第25話 政権奪還
獣人国の政権奪還作戦は順調に進んでいた。
全ての指示を終えたゼロは久しぶりにゼロマの瞑想の間に入っていた。
この部屋ではゼロマに瞑想と魔力操作の高等技術を教えていた。だからゼロマの意識の欠片が色濃く残っていた。
『ピョンコよ、どう思う。これで良かったか。俺とお前とで作ってお前に託した国だ。あれからもう100年が経った。俺達が思った国とは少し違っていた。だから修正を加えたが納得してくれるか』
その時ゼロマの瞑想の間が少し光った様に思えた。
『そうか、これでいいか。ではこの後はお前の後輩達に任せてみるか』
ハンナは部下の二人にワイバーンを使って巡回している遊撃騎士団に連絡を取らせてこちら側につくように要請した。
無論彼らに異存はない。なにしろダニエル共々ハンナの下で指導を受けた者達なのだから。
そして一番近くにいた遊撃騎士団の一つがこのカールにやって来た。彼らには首相や左大臣の護衛に当たってもらった。
首相や左大臣の護衛の確保が出来た時点でダッシュネルは、ヒューマンの女を伴って「ソリエン居留地」へと馬を飛ばした。
彼らの脚なら1日で着ける。彼らが「ソリエン居留地」に着いた時、町長は驚いていた。
首都の遊撃騎士団と言えばエリート中のエリート騎士団だ。格で言えば町長などよりも遥か上になる。
「これは遊撃騎士団の団長ダッシュネル様、今回はまたどの様なご用件で」
町長は内心怯えていた。もしこの居留地の内情を知られたら自分の命はないかも知れないと。かと言ってあのバケモノを敵にまわすのはもっと恐ろしいと。
「町長殿、私はこの居留地にいると言う「自警団カリヤ」のリーダーに会いに来たのだが会わせてもらえるか」
「はい、連絡は取れますが何しろここより先は一応居留地の自治に任せておりますので」
「ではゼロ殿の使いで来たと伝えてもらえないか」
「えっ、ゼ、ゼロ様の使いと仰いましたか」
「そうだが町長殿はゼロ殿をご存じなのか」
「は、はい。あの方はこの居留地の薬師をやっておられましたので」
「それなら話が早い。急用なので今直ぐ伝えてもらいたい」
「しょ、承知いたしました。直ちに」
こうしてダッシュネルはダニエルと会う事になった。初めはダニエルも少し緊張していた。遊撃騎士団と言えば首都のエリート騎士団だ。そんな者が何用だと。
ただゼロの名前を聞いた時、これならきっと悪い事ではないだろう言う予感はあった。
そしてダニエルはダッシュネルと会い、ゼロの手紙を読んで状況を理解した。ただ正直な話、この国の上層部の争いに関与するのは場違いと言うか、ヒューマンには関係のない事だと思っていた。
その事を正直に話した所、ダッシュネルもその事は理解していた。だから政権の転覆に手を貸して欲しいのではなく、その際にヒューマンに危害が及ばない様に守ってやって欲しいと言う事だった。
確かに獣人がヒューマンの援護に当たるよりも同じヒューマンの方が安心するだろうし誘導も容易だろう。
全くリスクのない話ではないが、もしヒューマンに危害が及ぶならそれを助けるのもまた自警団の仕事でもあるだろうし、ましてそれがゼロの依頼なら断る事は出来ないなと思っていた。
全てを理解してダニエルは今や300人にもなった「自警団カリヤ」の主力メンバーを引き連れてダッシュネルと共に首都に向かう事にした。
この時ダッシュネルはダニエルに会って驚いた。このヒューマンの力量は自分に匹敵すると。本当にこんなヒューマンがいるのかと心底驚いた。
その間に例のヒューマンの女はダニエルが「ソリエン居留地」の冒険者ギルドに紹介して、この町で住めるように手配してやった。
そして他の遊撃騎士団二団体は後でこの本体と合流する事になっていた。その間首相は各地の領主達と連絡を取り合っていた。
