第17話 抵抗の女神2

「それじゃー先ずはあんたの傷を治そうか」

「な、何を言っているのです。私に近付いたら殺しますよ」

「ここまで迷惑を掛けておいて今更殺すはないだろう。心配するな俺は薬師だ。薬も持ってる」


 そう言ってゼロはその女の横腹の怪我の治療を始めた。どうやらこれは槍で突かれた痕だった。


『こいつらの上を行く槍使いがいたと言う事か』


 あの男が言った様にこの隠れ家が見つかる事はなかった。しかしその女は精神的にも肉体的にも疲れたのだろう。その後眠ってしまった。


 翌朝、ゼロの気功治癒と薬草で傷口はほぼ塞がっていた。


「これを飲んどけポーションだ。体力が戻るだろう」

「何故あなたはここまでしてくれるのですか、私達はお尋ね者ですよ」

「らしいな、あんたらがあの有名な『赤いサソリ軍団』か」

「そうです。どうします、私を突き出しますか」

「俺は冒険者だがそんな依頼は受けていないんでな」


「では見逃すと仰るんですか」

「お前を助けたのは俺じゃない。あいつの家訓を無駄にする訳には行かんだろう」

「そうですね、あの方は一体何者なんです」

「さーな。おっと、どうやらお前の迎えが来た様だぞ」


 その時小屋の前に四つの影が降り立った。その中の一人は途方もない魔力の持ち主だった。


 ゼロはあれが「赤いサソリ軍団」の親玉かと思った。


 その中の3人が踏み込もうとした時、グレーシアと呼ばれた女が小屋を飛び出して「お姉さま、任務の失敗申し訳ありませんでした」と言った。


「やはりあの自爆魔法はアルノーだったのね」

「はい、お姉さま。皆私を逃がす為に」

「そう、そうだったの。それで貴方は。ん?、誰ですかそこにいるのは」

「おいおい、俺は敵じゃないぞ」


「ふん、獣人に迎合する哀れなヒューマンですか。私の妹を人質にでもするつもりだったのですか。許しません」

「お、お姉様、違うんです」


 そう言った時にはその女の剣が横一文字に一閃していた。普通の者なら胴体は真っ二つになっていただろう。それ程の鋭い剣だった。


 しかしゼロはその剣を双魔剣で受けていた。


「私の剣を受けますか。思ったより出来る様ですね。では今度は確実に殺して差し上げましょう」

「おいおい、どうなってるだ。お前の姉は馬鹿か」

「馬鹿とはなんですか馬鹿とは。もう許しません」


 大丈夫かこの女は。そう思いながらゼロは双魔剣で彼女の攻撃を全て受け流していた。


 確かに良い腕をしている。これならどんな獣人にも後れを取る事はないだろう。しかしこの剣何処かで見た事があるなとゼロは思った。


 そしてあの剣技の合間合間に取るあの無意味なポーズは何だ。やはりこいつ馬鹿だなと思った。まるであいつみたいに。


「中々やりますね、冒険者にしては」

「あのさー、お前のその無駄なポーズ、お前はコーネリア所縁の者か」

「な、何でお前はおばあ様の名前を知っているのです」

「やっぱりな、そうだと思ったぜ。あいつらしい剣だ」

「お姉様違うんです。この方は私を助けて下さった方なんです」

「えっ、ええっ、なんで」


「ごめんなさい。お姉様は良い人なんですけど少しそそっかしいんです」

「少しってレベルか」

「すみません」

「申し訳ない。ご無礼仕った」


 事なきを得て双方紹し合った。今更紹介もないだろうが相手はやはり「赤いサソリ軍団」の団長ベティーナと言う女だった。そして助けた女がその妹グレーシアだった。


 ゼロ以外に助けてくれた者がいた。しかもそれが獣人だと聞いてベティーナや部下達は驚いていた。


「獣人だからと言って皆が皆悪い奴ではないだろう」

「それはそうかも知れんが、今まで良い獣人など見た事がないぞ私は」

「私もです」

「今の状況を見ればそうかも知れんな。何処でこうなってしまったのか俺も残念だ」


「ところでお尋ねしたいのだが、どうして我がおばあ様の名をご存じなのだ」

「ああ、それはうちの親父から聞いたのだ。昔ヘッケン王国の騎士団に赤い炎の魔剣を使う団長がいたと言う事だった。その時聞いた剣技があんたの剣技に似ていたからな」

「そ、そうでござったか。この剣技は我が一門に伝わった剣技なのだ。しかしそれにしてもお主はすごいのー、この私の剣と互角に打ち合うとは。きっと高名な冒険者殿なんだろうな」

