第2話 街道の山賊

 ゼロは取り敢えず掲示板にあった薬草採取を選び、受付で受理してもらい、ついでに泊まれそうな宿屋を紹介してもらった。


 宿屋もヒューマン一家が経営していた。これを見る限り獣人による搾取はされてない様に思われた。


 この町を歩いてわかったが獣人とヒューマンの比率は大体1対9でヒューマンの方が圧倒的に多い。


 ここは中央からはかなりかけ離れた場所になるので獣人の管理者を置くにもそれほど人員を割けなかったのだろう。


 だから中心の大事な部署だけを獣人が管理していると考えてよさそうだ。恐らく冒険者ギルドもその内の一つなんだろう。と言う事は小さい区の様な所なら獣人のいない所もありそうだ。


 中央部分と周辺部分ではかなりの違いがあるように思える。ただしそれも誰が上に就くかによっても変わってくるだろう。


 そしてもっと大事な事は統治者の住民に対する意識、感情によってその統治の仕方も変わって来ると言う事だ。


 特にソリエンなどは世界最強のSランク冒険者に超Aランク冒険者パーティを輩出した町だ。管理強化していたのは一種の恐れからだろう。


 しかし彼らが強かったのは何も場所のせいではない。それはゼロが鍛えたからだ。


 それと近くに魔物が闊歩する「返らずの森」があった事も大きいだろう。


 翌日ゼロが町を散策していると一つのモニュメントの様な建物を見つけた。


 表には「獣人カール国とガルゾフ共和国との不可侵条約記念館」とあった。


 これはあの時の不可侵条約を交わした時の記念館だったかと理解したが不思議に思った。何故あるのかと。


 普通このような物はこの国の敗戦と同時に処分されるものではないのか。それで中に入って係員に聞いてみた。


 すると終戦後、中央からは廃棄しろと言う指示だったらしいがそれに反対し維持するようにと言った者がいたと言う。それはハンナと言う英雄様だったと言う事だった。


『そうかハンナが。あいついい仕事をするじゃないか』


 周辺都市でも首相に与する領主軍が掃討戦を進めていた。ただし右大臣の本拠地たる領地を除いては。


 しかしそこにはハンナの両腕たる二人の部下がワーバーンに跨り上空から奇襲をかけて殲滅してしまった。この二人、恐るべき手練だった。


 その後中央の改革と修復は急ピッチで進み、人事も刷新された。今までハーライトについていた者達は全て首になり処分された。


 ただハンナは政権内には留まらず、聖地の守り役としてカールの地に残り、「お守り様」と言う特別待遇を受けた。


 言ってみれば天下のご意見番みたいなものだ。こんなものなくても誰も頭が上がらんのだが。そして後進の魔法や武術の指導も執り行った。


 そしてハンナは中央の治政は首相や大臣達に任せたがもし間違いがあればいつでも出て行く気であった。それがゼロやゼロマの思いだからだ。


 その日ゼロが冒険者ギルドに行くとギルドの中が少しざわついていた。そして掲示板に殺到する者や受付に詰め寄る者達がいた。


 ゼロが近くにいた冒険者に何があったんだと聞いたら、どうやら最大の賞金首の指名手配が消えてしまったんだと言っていた。


 その時に二階から降りて来たこの町のギルドマスターらしき厳つい獣人が、


「例の指名手配に関しては昨日中央から連絡があって、その指名手配は取り消しになった。よってこれより先、もしその男を討伐したとても一銭も出ないのでそのつもりでいてくれ」


「そんな、一攫千金の夢が」

「何言ってんだ、お前にあれが狩れるのかよ」

「そんなのやってみなければわからんだろう」

「馬鹿かお前、簡単にやれるような奴に誰が金貨5,000枚も出すかよ」

「あれってきっとドラゴン並みの奴じゃねーのか」

「クワバラ、クワバラ、俺降りるわ」

「だから無理だって」


 そんな話で湧いていた。そうか、やったのかとゼロは思った。


『これでこの国も少し良くなるといいな。ただこの先、少し混乱が続くだろうが、そこはお前らの腕の見せ所だ』


 これで俺ももう偽名を使わなくてもいいんだなとゼロは思ったが、残念ながらここではもう使ってしまっているので、この次のギルドからだなと思った。


『と言う事はこの名前での活動はもう控えた方が良いな。ならここはこれ位で切り上げて次に行くか』


 翌朝ゼロは、宿屋の清算を済ませて、この州の州都アブラムに向かって旅立った。


 アブラムまではここから2日の距離だ。またのんびりと森にでも入いりながら向かえばいいと考えていた。


 ゼロはこの世界で目覚めてからまだ日は浅いが結構稼いでいる。中央モラン人民共和国の王から大金貨200枚(金貨20,000枚)。


 ソリエンでオークキングを倒して金貨100枚を受け取っている。だから言ってみれば大金持ちだ。既に一生食うには困らない。


 ただゼロは金には無頓着だ。あってもなくてもまったく気にならないらしい。


 何故なら彼は食う事と寝る事にはまったく困らないからだ。しかも金もかからない。ただ森に行けばいい。それだけの話だ。


 それに彼が前の世界でやっていた傭兵など、いくら金を持っていてもいつ死ぬかわからない職業だ。それに保証も何もない。


 だから多くの傭兵は入っただけ使ってしまう者が多かった。その一瞬一瞬を刹那的に生きている者が多かったと言う事だ。


 後先を見て金を貯めようなんて考えていたら、いくら命があっても足りない。それが戦場と言う所だ。


 ゼロはそんな所で生きていたプロ中のプロだ。その考え方や姿勢はこの世界に来ても変わらないようだ。


 ただ一つ不思議な事は、ゼロはいくら金があっても浪費家ではなかった。かと言って節約家でもない。


 必要なら使うし、必要でなければ使わない。ただそれだけの事だった。


 明け方に宿屋を出て陽は天中に差し掛かり、もう昼時だ。丁度いい時間だと宿屋の主人に作ってもらった昼食を取り出して食べていると、これまたテンプレ的な戦いの音が聞こえた。


