第20話 大軍の殲滅
獣人国キングサルーンの首都防衛軍3万は戦う国の情報も何も教えられずに進軍していた。ただ指揮官のみが詳しい事は知っていると教えられて。
キングサルーンの首都から西南に2日ほど行くとその辺りは草原だった。首都防衛軍はここを2日目の野営地と決めた。
ただその草原の南の方は広大な森につながっていた。その森には魔物も多くいるとの事だったが、ここからならまだ距離があるので魔物もそうそうとは出て来ないだろうと考えていた。
『ほー今回はまた随分と大所帯で来たものだな。ざっと3万ほどか。さてどうするか。いちいち戦うのもかったるいしな。ここは団体戦で行くか。決戦の日は明日だな』
今日より明日の方がこのまま進めばより森に近づく。それならあの作戦も使いやすいだろうとゼロは考えていた。
『さて今日は軍人さん達に面白いものを見せてやろう。軍人と言うのは対人戦には特化してるんだが魔物相手ではどうかな』
今回のゼロの作戦はかって獣人国カール とガルゾフ共和国の貴族合同軍との戦いの時に使った作戦と同じだ。
ゼロは人口のスタンピードを計画した。この森にいる魔物に指向性のある恐怖を与えて森の北側の外に誘導したのだ。
それと同時にある一つの事をした。それは隠形の法で敵の北側に回り、手榴弾による先制攻撃を掛けたのだ。ただしそれは誘導の為の攻撃だった。
しかしそんな事を知らない兵士達は敵の攻撃と勘違いして南へ撤退を始めた。これは敵が誰か、または何処の国なのかと言う情報を持たなかった欠点とも言えるだろう。
南に撤退した兵士達の前に待っていたのは押し寄せて来る魔物の大軍、つまりスタンピードだった。
十分な防御態勢さえ取れていない軍にはどうする事も出来ず、片っ端から殲滅されていった。
荒野に繰り広げられる獣人と魔物の大戦争。確かに数の上では獣人軍の方が上だが魔物との戦い方に慣れてない獣人軍はどんどんとその数を減らして行った。
だからと言って撤退する事も出来なかった。このまま放置すればこの魔物の大軍は獣人達の首都を襲う事になる。何が何でもここで食い止めなければならなかった。
『進むも地獄退くも地獄と言った所だな。まぁこんな計画を立てた上層部を恨むんだな』
長引く魔物との戦いで獣人軍はその7割を失っていた。しかしまだ魔物との戦いは続いている。このままでは本当に首都の守護は危ない所まで来ていた。
『そろそろいいいか、せめて首都への魔物の侵略だけは止めてやるか』
そう言ってゼロがやった事は手榴弾による全滅作戦だった。しかしこの作戦に獣人も魔物もその区別はなかった。戦うもの全てを殲滅して行った。
今回のゼロが使った手榴弾は爆破の規模と威力がが違った。今で言えばクラスター爆弾並みの物を凝縮したものだった。これはもう戦術核に次ぐ兵器だろう。
元々ゼロを敵として敵対した時点でこの軍隊の運命は決まっていた。理由が何であれ自分に敵対する者をゼロは絶対に許さない。かならず殲滅する。それが『戦場の死神」だった。
ゼロは個の戦いでは時たま情を見せる事もあるが群の戦いや国家の戦いでは完全な『死神』と化す。
この報告もまた首都の上層部に伝えられた。
「い、今なんと言った。もう一度言ってみろ」
「はい、首都防衛軍は全滅しました」
「3万だぞ。3万の軍隊がたった3日で全滅したと言うのか」
「いえ、開戦そのものは半日程度だったと聞いております」
「たったの半日で3万が全滅する戦いが何処の世界にあると言うのだ。そんな事が信じられるか」
「ただ今回はスタンピードが起こったようです。その為に魔物達と戦い全滅したと聞いております」
「そんな馬鹿な、この時期にスタンピードだと。その様な兆候は何処にもなかったではないか。仮にスタンピードがあったとしてもだ、3万もの兵士がいたのだぞ、どうして魔物程度に勝てないのだ」
