第19話 破壊の軌跡
ゼロは首都までの道すがら悪政を敷いていたそれぞれの町の官憲やその責任者を血祭りにあげて進んで行った。
ゼロはもはや自分を抑える事を止めた様だ。「戦場の死神」に戻ったと言う事か。
その報告は次々と首都の幹部達の所に届いていた。
「どう言う事だこれは。たかがヒューマン一匹に町が破壊されているだと。そんな事があってたまるか」
「そのヒューマンと言うのはどんな奴なのだ」
「それが片腕のヒューマンでEランクの冒険者でゼロと言う者だそうです」
「そんな事がある訳ないだろう。どうしてEランク程度にそんな事が出来る」
「おい待て。今確か片腕でゼロと言ったか」
「はい」
「おい、それってあのソリエンにいた奴じゃないのか」
「そう言えば確かにゼロと言う片腕の冒険者がソリエンにいたな」
「その男はもうソリエンを出たそうだ」
「ではその男なのか、今破壊活動をやっているのは」
「そんな事はあり得んだろう。Eランクだぞ」
「しかしな。もう少し調べてみる必要があるな、それと暗殺部隊を送れ」
「承知いたしました」
ここで一人の施政者、左大臣のブルームは一つの危惧を抱いていた。ゼロと言う名前。それはまさかあの隠蔽された闇歴史に出て来るあのお方の名前ではないかと。
首都から送られたのは諜報部の隠密部隊だった。諜報部には情報部隊と隠密部隊がある。
隠密部隊は主に非合法活動をする部隊の事だ。そこには暗殺も含まれる。
このネーミングからしてそれはゼロの知識からの受け売りだ。その彼らはゼロが立ち寄りそうな町に先に潜入して、そこの住人に成りすましてゼロを待っていた。
ある者は店の従業員に、ある者は商人に、またある者は売り子にと。しかし彼らは知らなかった。初代諜報部の者達にそれらの知識を与え指導したのがゼロだった事を。
当然その様な幼稚な非合法活動などゼロには丸わかりだ。そして彼らが手を出す前に逆に一人一人暗殺されていった。流石は暗殺拳の宗家と言うべきか。
「どうした。暗殺部隊の消息が掴めないだと。それはどう言う事だ」
「もしかしたら逆に倒されたのではないか」
「そんな馬鹿な事が、奴らは首都でも名うての使い手だぞ。それを10人も送ったのだ、遅れを取るはずがなかろう」
「しかし未だに連絡がない事がそれを証明しているのではないか」
「だとすれば、奴は一体何者なのだ」
皆の心の中に一瞬不安が横切った。
「この後は如何いたしましょうか」
「こうなったら迎撃隊第一班1,000人を送って迎え撃て」
「まさか、それ程の規模を」
「構わん。何もなければそれでよい」
送り出された迎撃隊第一班ではこんな会話がなされていた。
「隊長、我々は一体何処と戦争をするんです。この100年、戦争らしい戦争はもうないんですが」
「それは俺にもわからん。ただこちらに向かって来る片腕のヒューマンを倒せと言う命令だ。もしかするとその男の背後には何者かがいるのかも知れん」
「そうですか、でもいいかも知れませんね、ここしばらく平和が続き過ぎで腕が鈍って仕方なかったんです。少しは腹ごなしの運動になるかも知れません。しかしたった一人のヒューマンとは話にもならんでしょう。上は一体何を考えてるんでしょうかね」
「おい、噂をすればあれがそのヒューマンじゃないか」
「確かに片腕ですね。じゃー隊長、俺が一つ試して来ます」
そう言って副隊長のアルミンは馬を蹴立ててゼロの元に向かった。
「お前が片腕のヒューマンか」
「見ての通りだがお前は何だ」
「俺は迎撃隊第一班の副隊長アルミンと言う者だ」
「その副隊長さんが俺に何の用だ」
「悪いんだがなお前を倒せと言う命令を受けたんでな」
「ほー、それでお前一人で出てきた訳か」
「ああ、お前一人くらい隊員の一人でも十分なんだが俺も暇してるんでな」
