第24話 ハンナの復活
獣人国の首相と左大臣、それと遊撃騎士団30名が獣人国の聖地と言われるこのカールに移転して来た。
それは右大臣の謀反の手から逃れる為だった。自分達でも情けないと思っていた。一太刀の反撃さえ出来ないまま逃げたのだから。
今はこれで良かったと思っている。ここで陣を立て直して反撃に出ればいいと。
しかしそれにしても人員が少ない。自分達に味方してくれる者達の数が絶対的に少ないのだ。ここには辛うじて遊撃騎士団の30人がいるだけだった。
しかしと思った。左大臣は全ての遊撃騎士団を統括している。今ここにいる遊撃騎士団の他にまだ3部隊がいる。
彼らはまだ全国を巡回巡視している。だから今回の騒動をまだ知らない。しかしもし彼らを呼び寄せる事が出来たら十分な戦力になると左大臣のブルームは思った。
何しろ彼らはこの聖地で直接に獣人戦隊の指揮官から指導を受けた者達なのだから。
そしてその指揮官もまだこの地にはいる。しかし会う事は出来ないのだ。
その指揮官は自ら結界を構築して中に籠ってもう20年も外の世界には出て来てないのだ。これでは助けを乞う事も出来ない。
この結界を解こうと何人もの高位の魔法使いが試みただ誰にもそれは出来なかった。
それだけこれは強度な結界だった。これを解けるの者が果たして今のこの世にいるだろうか。
そしてこの指揮官こそ第二の英雄と言われた猫獣人のハンナだった。そしてこのハンナはこの獣人国の戦士多くと言えども、ゼロから直接指導を受けた唯一の獣人だ。初代英雄のゼロマと共に。
そしてゼロマとはゼロの波動拳の姉妹弟子であり、今では唯一波動拳の継承に繋がる者だった。
そしてゼロマ引退後は、多くのこの国の戦士はこのハンナの指導を受けて育っている。だからハンナは全戦士の師でもあった。
この聖地には外部に対して結界が張られている。ここの結界程高度で強固なものではないが、それでも普通の者では入って来る事は出来ないはずだ。
それにも関わらず入って来た者がいた。それは片腕のヒューマンだった。それにくっついて女のヒューマンもいた。
「あんたはゼロさんじゃないか。どうしてここに」
「確か遊軍騎士団のダッシュネルさんだったよな」
「ダッシュネル、お主この者を知っておるのか」
「はい、ソリエンの町でスタンピードがありました折にご協力願いました」
「そうか、あの時のスタンピードを収めた時の御仁か」
「あんた達が首都のお偉いさん達か」
「ゼロさん。それはちょっと言葉使いが過ぎるぞ。こちらは首相様と左大臣様だ」
「よい、ダッシュネル。確かゼロ殿と申されたな。ここにはどの様な目的で来られた」
「ちょっと懐かしくてな。どうなってるかと思ってやって来た」
「やはりここの事をご存じでしたか」
「ああ、獣人国発祥の地カールだろう」
「ここがカールだと言う事は今ではもう一部の者しか知りません」
「だろうな。国がこれだけ大きくなってしまったんではここはもいらんか」
「いえ、そうではありません。ここは今でも我らの心の故郷です」
「しかしあんたら国の重鎮がこんなとこにいていいのか。今国は右大臣によって転覆されていると言うのに」
「わかってます。でも我らにはまだ力が足りないのです」
「それでここに来たと」
「はい、ある方に力をお借りしようと思いまして」
「ここは確かハンナが守番をしていたのではないのか」
「ゼロさん、あんた何故そんな事を知っているのだ」
「よい、ダッシュネル。その通りです。ですが今はお会い出来ないのです」
「会えない。それはまたどうして」
「ご案内いたしましょう。どうぞこちらへ」
ダッシュネルは不思議に思っていた。何故か左大臣のゼロに対する言葉遣いが妙に丁寧になってきている。まるで自分よりも目上の者に対するような。
ゼロ達はある館の前に来た。確かここはハンナの修練場だったはずだ。
「ここでございます。お判りになりますか」
「ああ、結界が張ってあるな」
「はい、ハンナ様はこの中にいらっしゃるのですが、出て来ては下さらないのです。そしてこの結界は今まで20年間誰にも破れなかったのです」
ゼロは手をその結界に当ててみた。そしてわかった。
「この結界は時魔法による結界だ。だから時魔法の使える者でないとこの魔法は解除出来ないだろう」
「では貴方ではどうですか」
「俺でもだめだな。俺には魔力がないからな」
「ゼロさん本当ですか。魔力がないなんて。そんな人類がいるんですか。いや獣人でもいませんよ」
「そうよあんた、ヒューマンだって魔力のないヒューマンなんていないのよ」
「いや、そうではない。例外が一人いる」
「左大臣様、その例外と言うのは」