 一口だけほおばって弁当を持って音のする方に行ってみると、やはり思った通りそれは強盗、山賊、おいはぎ、そんな所か。


 馬車が一台に荷馬車が二台、それに護衛が六人と結構な人数で護衛しているようだ。荷馬車が二台もあれば無理もないだろう。


 山賊等の事を考えたらこれでも少ないかも知れない。勿論護衛の技量にもよるだろうが。


 それで強盗はと見ると前後に10人、しめて20人と言う所か。これなら何とかなるかならないか。Dランクではきついが、Cランクが混じっていればぎりぎりと言う所だろう。


 さてどうするのだろうとゼロが見ていると、先頭の馬車の護衛に当たっていた男が馬車の中の人間を引きずり出していた。


『おいおい、それはなんだ。それはないだろう。お前ら護衛だろう』


 と、ゼロはそんな声を漏らしていた。


『近頃は護衛の質も落ちたもんだな。いや初めから山賊の仲間だったか。なら依頼主に相手をみる目がなかったか、それともギルドからの派遣ならギルドの失態、責任問題だろう。どっちにしても良い未来は見えないな』


『護衛は荷主に金を出せと言ってるようだがさてどうするか。助けても俺の仕事じゃないから金にはならないしな』


 ゼロも一応は金の計算はするようだ。ただしそれは仕事、ビジネスとしての金銭授受の規則的な事を言っているようだ。


『暇だし、まぁいいか』


 とゼロは落ちている石っころを拾って今荷主を脅してる男の頭に向かって投げた。ゼロからその男までの距離は約20メートル。


 野球のピッチャーからキャッチャーまでの距離は18.44メートルだ。それよりもちょっと遠い。


 剛速球投手なら頭蓋骨骨折程度は行くか。しかしゼロの投げたその石はその男の頭を貫通して20メートルも向こうにある木にめり込んだ。


 これはもう剛速球なんてもんじゃない。野球の歴史が変わりそうだ。これでもゼロはまだ軽く投げたに過ぎない。ただし勁を乗せて。


 いきなり一人の護衛が倒れて何がどうなってるのかわからないのでその仲間や山賊達は右往左往していた。


 そこに弁当を左手にあと2個の石を右手に持ったゼロがのんびりと歩いて来た。


「なんだお前は」

「お前達は護衛なのか山賊なのかどっちだ」

「何だと、そんな事はお前には関係ないだろう」

「まぁそうなんだがな、ただこれを冒険者ギルドに報告しようかどうしようかと考えてるとこなんだ。俺も冒険者なんでな」


「そうか、ならお前には死んでもらわんとならんようだな」

「それはまずいだろう。俺はお前らの葬式はしてやるつもりはないぞ」

「口の減らない野郎だ。やっちまえ」


 そう言った男の口から後ろにかけて丸い穴が開いていた。勿論即死だ。


「石はもう一個あるんだが誰が当てて欲しい」

「みんなで一斉に掛かれ、そうすれば誰も当たらん」


 これまたそう言っいた男の額に丸い穴が開いていた。恐らくこの男が首領だろう。


「で、お前らどうするよ。ボスはもう死んじまったようだがまだやるか」


 残った山賊達は相手が悪いと逃げて行った。残った4人の護衛達も逃げようとしたが何処から出したのかもう2個の石で殺されてしまった。本当にゼロは容赦がない。


 残った二人はガタガタと震えていた。ゼロはこの二人を荷主の所に連れてきて、どうするかと尋ねた。


 問われた荷主もどうしていいかわからずただただ口をパクパクさせるばかりだった。


「俺はこいつらはやっぱり冒険者ギルドに引き渡した方がいいと思うんだがどうかな」

「そ、そうでございますね。でもどうやって」

「簡単だ、後ろの荷馬車で引きずればいい」

「ええっ、引きずるのですか」


 ゼロは生きている二人に縄を掛けえておいて森に入って、適当な枝を持って来て、短い梯子の様な物を組んで、それにその二人と死んだ首領を括りつけて荷馬車で引っ張らせた。


 ゼロは荷主に礼を言われて、行き先が同じだと言うので一緒に馬車に乗せてもらい、ゼロは残った昼飯を食べていた。


 何ともはやこの大胆さに荷主は驚嘆していた。


「私はカルーセンと言う商店を営んでおりますエカルトと申しますが貴方様は」

「俺か、俺はゼロと言うただの冒険者だ」

「冒険者様ですか、ではもし宜しければこの後、我々の護衛をしてはいただけませんでしょうか。料金は今回の者達の分を全て差し上げますので」


「いいのか。俺は一人だぞ」

「勿論でございます。あなた様なら10人力、いえ、、20人力でございますから」

「そうか、なら州都まででよければ俺はいいぞ」

「ありがとうございます」


 こうしてゼロはこの荷馬車の店主、エカルトと一緒に州都アブラムまで行く事になった。

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