「奇特な奴だなわざわざ死にに来るとは」
「ぬかせ」
騎乗からゼロを突き刺そうとしたアルミンは逆にゼロに槍を掴まれて馬から引き落とされてしまった。
「おいおい、まじかよ。俺を馬から落とすとはな」
「お前は槍が得意なのか」
「ああ、槍のアルミンと言えば少しは知られた名でな」
「そうか、ならその腕見せてもらおうか」
アルミンの突きは神速とまで言われた突きだったがゼロには止まった様に見えていた。アルミンはゼロに掠らせる事すら出来なかった。
ならばと神速の三連突きを放ったがこれも空を切った。こんな事はアルミンにしても初めての事だった。
「お前の突きはまぁまぁと言うとこだがそれではまだ一人前ではないな」
「何だと、お前に槍の何がわかる」
「槍とは突き、打ち、薙ぎが出来て初めて一人前になれる」
「馬鹿な、そんな技法は聞いた事もないぞ」
「では見せてやろう」
そう言ったかと思うとゼロの右手に一本の槍が握られていた。一体何処から出したのか。
例え槍を握ったと言え、所詮は片手だとアルミンは高をくくっていた。
するとその槍はアルミンよりも速い速度で突いて来た、アルミンは辛うじてかわしたが頬には切り傷が付いていた。
それを意識するよりも速く左側頭部に石突が横殴りに飛んできた、それをかわしたと思った時には左足の膝から下が切り落とされていた。その動きがまさに一瞬だった。
アルミンはバランスを崩して倒れた顔の横に穂先が刺さっていた。アルミンは足の痛みも忘れてただゼロを見上げていた。
「わかったか。今のが基本の動きだ。これらが出来て初めて一人前と言えるんだ。お前はまだまだだな」
アルミンは本当に唖然としていた。これほどの槍使いはアルミンも見た事がなかった。しかもそれを片手でやるとはレベルが違い過ぎた。
これを見ていた隊長のドミニクも驚きを隠せないでいた。隊一番の槍の使い手と言われたアルミンがまるで子供扱いだ。
直ぐさまドミニクは突撃の指令を出し、救護隊にはアルミンの救出を命じた。
ゼロは1,000に近い迎撃隊に取り囲まれていた。これから1対1,000の戦いが始まろうとしていた。
「で、お前達が迎撃隊と言う訳か」
「やっとわかったよ。何故俺達にお前一人を殺せと言う命令が出たかがな」
「そうか、お前らなら多少は俺を楽しませてくれると言う訳か」
「ああ、存分にな、みんな掛かれ!」
この時ゼロは槍から鞭に武器を取り換えていた。この状況でならこの武器の方が戦い易いと判断したんだろう。
そこからはゼロを中心に騎馬隊が周りを回りながら攻撃を掛けて行ったが、片っ端から鞭で馬から落とされその時には既に命が絶たれていた。これではどちらが攻撃しているのかわからない。
迎撃隊の9割を失った時点で隊長のドミニクは馬を降りゼロと面と向かった。
「少し遅かったな。もう少し早くこうしていればここまで兵を失う事もなかっただろうに」
「かも知れん。お前を過小評価し過ぎていたようだ。ここからは俺が戦わせてもらう」
「お前はあの槍使いよりも強いのか」
「ああ、そのつもりだ」
「そうか、じゃーやろうか」
隊長のドミニクは二刀剣使いだった。言ってみれば宮本武蔵の二刀流の様なものだ。ただ大小の長さではない。同じ大剣だ。
その二刀を巧みに操ってゼロを攻めていたがやはりゼロにはかすりもしなかった。ゼロは鞭を折りたたんで柄の部分でその二刀を弾いていた。しかも片手でだ。
ならばと片手では絶対に防げない刀法、同時に左右から切りかかった。両刃は完全にゼロを捉えていたが途中からゼロの姿がカスミの様に消えた。
その時にはゼロは距離を取り同時に鞭がドミニクの首に巻き付いていた。そのままゼロは引き込み投げた。
地上に背中から落ちた時にゼロはドミニクの左上腕を踏み抜いた。骨は完全に粉々に粉砕された。これでは治癒魔法でも元に戻る事はないだろう。