いや、それは無理と言うものだろう。首都の兵士と言えどももうこの100年、本当の戦争など誰も経験をしていない。
その上に獣人やヒューマン相手の訓練はしても魔物相手の戦い方などわかるはずもなかった。なら負けて当然だろう。
ただ救いはこの3万の軍隊はあくまで首都防衛軍であって国防軍ではないと言う事だ。国防軍自体はまだ30万と言う兵力を有している。
「つまり我々の兵士はそれだけ弱いと言う事か」
「そうとも言えような」
「ならもし今他国に攻められたら」
「守り切れるかどうかはわからん。それにここを守る3万もの軍を失ったのだ。この首都だって守れるかどうかはわからんぞ。早速補充せねばならんだろう」
「それとこれは推測の域を出ませんが、あの戦いの中で魔物とは思えぬ攻撃の痕があったと報告されております」
「それはどの様な事だ」
「それが確かな事はまだ何も」
「しかし、しかしそれではこれからどうすればいいのだ。その男はまだ生きておるのか」
「はい、こちらに向かっているとの情報です」
「そんな・・・わしは考え事があるのでちょと失礼する」
「情報部隊いるか」
「はい、こちらに」
「右大臣ハーライト殿の様子を探れ。何かおかしな事があれば直ぐに知らせよ」
「御意」
『今回の事は本当に偶然だろうか。いや、違う。それは我らの聖地カール国がガルゾフ共和国の貴族合同軍と戦った時の事だ。その時のガルゾフ共和国の貴族合同軍は30万だったと史上に残っておる。正に今回の10倍だ。そしてあの方はやはりスタンピードを誘発して殲滅させたと闇の歴史書には書かれてあった』
『我々はもしかすると、とんでもない虎の尾を踏んでしまったのかも知れんな。いや、竜の尾か』
「ルイトボイル様」
「ブルームか、どうじゃ様子は」
「はい、思わしくありません。我々の作戦はことどとく失敗して多くの兵を失っております」
「つまりそれだけ相手が強大だと言う事か」
「強大と言う言葉では収まり切れないかも知れません」
「それ程の者がいるのか」
「はい、考えられるのはこの世にただ一人です」
「それは誰じゃ」
「獣人国創設の時に英雄ゼロマ様と共に建国に携わったお方です。そしてそのお方はゼロマ様の師でもあったと伝えられております」
「それは御伽噺ではないのか」
「いえ、伝説では実在された方だと」
「しかしあれからもう100年じゃぞ。大戦の後その様な方を見た者は誰もおらん。もしおられたとしてももう亡くなられたのではないのか」
「わかりません。ただ可能性の問題です」
「だとしてもじゃ、仮にその方があの人物であったなら、何故この国を攻撃する。ゼロマ様とご一緒にこの獣人国をお創りになった方ではないのか」
「わかりません。ただ考えられるのは我々の施政に問題があるのかも知れません」
「それはどう言う事じゃ」
「あの方々の考えられた獣人国と今の獣人国が違っていたら」
「それは粛清と言う事か」
「これもまた可能性の問題です」
「ブルーム様」
「情報部か」
「はい」
「どうだった」
「ハーライト様は荷物をまとめて出奔される予定かもしれません」
「わかった。直ぐに捕縛隊を向かわせろ。許可は私がハイトボイル様からもらっておく。特に証拠になる様な物は全て押さえよ」
「御意」
この右大臣ハーライトには前々から黒い噂があったが権勢と軍事力で誰も手が出せなかった。
しかしここ最近は、彼の軍の掌握力にも陰りが出て来ていた。そこに今回の軍部の壊滅によって彼を支える力の基盤が消えたのだ。だから彼はここが逃げ時と考えたのだろう。
彼がこれまで行ってきた行政はゼロマが唱えていものとは真逆のものだった。そしてそれを正そうとした者達はみな闇から闇へと葬られた。