「俺はただのEランク冒険者だ」

「そんな馬鹿な事があってたまるか。私と互角に打ち合う者がEランクだと。それは間違っておるだろう」


「それは良いんだが、あんたらこれからどうするつもりなんだ」

「それは決まっておる。この不条理な世界を正すのだ。我々ヒューマンは虐げられる種族ではないと分からせねばならん」

「やっぱりそうなるか。しかしこれだけは覚えておいてくれ。仮にお前達の自由が取り戻せて復権出来たとしても獣人達を今のお前達の立場に置くな」

「何故だ。我々はこれまでどれだけ搾取され圧制され惨めな生活を強要されてきたと思っておるのだ」


「それは事実だろう。そして100年前の獣人達が今のお前達の立場だった事もまた事実だ。そんな事を繰り返せば負の連鎖でしかない。お互いを憎み合い苦しみ続ける未来しかないと言う事だ」

「ではどうすれば良いと言うのだ」

「離れろ。一緒に住むな。今の俺に言える事はそれだけだ」


 ゼロは彼女らとの連絡方法だけ聞いて「赤いサソリ軍団」とは別れたが正直彼女達の行く道は難しいだろうなと思っていた。


 彼女達だけならそれも可能だろうが、彼女達の目的はこの地のヒューマンの救済だ。ならこの地に留まって獣人達と戦うしか方法がない。


 そしてその先にどんな未来が待ってるかは誰にもわからない。


 今回の襲撃を受けて区長は町長に連絡し、町長は緊急事態として州長に連絡し反乱鎮圧部隊の要請をした。


 そしてその為に組織されたのは5,000からなる一個連隊だった。その数がこのクレーブスタウンに向かっていた。


 薬草採取から戻ったゼロはギルドマスターに呼ばれ、5,000からなる反乱鎮圧部隊が今こちらに向かってると聞かされた。


「で、あんたはどうする気なんだ」

「この状況では俺に出来る事は何もない。せめて逃げろと伝えてくれ。それに本来冒険者ギルドも冒険者もこの手の事柄に関わる義務はないしな」

「確かにその通りだがここの冒険者達が何もしないと言う事はないだろう」

「そうだな、あの反乱鎮圧部隊の応援をするだろうな」

「だろうな」

「ではお前はどうする気だ」


「本来なら俺が関与する事ではないのかも知れんが、今のこの国のあり方には少し問題があるからな」

「では関与すると」

「そうだな、あいつらをむざむざと殺させる訳にもいかんしな」

「おいおい、まさかお前一人であの軍隊に戦いを挑もうなんて考えてないよな」


「まぁ、出来る事をやってみるさ。ところでこの町に槍の使い手はいるのか」

「槍の使い手か。それなら区長の警備を任されているパウル班の班長パウルだろう。この辺り切っての槍の使い手だ。気を付けろ奴は強いぞ」

「わかった」


 ゼロは取り敢えずベティーナ達に5,000の反乱鎮圧部隊が向かって来てるので身を隠せと言っておいた。


 しかし赤いサソリ達は最後の覚悟を決めていた。勿論逃げる事も地下に潜る事も出来るだろう。


 しかしそうすれば見せしめに何百何千と言うヒューマン達が殺されるかも知れない。それ位の事は平気でやるだろう。


 自分達の為にそんな犠牲を出す事は出来ないと考えていた。こうなれば玉砕覚悟で戦うしかないと。


 しかしその前に5,000の進軍の前に立ちはだかった者がいた。


「何だお前は。ヒューマンか、ヒューマンが何用だ」

「出来ればこのまま引き返してくれると助かるんだがな」

「何を馬鹿な事を言っておる。我々はクレーブスタウンの反逆分子の殲滅に行くのだ。邪魔をするな。いや、お前もヒューマンならまずはお前から血祭りにあげてやろう」


 その言葉が戦闘開始の合図だった。その後途方もない戦いが始まった。一対5,000の戦いだ。常識外れにも程がある。


 そしてゼロは本当に一人で5,000の軍を殲滅してしまった。正にバケモノとしか言いようがない。