こちらは初め難航していたがハンナが復活したと聞いて多くの領主が首相側につき始めた。彼らに取ってハンナはゼロマに次ぐ第二の英雄だったからだ。
その事を知ったハーライトは苦虫を嚙み潰した様な顔をしていた。
「どうしてだ。どうして今になってハンナ様が目覚められたのだ。しかも奴らが聖地にいたとはどう言う事だ」
「どうやらここから移転魔法を使ったようです」
「移転魔法だと。そんな物を使える魔法使いがいると言うのか」
「いいえ、ただこれは聞いた話ですが、代々の首相にはその移転魔法が使える方法が伝えられているとか」
「そうか、それで奴らの死体が見つからなかったのか。しかしこれはまずいな。もしハンナ様が向こうにつかれたら」
「はい、とんでもない戦力になります。個で軍を相手に出来る戦力かと」
「よし出来るだけわしの私兵を集めよ。そしてこの周囲にヒューマンで防波堤を築くのじゃ。そうすれば如何にハンナ様でも攻撃は出来まい」
「獣人ではなくヒューマンでよろしいのですか」
「それでよい。元々ゼロマ様はヒューマンとの和合を求められていた。特にあのハンナ様はその継承者と言ってもいいだろう。だからヒューマンを大量に殺すような事は出来んはずだ」
「それを盾に交渉されると」
「そうじゃ、こちらに有利な和合案を作るんじゃ」
「でももしそれが叶わない場合は」
「その時は一時撤退じゃ。例の抜け穴は完成しているんだろうな」
「はい、既に完成しております」
「よし、もし万が一の時にはそれを使って逃げるぞ。準備しておけ」
「御意」
このハーライトが何を企んでいるのかはわからないがその包囲網は着々と進んでいた。そしていよいよ政権奪還の態勢が整ったので首相軍と右大臣軍との交戦が始まった。
周辺都市では首相に与する領主軍が圧倒的勝利を収めていた。ただし右大臣の本拠地たる領地を除いては。
しかしそこにはハンナの両腕たる二人の部下がワーバーンに跨り上空から奇襲をかけて殲滅してしまった。この二人、恐るべき手練だった。
問題は首都だ。そこにはヒューマンの盾が用意されてあった。建物を周りを取り囲むように両手両足を縛られて座らされたヒューマン達。
その後ろには斬首刀を持った兵士達が所狭しと並んで、いつでも首を刎ねるぞと待ち構えていた。これでは容易に攻撃する事は出来ない。
本来戦争となればヒューマンなど何人いようと関係なく攻めるだろう。しかし今は国と国との戦争ではない。
ヒューマンと言えども無辜の民だ。それを屍と変えて政権を奪還したしても世間は納得するだろうか。
そしてそれは決しゼロマの望むものではない。ましてゼロも望まないだろう。それを考えると首相も左大臣も手を出せないでいた。
そこでハーライトは人質の開放と撤兵の交換条件として、自分を首相にする事と首相の大臣への格下げ、そして左大臣の解任を要求してきた。
それこそ余りにも都合の良過ぎる要求だ。飲める訳がない。かと言ってこの状況をどうすればいいのか、首相達にも解決策が浮かばなかった。
そこに現れたのがハンナだった。
「ハーライトよ、悪足掻きもいい加減にしたらどうじゃ」
「誰だ貴様は。ハ、ハンナ様か。出て来られたのか。しかしその変わりようは」
「わしの事はどうでもよい。しかしお主、このままで無事でいられると思うてはいまいな」
「ハンナ様、いくらあなたでもこの状況ではどうする事も出来ますまい。強硬手段を用いれば多くのヒューマンの民が死にますぞ。それはゼロマ様の望むものではないはず。それをあなた様に出来ますか」
「随分と舐められたものよの。わしはゼロマ様の片腕、No2ぞ。このわしに出来ぬ事があると思うたか」
『時だましの法』