「それは闇の歴史書に載っているお方だ」
「闇の歴史書とは何ですか左大臣様」
「そうじゃ、わしも聞きたかったのじゃブルームよ。その闇の歴史書とは何なのじゃ」
「それは我が一族のみに伝わる書物で、このカールの成り立ちが記されております。ただし公の歴史書には書かれていない歴史でございます」
「それで闇の歴史書と申すのか」
「御意」
「その闇の歴史書によりますと、ゼロマ様と共にこのカール国をお築ずきになった軍師様には魔力がなかったと書かれております」
「軍師様、その様な名前は聞いた事がございませんが」
「であろうな。ある事情でこの方の事は封印されておったのだ」
「封印ですか、それはこのカールに取って都合が悪いからですか」
「そうじゃのーそうかも知れんの」
「ところでゼロ殿、やはりゼロ殿でもこの結界はどうにもなりませんか」
「解除は出来んが壊す事は出来るぞ」
「壊す。この結界を壊すと言われるのですか。そんな事は」
「そうじゃゼロとやら、それも過去何度も試みたが誰にも出来なかったぞ」
「まぁ見てろ」
そう言ってゼロはもう一度その結界に手を添えた。そして強烈な気を流した。その時結界にひび割れが生じて遂に結界が壊れた。
「ま、まさか、本当に結界が壊れたぞ。今までこの20年間誰にも出来なかったと言うのに」
そしてゼロとみんなが中に入って行くと道場の床に3人の獣人達が居住まいを正して座していた。
「お待ちしておりました。お師匠様」
と中央の猫獣人が礼をし左右のウサギ獣人達がそれに倣った。
「やはりハンナだったか。久しいな。元気だったか」
「はい。お会いしとうございました。もしここにゼロマ様がおられたらどんなにお喜びになられた事か」
ハンナはゼロが片腕になった経緯をゼロマから聞いていたので敢えてそれに触れようとはしなかった。
「ハンナ様、これは、この方は一体何方なのですか」
「その方はルイトボルトか、そしてそこにおるのがブルームじゃな。おーダッシュネルもおるのか。おおきゅうなったのう」
「はい、ハンナお師匠様、でもこの方をお師匠様とは」
「このお方こそゼロマ様のお師匠様、ゼロ様じゃ。我らカール国の軍師様でもあったお方でわしのお師匠様でもある」
そうハンナが言った途端、全員が膝をついた。あのヒューマンの女冒険者までも。
「まさか本当におられたとは。ブルーム、わしは夢でも見ておるのかの」
この時ダッシュネルはゼロと言う名の本当の意味を知った。
「悪かったなハンナ、何もしてやれなくて。俺は100年ほど冬眠をしていたのだ。そして最近目覚めた」
「やはりそうでございましたか。ゼロマ様は、お師匠様は絶対に生きておられる。そして必ず帰って来て下さると信じておられました」
「ああ、ゼロマの葬式の時に会って来た。もう少し早ければと悔やんだがな。だがお前は何故こんな所に20年もいたのだ」
「はい、お師匠様にこの国の真実をお伝えする為に自分自身を封印しておりました。お師匠様ならいつか必ずこの封印を解いてくださると信じて。そしてこれはゼロマ様の願いでもあったのです」
「つまりゼロマがお前にここで俺を待てと」
「はい」
この後全員が居間に移ってハンナの話を聞いた。やはり戦いが収まって国が制定され、初めの頃は良かったが少しづつこの国がゼロマやゼロが目指した方向とは違う方向に向かい出した。
特にゼロマは獣人だけではなくヒューマンとも仲良く付き合って行きたいと思っていたのに、いつの間にかそこに精神的な垣根が出来て、世情にもそんな風潮が流れ、獣人とヒューマンを隔てる施政が動き出した事にゼロマは心を痛めていた。
しかし国がここまで大きくなってしまうと一人の意思ではどうにもならずまたゼロマは基本的に優しい心を持っていたので、一方を切り捨てると言う事が出来ずに悩んでいた。
しかし、もしこのままこの国が歪んだ方向に行くなら強硬手段もやむなしとハンナにいつか戻って来ると信じているゼロに伝言を頼んだらしい。
ただそれを阻止する勢力も現れたので、ハンナは自分自身を封印してただただゼロの帰りを待っていたと言う。
「やはりそんな事だったか」
「まことに申し訳ありません。我らに力がなかったばかりに国をこの様に歪めてしまい、ゼロ様やゼロマ様、更にはハンナ様にまでこの様なご心配をおかけしてしまいました事、深くお詫び申しあげます」
首相と左大臣は深々と頭を下げた。そしてダッシュネルとその団員達もまた。
「さてこれからどうするかだが、その前にハンナ、お前随分と魔力が落ちたな」
「はい、申し訳ありません。この20年間時魔法を使っておりましたので魔力が落ちてしまいました」
「それでは満足に敵と戦えんぞ。いいだろう俺が補給してやる。お前ら3人手を結べ」