 この知らせを受けた町長も区長も肝を冷やし震えていた。もしそのバケモノがこの町にやって来たらと。


 しかしそのバケモノは本当に乗り込んで来た。幾人もの衛兵を無造作に倒して町長の館に。


 しかしそのゼロの前に立ちはだかった者がいた。一本の槍を手にした騎士だった。


「お前がパウルと言う槍の使い手か」

「ほー俺の事を知っているのか。なら大人しく縛に就け」

「嫌だと言ったら」

「どうせお前は極刑だ。なら俺がここで替わって処刑してやろう。神速の槍で処刑される事を誇りに思え」

「出来るかな」

「ぬかせ」


 パウルの槍は神速の槍と言われていたがゼロの目にはのんびりとした動きにしか見えなった。


 ゼロはパウルの槍を全て双魔剣で受け流していた。パウルにしたら信じられない事だった。今まで誰にも見切られた事のない神速の槍がこうもあっさりと捌かれるとは。


「き、貴様はなんだ。ヒューマンだろう。何故ヒューマンに俺の槍が見切れる。しかも片手で」

「その程度で神速と言うのか、駄速もいいとこだな。本当の神速と言うのを見せてやろう」


 そう言って一閃したゼロの剣の後にパウルの首はそのまま肩の台座に乗っていた。


「わかるか。今お前の首が切られた事が」

「な、何だと、俺の首が切られ・・・た・・だと」


 そしてコトリとパウルの首が肩から落ちた。


 その様子を見ていた衛兵や騎士達は腰を抜かし震え上がって動く事すら出来ずにいた。


 ゼロはそのまま奥に進み区長と一緒にいる町長の目の前に立った。


「な、何だ貴様は」と言った途端に両サイドにいた護衛の首が飛んでいた。


「お前達もこうなりたいのなら好きな事を言っていろ。生きている内にな」

「ま、待ってくれ、いや、待ってください。話し合おうではないか。いや、お願いします」


 ゼロの示した条件はヒューマンの人権の復活だった。立場は全てここの獣人と同等の物とする事。そして職業の自由と税金も獣人と同じ割合いにする事。


 そして獣人の代表とヒューマンの代表とでこの町に関する会議を持ち同等の発言権を持つ事。


 そしてヒューマン側の擁護人として「赤いサソリ軍団」を置く事。勿論犯罪者ではなく正規の権限を持つ者として。


 つまり政治の駆け引きとは軍事力がバックにあって初めて対等に出来るものだと言う事をゼロは示していた。


 しかし町長達はこれれを飲まざるを得なかった。でなければ自分達の命はないとわかっていたので。


 このべらぼうな取引がゼロの意向により決定された。そしてこれは住民全てに知らされた。


 これは獣人達に取っては到底納得の出来る事ではなかったが、これに反対する者は全て牢屋にぶち込まれた。なら納得するしかなかないだろう。


 そして赤いサソリのベティーナとグレーシアも何が何だかわからない内にとんでもない事になっていた。


 一体どうしたらこんな事になるのか。正直見当もつかなかったが少なくともヒューマンの人権は守られる事になった。彼女らの目的は達せられたのだ。


 あの5,000の軍隊は一体どうなったのか。それは一部の者達しか知らなかったし誰も話そうとはしなかった。


 州長には反乱鎮圧部隊は現れなったと町長が報告した。


 そして冒険者ギルドのギルドマスターのバルキスは昔聞いた御伽噺を思い出していた。その軍師様はたった一人で10,000人の軍勢を殲滅したと。


『ま、まさかな。まさかあいつが軍師様、そんな事ある訳ないか、あはは、そうだよな』

 

 ただゼロはこれは所詮一時的な処置でしかないだろうと思っていた。もし中央がこれを知ったら潰しに来るだろう。


 ならそれまでに中央を何とかすればいい。ゼロの心の中にはそんな思いが芽生えていた。

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