第16話 抵抗の女神

 獣人の世界になったからと言ってヒューマンがこの世から消えた訳ではない。


 むしろ人口的にはまだヒューマンの方が多い。それにこの広い大地と町を獣人だけで管理運営する事など到底不可能な事だった。


 だからどうしてもヒューマンの労働力は必要になる。それでも重要なポストは全て獣人達が握ってる事は言うまでもない。


 かっての日本の統治国家の様な物だ。しかしその内容はそれよりもかなり酷い。


 だからそれに反旗を翻して抵抗しようとするヒューマン達もいた。


 ある意味勇敢だと言えるだろう。こんな状況でそんな事が出来ると言う事は。


 ヒューマンの貴族も領地も維持されている所は結構ある。しかしその軍事力は完全に弱体化されていた。


 そんな中でバックアップもなしに獣人と戦う事は自殺行為に等しいと人々は思っていた。


 しかしそれでも生活に苦しむヒューマンの為に悪政に敢然と立ち向かう者達がいた。その名を「赤いサソリ軍団」と呼んだ。


 暴利を無竿る獣人からはその財を奪い、飢える者達に分け与え、ヒューマンに謂れのない無慈悲な罪を課す獣人達は成敗した。


 彼等はその町ではお尋ね者であり、冒険者ギルドに於いても捕縛と討伐の対象にもなっていた。


 しかし彼らは神出鬼没であり、剣技に於いても優れ獣人の衛兵や騎士団を用いても容易に捕らえる事もまた殺す事も出来ずにいた。


 そんな町、クレーブスタウンにゼロはやって来た。


 その町の冒険者ギルドに行くとヒューマンへの風当たりは更に強くなっていた。


 無理もない、今この町では獣人とヒューマンとが一触触発の状態にあると言っても過言ではないのだ。


 ただ一般庶民のヒューマンはただただ怯えて生活するしかなかった。これは力なき者の宿命だろう。


 そんな場所だ。ゼロが受付に向かって進んで行くと周りの獣人達の怒気が膨れ上がっていた。


「おい、ヒューマン、何の用だ。ここはお前の様な奴の来るとこじゃねーさっさと帰れ。さもないと屯所に突き出すぞ」

「面白い事を言う奴だな。冒険者には何処の場所であれ垣根はないはずだ。お前はそんな事も知らないのか」

「なんだと、ここにはあるんだよ。さっさと消えないと袋叩きにするぞ。それともお前を「赤いサソリ軍団」の仲間として捕らえてやってもいいんだぞ」

「なんだ、その『赤いサソリ軍団』と言うのは」


「なに、てめーはそんな事も知らねーのか。今この町で俺ら獣人を襲ってるヒューマンの強盗どもだ」

「ほーそれは結構度胸のある奴らだな。いいんじゃないのか」

「何だと、おい、こいつを叩きのめしてしまえ」


 その時奥から「止めろ」との声が掛かった。そこに現れたのは40代位の恰幅のいい獣人だった。


 流石の荒くれ達もこの男の前では大人しくなった。この男はこの冒険者ギルドのギルドマスター、バルキスと言う男だった。


「ヒューマン、お前は冒険者なのか」

「そうだ、俺はEランク冒険者のゼロと言う者だ。ここで登録しようと思って寄った」

「なんだー、Eランクだと。屑じゃねーか」

「なる程、Eランクのゼロか。いい度胸だな」

「別に。俺は俺だ」


「そう言えばソリエン辺りで『隻腕の殲滅ヒューマン』と言う二つ名を持っつヒューマンの冒険者がいると聞いた事があるがあれはお前の事か」

「さーな、隻腕のヒューマンの冒険者は少ないだろうからな」

「そうか、ならいい。しかしここでは出来るだけ騒ぎを起こすな。状況が状況だ。下手をすると町全部を敵に回す事になるかも知れんからな」

「わかった。気を付けよう」


 冒険者なら「隻腕の殲滅ヒューマン」の噂は聞いている。Cランクの有名な冒険者パーティをたった一人で叩きのめしたと言う噂だ。そしてソリエンのスタンピードでの活躍の話も。


 だからさっきのギルドマスターの話を聞いたここの獣人達は急にゼロに絡む事を止めた。まだ命は惜しいと思ったのだろう。

 