そう言って3人に手を結ばせてハンナの頭に手を置いて、気力を魔核に流し始めた。
ゼロ自身は魔力を持ってなので魔力の強化は出来ないが、魔力を作る魔核その物を復元再生は出来る。
それによって本人の努力で魔力の再構築は可能だろう。そして彼女らに以前の様な魔力の再構築をさせた。
それは実に物凄い魔力だった。ゼロの気力やゼロマの魔力を除いてこれだけの魔力を持つものはまずいないだろう。特にハンナはゼロマにすら迫る魔力量だった。
そしてゼロが次にやった事は、
「ハンナ、お前は時戻しの魔法と言うのを知っているか」
「はい。知ってはいますが、あれは途方もない魔力を使いますので今まで出来たものは誰もいないと聞いております」
「いいだろう。ではそれをやってみろ」
「し、しかし私の魔力では到底足りません」
「いいか、俺がお前の体に俺の気力を流し込む、それを感じたら魔核を通して魔力に還元しろ。そして時戻しの魔法を使え」
「はい、やってみます」
それは途方もない魔力だった。天をも突き破る様な魔力が吹き荒れ、ハンナと二人の獣人の体は金色に輝いた。
そしてその後に現れたのはハンナの若かりし頃の姿だった。恐らくは16歳位か。
二人の部下達も14歳位の姿になっていた。つまり最も力が充実していた頃の姿だ。
これなら誰と戦っても遅れを取る事はないだろう。
「ハンナ、俺とゼロマとで作った国の指針目録と言うのを知ってるか」
「はい、ゼロマ様からお預かりしております」
「いいだろう。ではそれを持って来い」
「はい」
そしてゼロは全員を広間に集めてこう話した。
「いいかよく聞け。確かに俺とゼロマとでこの国の基礎を作った。しかし今はお前達の国だ。この国を悪くするも良くするもお前達次第だ」
「ただ俺達が目指した国創りを大きく踏み外して他の種族に無理強いをしたり、差別を強要するような国は俺達は認めない」
「ここに俺とゼロマとで作った指針目録と言うのがある。これを参考にしてより良い国づくりをしてくれ」
「これからはお前達の手で不正を正して住み易い世の中を作ってくれ。それがゼロマの望みだ。そして俺の望みでもある」
「はい、肝に銘じまして」
「それからダッシュネル、お前はソリエンの北にある「ソリエン居留地」と言う所に行け。その中に「自警団カリヤ」と言う組織があって-リーダーはダニエルと言うヒューマンだ。その男と協力して目的を達成しろ。きっと協力してくれるはずだ。俺から手紙を書いておく。それと悪いがそこにいるヒューマンの女も一緒に連れて行ってくれないか」
「はい、わかりました。ゼロ様」
「様はいい。俺はお前の師匠ではないからな。今まで通りでいいだろう」
「そ、そんな」
「あ、あのー何でわたしはそこに行くんです」
「そこは表向きは獣人の管理下の様に見えるが、中はヒューマンだけの自由な町だ。まともな冒険者ギルドもある。そこならあのクラウン達も追っては来ないだろう。お前はそこでもう一度鍛え直してこい」
「そんな」
「わかりました。お連れします」
「ああ、頼む」
「それとハンナ、まだ味方になってくれる戦力はあるだろう。この遊撃騎士団の様な。そう言うのを集めて右大臣に対する抵抗勢力を作れ。まぁお前一人がいれば何とかなるかも知れんがな」
「わかりました。対処いたします、お師匠様」
「それと左大臣のブルームさんだったか」
「ブルームで結構でございます」
「闇の歴史書の事だが、あれはこれからもそのままで維持してくれ。今回の事も含めて」
「よろしいのですか、あなた様のお名前を出さなくても」
「出した方がより混乱を招くだろう。俺は闇のままでいいからそうしてくれ」
「はい、承りました」
「ああ、それと言い忘れたがな、四天王はもう倒しておいたから心配するな」
「流石はお師匠様ですね」
「あんな奴ら、お前でも簡単に倒せるぞハンナ。しかし本当にみんな弱くなったな」
「はい、それはわたしも感じておりました」
「これからはお前がしっかり鍛えてやってくれ。でないとこの国はもたんぞ」
「はい、承知いたしました」
「それと首相」
「はい、何でございましょう」
「あんたは全国に檄を飛ばして右大臣の反対勢力を結成してくれ。あんたが生きていると知れば集まって来る者も多くいるだろう」
「承知いたしました。軍師様」
「軍師様はこの後どうされるのですか」
「俺はお前達の準備が整うまでもう少しここに留まる。準備が出来たら教えてくれ。それまで俺はゼロマの瞑想の間にいる」
「わかりました。ではのちほど」
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