだが不思議な事にヒューマンだった。そしてそのギルドマスターはエカルトに深く頭を下げて今回の謝罪をしていた。


 当然だろう。それにこれはギルドの信用を落とす。ギルドマスターは冒険者から徴収する違約金に謝罪費を乗せて支払うと約束した。


 あの犯罪者達からは多分徴収は出来ないと思うのでギルドから出すのだろう。


 それからギルドマスターはゼロに向かって、今回の事は大変世話になった。協力を感謝すると言って、


「君の名前は何と言うんだね」

「俺はゼロだ。Eランクの冒険者だ」

「なに、Eランクだって。それは・・・」

「何か問題でも」


「いや、あのリーダーをやっていた男はCランクで、他の者達は皆Dランクだ。それを君一人で倒すなんて」

「きっとあいつらの腕が落ちてたんだろう」

「そうか、ところで君は今ゼロと言ったな。ちょっと待ってくれ」


 そう言ってギルドマスターは奥から何やら種類を引き出して来た。


「ゼロ、そしてその顔、もしや君はあの指名手配の」

「それは違うな。俺もその手配書は見たが他人のそら似だ。名前は一緒だが一番大事な所はそっちは片腕だろう。俺にはちゃんと両腕がある」

「確かに言われてみればそうだな。それにこの手配書は既に破棄されているしな。今更問題はないか」

「よろしゅうございましたな、ゼロ様」


「実はお二人にお願いがあるのだが」

「何でございましょう」

「今回の件内密にはしてもらえないだろうか」

「つまりギルドの信用問題にかかわると言う事だな」

「そうだ。どうだろう」


「私は宜しゅうございますが」

「そうだな、こんな事騒ぎ立てても何の得にもならんしな」

「その代わりと言っては何だが、君のEランクをギルドマスター権限でDランクにさせてもらうがどうだろうか」

「それは宜しゅうございますな、ゼロ様」

「わかったそれで手を打とう。ただちょっと聞いていいか」

「なんだ」


「大体冒険者ギルドのマスターと言うのはこの国では獣人が就くものだと思ってたんだが」

「ああ、それか。実はこの間の政権の改革でここのギルドマスターが飛ばされてな、それでサブマスターをやっていた俺が昇格したと言う訳だ」

「そうか、それは良かったな」

「ああ、これで少しはましな運営が出来そうだ」

「それほど酷かったのか」

「いや、それは忘れてくれ」

「わかった」


 やはりここでも多少の弊害があったと言う事だなとゼロは思った。


 ゼロは帰りに受付で新しく発行してもらったDランクの冒険者カードを受け取ってエカルトと共にギルドを出た。


 ゼロはランクの昇格にはそれほど関心はなかったが、ないよりはある方がいいと言う程度だった。


 その後エカルトの店に寄り護衛の報酬として六人分の報酬とギルドより渡された謝罪費も含めて貰う事になった。


 ゼロはこれは多過ぎだろうと言ったが、エカルトが命を救ってくださったお礼としては安過ぎるくらいです、是非お受け取り下さいと言われたのでもらっておいた。


「ゼロは様はこれからどうなされるおつもりなんですか」

「そうだな。もうしばらくこの町に腰を落ち着けてみようかなと思ってる」

「そうでございますか。それなら何か必要な事がございましたらいつでもお知らせください。出来る限りの事はさせていただきます」

「わかった。感謝する」


 それからエカルトが昵懇にしている宿屋があると言うので、そこを紹介してもらってゼロはその宿屋で、取り敢えず2週間の予約を入れておいた。


 この宿屋もヒューマンの経営だった。エカルトが紹介するだけあって質の良い宿屋だった。室内の調度品も高価ではないがしっかりとした質と手入れの行き届いたものだった。


 しかも食事が旨かった。これが何にも増してゼロには一番だった。夕食も終わり、少し州都の夜を散策して見ようとゼロは表に出た。


 流石は州都の中心街だ。夜になっても明かりが煌々として人々の行き来は絶えなかった。ただしそれはある限られた箇所での事だ。


 この辺りは俗に「夜の町」と呼ばれる飲み屋と娼婦の館のある区画街だ。ゼロは娼館に用事はなかったが、この辺りでなら普段では聞けない情報が聞けるのではないかと一軒のバーに入った。