「残った奴らの命は取り敢えず預けておいてやる。親玉の元に戻って首を洗って待ってろと言っておけ」
そう言ってゼロは平然とその場を去って行った。残った兵士達は震えて動く事さえ出来なかった。それはまさにバケモノを見る目だった。
この報告はドミニク隊長自身の口で首都の指導部に伝えられた。
「本当にお前らは負けたのか。1,000の兵を擁して」
「はい、わずか100人ほどの命は助かりましたが、それはあの男の気まぐれかも知れません。本来なら私を含めて全滅していたでしょう」
「それほどの男か、あの片腕は」
「はい、Eランクなどとんでもない話です。恐らくは超AランクもしくはSランクと言われても驚きはしません」
「そんなヒューマンがこの世にいるのか、信じられん。あの戦争の際、ゼロマ様が倒されたかこの大陸から撤退させられたはずだ。まだ残ているなど考えられん」
「ハーライト、今更そんな事を言っても仕方なかろう。これからどうするつもりだ」
「ここまで来て引くわけにはゆくまい。それでは我が国の威信にかかわる」
「それはそうだが迎撃隊ですら倒せんとなると」
「やむを得まい、全力を持って当たろう」
「どういう意味だ」
「残りの迎撃隊を含め、この首都防衛軍の全兵力で叩き潰すと言っておるのだ」
「お主それは正気か、たった一人のヒューマンの為に。それでは国と国との戦争の規模だぞ」
「仕方ないだろう。迎撃隊でも倒せなかったのだから」
「それはそうだが、しかしの・・・」
左大臣であるブルームの危惧は益々高まっていた。
『やはりこれは首相殿に報告せねばなるまい』
こうして右大臣ハーライトの指揮の元、3万にも及ぶ防衛軍が集められた。しかしこれはもうヒューマン一人などと言う規模の戦いではない。一国を相手にする軍事規模だ。
集められた兵士達も何の為に、何処と戦うのかさえも知らされてはいなかった。それは指揮官のみに知らされていた。
こんな事を一般兵士に知られたらそれこそ国の面子にかかわるからだ。
この進軍の前に迎撃隊第二班の副隊長オットマンが第一班のアルミンを軍病院に訪ねていた。このオットマンもまた槍の達人として知られ、アルミンとは良きライバルだった。
「よう、アルミンどうした。やられたんだってな」
「オットマンか、ああ片足をバッサリとな」
「お前ほどの男がどう言う訳だ」
「なー、オットマン、俺達は世間では槍の達人と煽てられているがな、あの男の前ではガキみたいなもんだった」
「どう言う意味だアルミン。話せ」
アルミンはゼロと戦った時の事をオットマンに話した。初めは信じられない様な顔をしていたが、その技に及んで初めてその男の凄さがわかったようだった。
「それは本当なのか、本当にその様な槍の使い手だったのか」
「ああ、もしあの男が敵でなかったら弟子になりたいくらいだ」
「槍の達人か、もしかしたら俺達はその男と戦うのかも知れないな」
「どう言う事だ、オットマン」
オットマンは今回の出陣の話をアルミンにした。アルミンは目をつぶり何かを考えていたが、不意に「オットマン逃げろ」と言った。
「お前何を言ってる。これは国の命令だ。そんな事が出来る訳がないだろう」
「なら出来るだけあの男とは戦うな」
「お前な、今回の規模がどんなものか知ってるのか、3万だぞ。3万の大軍だ。国だって侵略出来る数だぞ」
「確かにそうだ。だがあの男は違う。きっとその数でも勝てないだろう。これはあの男を目の前にした者にしかわからんだろうな」
「わかった。一応心に止めておこう」
しかしオットマンはこの時、アルミンは負けた事で恐怖に包まれてしまったんではないかと思っていた。
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