第三部 第二章

第1話 元ガルゾフ共和国の町サファーリア

 ゼロは獣人国の事はハンナ達に任せて自分はこの100年後の世界をもっと冒険してみようと思っていた。


 確かに世界はそのままだが100年と言う時は色々な物を変えた。人々の生き方も国の在り方も。勿論変わってない所もある。それらを含めてゼロは冒険して見てみようと思っていた。


 今回の事は彼ら獣人達の手に委ねたが、これは前の世界のゼロを知ってる者からしたら実に珍しい事だった。傭兵時代のゼロは誰も信用しなかった。


 信用するのは自分自身と自分の腕だけだった。そしてゼロは冷徹な殺し屋、大量殺人兵器だったと言っても過言ではなかった。


 だからこそ人は彼を「戦場の死神」と呼んだ。しかし一体何時から彼は死神になったのか。彼に関してはまだまだ謎が多い。


 しかしこの世界に来て彼は少し変わった。冷血の中にも少し暖かい血が流れ始めたのかも知れない。


 しかしそれでも尚ゼロはゼロだ。必要とあればいつでも死神になる。それを止め事は誰にも出来ない。


 ただこのゼロの変化には一人の少女が関係していたのではないだろうか。それはミレだ。


 この国の英雄ゼロマと同じく小さくしてたった一人で苦境を生き延びていた少女。その少女の生き様がゼロに何かの変化を与えたのかも知れない。


 そしてそれを引き継いだのがピョンコだろう。このピョンコもまたミレと同じ様な環境で生き延びていた。


 むしろこのピョンコは獣人で奴隷だった分、更に過酷だったかも知れない。


 それら二人に接する事でゼロの中に何かの変化をもたらしたのかも知れないが、それはまだ判断する時ではないかも知れない。


 ゼロは聖地カールを離れて森を出る前に一泊キャンプをしそこである事を始めた。ゼロは霊峰山に置いてあった切り落とされた左腕を転送させた。


『少し遅くなったがそろそろいいか』


 ゼロは意識を高めて体に気を流し、その腕にも気を通して接続を始めた。


 どれ位経っただろうか、接触面が光り遂にゼロの腕がくっついた。


『やっとくっついたか、あのクソ神の奴め、手間を掛けさせやがって』


 これはどうやら女神に何かの因子を植え付けられたようで、ゼロの修復能力を阻害してたみたいだ。しかし100年経ってやっとその力が消滅したと言う事だろう。


 さてここからはまた普通の世界に出て行く訳だがゼロには一つ気がかりな事があった。それはゼロの指名手配の事だ。


 今更どうなる訳ではないが一つ細工をしておく事にした。冒険者カードの名前の部分を偽装しておいた。


 これなら慌て者が間違えてくれるかも知れないと。完全に変えてしまう訳ではない。デコイで表面上だけの偽造だ。


 鑑定眼を持ってる者なら見抜かれるかも知れんが冒険者ギルドの読み取り機位なら胡麻化せるだろう。


 それで偽の名前はパンダにしておいた。あまりにもふざけた名前だがこの世界では何の事だかわからないだろう。それにこの偽装はいつでも元に戻せる。


 ゼロはこのまま東に向かって行ってかってガルゾフ共和国があった所に行ってみようと思った。ここはゼロにも馴染みの場所だ。


 かっては軍事大国と言われた所が今はどうなってるのか。ゼロにも興味があった。


 確かにこの国は獣人国と戦って敗北した事になっている。だが戦ったのはオリジナルのカール国の獣人だ。これにはゼロも初期段階では手を貸した。


 もしゼロマの指導が行き届いていたら例え敗戦国になったと言えどもそれほど酷い扱いはしてないと思うが、あれから100年も経つとその辺りはどうかわからない。


 ただ今のこの国の状況を見ているとあまり期待が出来ないかも知れないなとは思っていた。


 ゼロとゼロマは他国を吸収した時の取り扱い方についてのガイドラインの様な物を作っていた。特にゼロマの奴隷時の経験を元に作ってある。


 それがちゃんと守られていればそれほど悪い結果にはならないと思うが、ゼロの今回の経験から言うとそれほど上手くは行ってない様に思われる。


 特にあの右大臣の様な奴が政権の中枢に陣取ってい居ればそれも難しいだろう。


 どんな理想を掲げた所でそれが長く続けば水は淀み腐りもする。それが世の習いだ。だから時には粛清と言うものが必要になる。


 そう言う意味では今がその時なんだろうとゼロは思っていた。ゼロマもまたそう思ってはいたんだろうが、残念ながらゼロマはゼロの様に冷徹にはなれない性格だ。ならそれはゼロがするしかないだろう。