首相ですら軍部の力の前に彼には逆らえなかった。彼の主義は獣人至上主義だ。かって聖教徒法国の掲げた人類至上主義と同じものだ。
それは決してゼロマが望んだものではなかった。そしてゼロもまた望まなかった。
ゼロマは薄々気づきながらも修正出来ずにこの世を去った事をきっと悔やんでいる事だろう。
組織も大きくなるとなかなか一人の意思で動かすのが難しくなる。要するにあちらを立てればこちらが立たずと言う事になる。だから心優しい者には難しい。
しかしゼロと言う男は違う。誰の顔も知った事ではない。邪魔する者は誰であろうと容赦なく叩き潰す。それがゼロだ。
その後ゼロは単身で首都サルーンに向かっていた。もはやゼロの前に立ち塞がる者は誰もいなかった。
たまに単発で襲ってくる者もいたが問題にもならなかった。そんな時一つのグループがゼロの前に立った。
それはゼロが一度ソリエンであった事のあるゼロマ遊軍騎士団だった。彼らは巡回巡視に出ていたのでこの異変を知らなかった。
「あんたは確かゼロさんとか言ったかな」
「ああ、そうだ。あんたはゼロマ遊軍騎士団のダッシュネルさんだったよな」
「そうだ、今巡視から帰って来た所でな、これから首都に向かうんだがあんたは何処に行くんだ」
「俺も首都に行こうと思ってる所だ」
「なら一緒に行かないか。こっちはもう公用は終わったので後は休みみたいなものだからな」
「いいのか、俺は市井の一冒険者だが」
「オークキングを単体で倒せる冒険者を市井の一冒険者とは言わないだろう」
こうして敵味方とも言える二人が共に首都に向かった。勿論首都に住む一般の市民は外で何が起こっているのかは何も知らない。当然ゼロの事も。
首都の正門にたどり着いたゼロはダッシュネルのお陰で面倒な質問や検査もなく首都の中に入る事が出来た。
ゼロはダッシュネルに礼を言って冒険者ギルドの場所ともし良い宿屋を知っていれば教えて欲しいと頼み、ここがお勧めだと一軒紹介された。そして二人はまた機会があれば会おうと言って別れた。
ダッシュネルに教えてもらった冒険者ギルドの場所はかってゼロが知っていた所と同じだった。
取り敢えずはギルドで冒険者カードの登録をしようと中に入ったら、意外とここにはヒューマンの冒険者もそこそこにはいた。
ここは首都だけあってそれなりには開放されるのかなと思ったが、どうもヒューマン達のゼロを見る目が少し違っていた。
ゼロが受付で登録すると、あなたはEランクなんですね、誰かとパーティはもう組んでいるんですかと聞かれた。
まだだと言うとではクラウンに入る気はありませんかと言われた。クラウンとは何かと聞くと、冒険者のパーティをまとめ上げているグループの事らしい。
クラウンに入ると必要に応じて必要なパーティに組み入れてくれるので便利だとも言う。要するに人材派遣会社みたいなものか。
特に必要はないので今はいらないと言って薬草の依頼だけ受けてギルドを出ようとしたら、一人の女のヒューマン冒険者が話しかけて来た。
「ねーあんたEランクなんでしょう。しかもヒューマンだし、弱いからあたし達のクラウン「ゴールドストーン」に入らない。外敵からも守ってくれるし、それにうちは大きいから資金も豊富だし、装備も色々面倒見てくれるわよ。どう入らない」
『なるほどここのヒューマン達はみな何処かのクラウンに属して同じヒューマンの勧誘をしているのか』
「今は間に合ってるからいらんよ」
「あんたね、そんな事言ってると早死にするわよ」
『それって何処かで聞いたセリフじゃなかったか』
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