 ただ幸いな事にゼロがカルビアでやった事の情報はまここまでは届いてない様だ。


 ゼロは登録を済ませた後、良さそうな宿屋を聞いて町に出た。


 この町は前のカルビアよりもヒューマンの多い町だった。多くの店で働いているのは皆ヒューマンだった。


 いや、店をやっている店主もまたヒューマンだ。


 通りの露天商も。これなら味は安心出来るだろうとゼロは早速串焼きを買って頬張っていた。


 確かに安心出来る味だった。その時店の親父に、

「あんた、ヒューマンだよな。そんななりして冒険者なのかい」と聞かれた。

「そうだが、それがどうかしたのか」


「なら東地区には近づかない方が良いな。あそこは今ピリピリしてるからな」

「どうしてだい」

「今朝あそこの区長の館が『赤いサソリ軍団』に襲われたって話だ。今まだその捕り物が行われてるらしい」


「またどうして」

「あそこの区長は随分あくどい真似して俺達ヒューマンの住民から金を搾り取ってたからな」

「なる程、それで『赤いサソリ軍団』に狙われたと言う訳か。それで殺されたのかい」

「いや、辛うじて命は助かったらしい。だから余計にいらだってるって話さ」

「なるほどな、情報をありがとうよ、おやじさん」

「ああ、気を付けなよ」


 ゼロは町を歩いてみて、この町は落ち着いた良い町だと思った。


 それはやはり荒々しい獣人よりもヒューマンが多いからだろうか。


 しかしとゼロは思った。獣人の町カールも獣人ばかりだったが決してざわついた町ではなかった。それなりに秩序は保たれていた。


 それがどうしてこうなってしまったのかとゼロは不思議に思っていた。


 それともう一つヒューマンが大人しいのは良いが少し大人し過ぎないかと。これではまるで去勢された人間の様にも思える。


 そんな時だ急に周りが騒がしくなった。黒ずくめの服に赤いバンダナを巻いた数人が駆けて来た。


 その後を何人もの衛兵達が追いかけていた。捕り物が起こった様だ。


 ゼロの手前の辻からも突然衛兵達が飛び出して来た。これで逃げていた者達は挟み撃ちになってしまった。


 さてどうしたものかとゼロは状況を眺めていた。特に俺がする事もないだろうと思って。


 追われていたのはヒューマン達だった。そして追っていたのは言うまでもなくこの町の獣人の衛兵だ。


 するとあれが噂に聞いた「赤いサソリ軍団」かとゼロは思った。確かにあの赤いバンダナにはサソリの絵が描かれてあった。


 賊達は逃げ場がなくなくなったと知って切り結ぶ決心をした様だ。


 賊は5人、それに対して衛兵は後ろに20人、前に10人、合計で30人だ。これでは少し荷が重いだろうなとゼロは思っていた。


 どうやら賊達は中の一人を守る様にして戦い始めた。あれが中心人物、彼らのリーダーと言う訳か。


 それならリーダーこそが先頭に立って戦うべきだろうとゼロは思っていた。


 そして彼らの戦いぶりは決して悪いものではなかった。それなりに修練の出来た剣技だった。


 この獣人社会で珍しいなとゼロは思っていた。「ソリエンの居留地」の「自警団カリヤ」は例外中の例外だが、それでもここまで修練出来ているとはそれなりに大したものだとゼロは思った。


 彼らは良く戦っていた。しかしやはり多勢に無勢だ。徐々に押されて行った。


 その時更に悪い事が起こった。ゼロは屋根の上に陣取った4人の弓の射手を見た。


 目の前の敵と戦いながら矢を避けるのは難しいだろうと思っていたら、やはり三人が矢で射止められて死亡。一人は腕に矢を受けて戦闘力が半減した。


 ここまでと思ったのか、その男はリーダーらしき者を引っ張ってゼロの方に走って来た。


「グレーシア様、血路は私が開きますよって必ずお逃げください」そう言ってその男はゼロに微笑み。また追撃者の方に走って行った。


 その直後強烈な爆発が起こった。恐らくあの男は自爆魔法でも使ったのだろう。


 こんな形で盗賊の女を託されてもなとゼロは思っていた。その女は腹部に傷を負っていた。


 なる程それで戦えなかったのかとゼロは理解した。しかしここで手を貸すと今度はゼロがこの町の衛兵相手に戦争をしなくてはいけなくなる。


「面倒だがこの際皆殺しにすいるか」とゼロが思った時、屋根から一人の男が飛び降りて来て、「こっちだついて来い」と叫んだ。


 ゼロはその女を抱えながら男の後を追って込み入った路地を抜けて一つに小屋に辿り着いた。


「取り敢えずここなら安全だ」


 その男はそう言った。その男の顔は頭巾で隠されていて誰だか分からなかったがゼロにはそれが誰だか分かった。


「良いのか、獣人のあんたがこんな事をして」

「えっ、まさか。あなたは獣人なんですか。何故またこんな事を」

「うちには厄介な家訓があってな。死にかけてるヒューマンを見たら助けろってさ。全く迷惑な家訓だ」


「それはまた面白い家訓だな。またどうしてだ」

「さー俺も詳しい事は知らないんだがな、昔俺の先祖がヒューマンに死にかけていた所を助けてもらったらしい」

「それでその恩返しと言う訳か」

「まぁそうだな」


「それでお前の祖先を助けたヒューマンと言うのは誰なんだ」

「それがわからんのだ。ただその当時『軍師様』と呼ばれていたヒューマンらしいんだがな、そんな者の史実は何処にもないんだ」

「それでもお前はその家訓を守るのか」

「ああ、それは俺の祖先だけではなく、村そのものを救ってくれたそうだからな」

「ほーそれはまた奇特な者もいたものだな」

「全くだ。と言う事で後は任せる」


 そう言ってその男は消えた。


『しかしまた何なんだこの世界は。ゼロマや俺はこんな獣人の国を創ったつもりはない。いつからこうなってしまった』


 それはそれとして、中にはこんな気骨を持ったヒューマンのいる町があってもいいかとゼロは思っていた。

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