ハンナがそう唱えた時にはもうそこにはハンナの姿はなかった。そして斬首刀を持った男達の首がまるでこま落としの様に飛んで行った。
全ての男達の首が落ちた時にはハンナはハーライトの前に立っていた。汗一つかかずに。
その間に人質になったヒューマン達を中心になって保護していたのはダニエルを中心とした「自警団カリヤ」の主力メンバー達だった。
「これでお主も年貢の納め時じゃの」
「な、何をなされたのじゃ。まさか我が手の者を全て倒したと」
「言ったじゃろう。わしに出来ぬ事はないと」
「そんな馬鹿な事が。しかし流石は我が国最高の魔法使いと言われるだけはありますな。しかしここまでですぞ。この宝玉は全ての魔法を無効にするのだ」
その時またハンナの姿が消え、ハーライトの目の前に現れた時には、宝玉を握った腕もろ共ハーライトの腕が床に落ちていた。
ハーライトは右の肘から先を切り落とされていた。そしてハンナが使ったのは縮地であり、右手には小刀が握られていた。
「そんな、あなたは魔法使いだったはずでは」
「わしに戦闘術が使えんとでも思うたか。わしの師匠は戦闘術の天才じゃったからの。これで終わりじゃ」
ハンナがハーライトの首を刎ねようとした時腹心のマルコがハーライトに体当たりをして、後ろの壁ごと隠し通路に落ちて行った。
「ふん、こんな所にこんな物を仕掛けておったか。ぬかったわ」
そこに遊撃騎士団の面々が駆けつけて来た。
「お師匠様ー、大丈夫でございましたか」
「ああ、大事ない。それよりもあ奴めこんな抜け道を用意しておったわ。奴の後を追え。そしてこの穴を塞げ」
「承知いたしました」
これで今回の政権転覆劇は終わった。そして人質にされた数千のヒューマンの命も救われた。
今回の件で人命救助に多大な貢献をしたと言う事で「自警団カリヤ」のメンバーには報奨金と「ソリエンの居留地」には独立自治権が認められた。
ただ一つ残念だった事は首謀者のハーライトを取り逃がしてしまった事だが、ハーライトの戦力はもうこの国には残っていなかった。
ハンナはそれでも疑問に思っていた。今回の事は本当にハーライト一人で計画したのかと。それにこの宝玉だが、まだ鈍く光っている。そして中には禍々しい魔力が渦巻いていた。
こんな物をあの男は一体何処で手に入れたのかと。宝玉の中身は魔粉石だった。
ハンナもこれに関しては詳しくは知らなかったが、この世界にあって良い物ではないと思っていた。
その後中央の改革と修復は急ピッチで進み、人事も刷新された。今までハーライトについていた者達は全て首になり処分された。
ただしそれらの作戦上にゼロの名前は一切出て来なかった。それはゼロ自身が望んだ事であり、後は彼ら獣人に任せようと思っていたからだ。
「お師匠様、やはり行かれるのですか」
「ああ、俺がやるべき事は全て終わったからな。後はお前達の仕事だ。俺はまた冒険の旅に出る」
「なんだか昔と変わりませんね、お師匠様は」
「そうだったかな」
「では良き冒険をお続けください。またお会い出来る時を楽しみにしております。お師匠様」
「ああ、お前もな。これからも皆を助けてやってくれ」
「はい」
この国はまだ混とんとしてる。そしてそれはこの先もまだしばらくは続くだろう。
しかしハンナ達ならきっと良くしてくれると信じて、ゼロは聖地カールを離れ新しい冒険に向けて新たな一歩を踏み出した。
第三部第一章 完
これで「地上最強の傭兵が異世界を行く第三部第一章」が終了いたします。
しかしこれで全てが終わった訳ではありません。
ゼロの片腕もまだ元に戻った訳ではありませんので、
ゼロの冒険の旅はこれからも続きます。
第二章をお楽しみください。
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