 比較的広い酒場で獣人もヒューマンもそれぞれに酒を楽しんでいた。特に獣人との間にこれと言った蟠りは見受けられなかった。


 この時間にこの辺りに来るのはやはり冒険者が多い様だ。それと勤務を終えた傭兵と言った戦いを生業とする者達もいるようだ。


 勿論一般の民間人もいるがまともな者達とは言い難い。そんな中で話されてる噂話の中に、最近ヒューマンの冒険者が行方不明になっていると言うのがあった。


 特に依頼中の事故で行方不明になったと言うのではない様だ。ではどうして。それは今の所誰にもわからないと言う様な話だった。


 しかもかなり優秀なヒューマンの冒険者が含まれているとか。そんな者達が痕跡も残さずに姿を消すだろうかとゼロも訝っていた。


 まぁそれなりの理由があるんだろうと、ゼロはその時はそのまま聞き流していた。


 ここでは何の騒ぎも起きずみんな酒を楽しんでいた。ゼロはこの辺は獣人、ヒューマンに関わらず極ありふれた風景だなと思った。


 本来ゼロやピョンコが考えていたのもこう言う風景だった。なるほどこう言うのは場所と治政者によるのかとゼロは思った。


 ゼロは酒場を出てしばらく歩くと何となく色っぽい雰囲気の所に来た。ここは言わずと知れた娼館街だ。


 ゼロと言えども男だ。全く異性に興味がないと言えば嘘になる。ましてゼロはホモではない。


 傭兵時代にそう言う所に行った事がないかと言えばそれはある。兵士には息抜きも必要だ。


 毎日生死の境をさ迷っているのだ。何かの息抜きがなければそれこそ精神が病んでしまう。


 ただゼロはフリーの傭兵になった辺りからそう言う事にもあまり興味を示さなくなった。何故だかわからないが精神がよりストイックになった様だ。


 ただ戦いの為に戦っていた。そして彼はやがて『戦場の死神』と呼ばれるようになった。


 ゼロがその街を歩いている時に何人かの娼婦に声を掛けられたがゼロは全く興味を示さず淡々と歩いていた。


 この街の女達も一応はその道のプロだ。歩いて来る男の様子を見てこれは商売にならないと思ったのだろう。それからは声を掛ける者はいなくなった。


 ゼロがこの通りのほぼ終わりに近づいた時に一つの娼館から二人の男達が出て来た。その内の一人は肩に大きなズタ袋を担いでいた。


 まるで周りを伺う様にして街から遠ざかって行った。ゼロはその様子が少し気になったので後をつけてみる事にした。勿論隠形の術を使っているのでその男達に気づかれる事はなかった。


 男達はそこから少し離れた所にある荷馬車にそのズタ袋を置いて街の外に出て行った。そして彼らは北門の防壁から外に出た。


 その時に門番の衛兵に幾ばくかの金を握らせていたようだ。これを了解して門から出している衛兵の行為はいつもの事なのかも知れない。


 男達は二人ともヒューマンで、ズタ袋を担いでいる男はガタイの大きい戦闘系の男の様に思えた。もう一人は細身の神経質そうな男だった。


 男達は森の近くまで行き森の入り口付近にある小さな空き地にそのズタ袋を下ろした。


「ここでいいだろう。こうしておけば魔物達が始末してくれるさ」

「そうだな。いつもの通りだ。全く手間をかけさせてくれるアマだぜ。これで成仏しろよ」


「なぁお前ら、それは何だ。まだ生きてるんじゃないのか」

「な、なんだてめぇは。何処から現れやがった」


 ゼロはツカツカと二人の間を素通りしてそのズタ袋に近づき袋を切り開いた。


 ゼロが通り抜けた事にも反応出来ず、ましてどうして袋を切ったのかもわからなかった。何しろゼロは手に何も持っていなかったのだから。


「てめぇー何をしやがる」

「ほー女か。かなり痛んでるな。お前らがやったのか」

「てめーにゃー関係のねー事だ」


「お前らこれをここに捨てたよな。するとこれはもう誰の物でもない事になる。なら俺がどうしようとそれこそお前らには関係のない事だろう」

「そうは行くかてめぇー、見られたからにゃ仕方ねぇ、コンゴやっちまえ」


 コンゴと言うのはガタイのいい男の方だ。恐らくは用心棒的な仕事をしているんだろう。


 その男が首をコキコキと言わせながら余裕の態度でゼロに向かってきた。もしかするとあの娼婦の街ではこの男の右に出る者は誰もいなかったのかも知れない。


 コンゴが殴って来た時ゼロがタイミングを合わせてカウンターの蹴りを入れた。すると十数メートルを吹っ飛んで後ろの大木に激突した。


 コンゴはまるで壊れた人形の様に地に落ちてそのまま動かなくなった。


「な、何故だ。コンゴは俺達の街じゃ最強の男なんだぞ」

「あれで最強か。あんなもの子供でも壊せるぞ」

「そ、そんな馬鹿な。お前はバケモノか」

「俺はただの冒険者だ。で、話してもらおうか。あの女はどうしてあんな姿になった。嫌ならお前もあの男の様になるだけだがな」

「ま、待ってくれ、いや待ってください。話します、話しますから」


 あの女はこの男達の娼館で働いている娼婦だった。ただS気のある客にかなりひどく扱われて半死半生になったので捨てに来たのだと言っていた。


 こんな事はよくあるのかと聞いたら、それなりにはあると言う事だった。それはそうだろう。あの門番の様子からして一度や二度の事ではないはずだ。


 全く胸糞の悪い話だとゼロは思った。殺すのは構わない。ゼロも殺す事を生業にしていた人間だ。しかし殺すには殺すなりの理由がある。


 しかしこれでは理由も何もないただのなぶり殺しだ。これはゼロの殺しの倫理に反する。許せんなとゼロは思った。


『久しぶりにゴミ掃除でもするか』


 ゼロは細い方の男から衣服を引きはがし女を連れてその場から姿を消した。勿論その細い男も大男と同じ運命を辿った事は言うまでもない。

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