 ゼロがガルゾフ州に入って行くと最初の町が見えて来た。ここは確かモロゾンと言う町だったはずだ。


 ゼロもここにはあまり用事がなかったのでいつも素通りしていた。ここはどちらかと言うと農耕地だ。


 町の様子を見てみると荒れている様子はなかった。それにヒューマンも多い。


 農耕に従事するにはやはりヒューマンの手が必要と言う事で、ここではヒューマンの生活はそれなりに成り立ってるようだ。勿論贅沢は出来ないだろうが。


 途中の店先で軽い食べ物を買ってそれとなく様子を聞いてみると、獣人との軋轢は少ないがその分税の取り立てがきついと言っていた。


 一応この国の通貨で払うが通貨の持ち合わせがない時は物品でと言う事になるらしい。これでは昔の日本の江戸時代の農民と同じだなとゼロは思った。


 ただ昔の様に「生かさず殺さず」と言う程酷さはない様だ。その点はまだカール獣人の意向が働いているのか。


 ただ幸いな事にモロゾンではゼロに関する指名手配は見なかった。


 ここで水戸黄門を演じるつもりはなかったのでそのまま次の町サファーリアに進んだ。


 サファーリアはかって獣人国カールとガルゾフ共和国との間で不可侵条約を締結した町だった。


 この町の町並みは昔と殆ど変わってはいなかった。ただ建物が古くなり建て替えられた物はあるようだ。


 この町に入る時正門には獣人の門番兵がいたが特に騒がれる事はなかった。ここまではまだゼロの指名手配は届いてないのだろうか。いや、そんな事はないだろう。


 しかしここで大丈夫なら冒険者ギルドに寄ってみようかと思った。ただしギルドは少しリスクがある。


 何故なら冒険者と言う者は色々な所を渡り歩く。そうなると当然ゼロの事を知ってる者もいるだろう。


 しかしまぁその時はその時だ。邪魔して来るなら排除すればいいとまたいつもの大ざっはな考えでギルドに入って行った。


 ギルドの中の様子は昔と変わってはいなかった。ただ違う所は受付嬢には獣人が多かったが、中に一人、ヒューマンの受付嬢がいた。わりと美人だ。


 それでゼロはその受付嬢の所に向かった。その時周りにいた冒険者達に睨まれたように思った。


「どのようなご用件でしょうか」

「冒険者カードの登録をしたいんだが」

「ではカードをお願いします」


 ゼロがカードを渡しているとその受付嬢に見つめられていように思えた。


「俺の顔に何かついてるか」

「いえ、ヒューマンの方ですから珍しなと思いまして」

「ここではヒューマンの冒険者はいないのか」

「いえ、そんな事はありません。そこそこにはいらっしゃいます。ただ」

「ただ何だ」


「実はある人物の指名手配書が回って来ているのであなたではないかと思たのですが違った様です。すみません」

「何故違うと思った」

「名前もそうですが、その人物は片腕ですので」


 『そうか、ついこの間腕をくっ付けたのを忘れていた。この違いは大きいだろう』


 この世界では顔写真が出回っている訳でない。あっても人相書程度だろう。なら他人のそら似と言う事もある。


 しかし両腕があるかないかでは大きな違いだ。両腕から片腕になる事はあっても片腕から両腕になる事はまずない。


 これで無事冒険者登録が終わった。


「パンダさんはEランクですね」

「そうだが」

「Eランクではあまり高い報酬の依頼はありませんが」

「それは構わない。俺は薬師なのでまず薬草採取の依頼を受けたいのだがあるだろうか」

「はい、それならあそこの掲示板にありますので選んでください」

「わかった。あがとう」


 そして掲示板の所に来てみると右端のお尋ね者の討伐依頼の所にゼロの手配書が張り出してあった。顔は似てなくもないが違うと言えば言えなくもない。


 しかし報酬額を見て驚いた。なんと金貨5,000枚と書いてあった。日本円にすればざっと5,000万円と言った所か。


 この大陸での物価は日本よりもずーっと安い、10分の一程度だろう。ならこの金額は5億円相当になる。確実に一財産だ。


 なるほどこれなら冒険者達も目の色を変える訳だ。幸いな事に片腕のヒューマンと書かれてあった。これで助かった訳だ。


 名前はゼロと書かれてあったが冒険者ランクについては何も書かれてなかった。


 それはそうだろう。たかだかEランク程度に首都が襲撃されて逃げられたとあっては面子にかかわる。


 これなら当分は冒険者活動をしながらこの町の様子を探れるなとゼロは思った。

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