第15話 首都サルーンへの道
ゼロは「ソリエン居留地」から真っすぐ北に進んでいた。この先には確か「カルビア」と言う町があったはずだと記憶を探って。
以前そこはスレムリック伯爵が治める領地だったがまだスレムリック伯爵家なるものが存続するのかどうかはわからない。
それに「カルビア」と言う町はこれと言って特徴のない小さな町だった。
王都は目指すがこれと言って急がなければならない事はない。むしろ途中途中の町の実態を見た方が今この国の実体が良くわかるだろうとゼロは思っていた。
取り敢えずは冒険者ギルドに寄って少し情報を集めるかとゼロは冒険者ギルドを目指した。
ただゼロはこの町に入ってから何かピリピリした感じを受けていた。何だこの感じは。この町には何かあるのか。
そう思って通りを眺めてみればこの町は結構ヒューマンが多い。店で働いてる者達は殆どがヒューマンだった。
露天商の食べ物の屋台もヒューマンだ。ここはヒューマンの住み易い所なんだろうか。しかし何となくみんなの表情が暗く感じられた。
情報を得るにしても冒険者登録をしておいた方が得易いだろうとゼロは冒険者ギルドの中に入った。するとここは外とは打って変わって獣人ばかりだった。
ヒューマンはゼロ一人、この点はソリエンと同じだった。またか面倒くせーなとゼロは思った。
そして受付に近づくと早速道を塞がれて邪魔をされた。
「ここはヒューマンの来るところじゃねーんだよ。帰りな」
「冒険者に垣根はないはずだが」
「おい、聞いたかよ、こいつ冒険者らしいぜ。ヒューマンでしかも片腕でよ。何狩るんだ。ネズミの糞でも狩るのかよ」
「お前には関係のない事だろう。邪魔だどけ」
「下手に出てりゃーいい気になりやがって、てめー死にてーのか」
そう言った途端周りの連中が一斉にバーから出てきて周りに人垣根を作った。ゼロを逃がさない様にする為か。
どうやらここではこう言う事に慣れている様だ。つまりそれは冒険者ギルド内でも喧嘩はしょっちゅうあると言う事か。
「なぁ受付嬢さん、ここではギルド内で喧嘩をしてもいいと言う事なのか」
「あのーそれは・・・」
「いいんだよここではな。それがここの流儀だ」
「ほーそれは楽しそうな流儀だな」
「てめーふかしてんじゃねーぞ」
そう言ってこの男は殴りかかってきたが、もろに空振りだ。ゼロを通り過ごして慌てて振り返り、また殴って行ったがこれも掠りもしなかった。
「クソがー」と言って三度目に殴って来た手を取って片手で軽く投げた。それだけで人垣根を通り越してテーブルに激突し、テーブルはバラバラになった。
「おい、それはお前の責任だからなちゃんと弁償しろよ」
「クソが、ぶっ殺してやる」
今度は剣を抜いて切りかかって来た。その剣をゼロは左外に捌いて右手で相手の手首に掛手受けをし、そのまま右の蹴りを腹にめり込ませて、その返した足を外から大きく回して踵落としで後頭部を蹴り落し床に叩きつけた。
床に顔をめり込ませてその男は体をピクピクさせていた。まだ死んではいないだろう。
それを見た何人かがゼロに掛かって行ったが結果は同じ事だった。全員が床でピクピクしていた。
「他に誰か遊びたい奴はいるか。誰でも相手になってやるぞ」
そう言われても前に出て行ける者は誰もいなかった。みんな震えていた。
「なーあんた、もうその辺にしてやってくれないか。こっちも戦力は失いたくないんでな」
「あんたは」
「俺はここのギルドマスターをやっているサリューンと言う者だ。覚えておいてくれ」
「わかった。でもここでの事は了承してもらえるんだろうな。俺が始めた喧嘩ではないんでな」
「まぁ、いいだろう。今日は特別だ。で、あんたは何と言う名前なんだ」
「俺はゼロ。Eランク冒険者だ」
「何、Eランクだと。おいおい、こいつらはみんなDランクだぞ。特に最初にお前を襲った奴はCランクだ」
「じゃーこの辺のランクは低いんじゃないのか」
「かも知れんな、それともお前が高過ぎるかだ」
「俺は普通のEだ。買いかぶらんでくれ」
「それにしてもヒューマンでその度胸とはな。びっくりしたぜ」
「ここではヒューマンは冒険者にはなれないのか」
「いや、そんな事はないが早死にする奴が多いんでな、お前も気を付けてくれ」
「わかった。そうしよう」
ゼロは必要な手続きを終えて受付嬢に泊まれる宿屋を教えてもらった。
その宿屋はギルドからは少し離れた所だった。メインの通りでないと客商売としてはちょっときついんではないかと思いながらドアを開けた。
するとそこもヒューマンのやっている宿屋だった。ゼロを見たオーナーの方が驚いて、貴方は本当にヒューマンなんですかと聞いてきた。
俺がヒューマン以外に見えるかいと言ったら、ヒューマンの旅行者や冒険者は珍しいものですからと言っていた。
どうやらこの町は素通りする旅行者や冒険者はいても泊って行く旅行者は少ないと言う。特にヒューマンの冒険者は。
どうしてなんだとゼロが聞くとオーナーは少し口を濁していた。やはり言えない事があるんだろう。
ともかくゼロは3日分の宿泊の予約を入れて前金を払い、部屋の確認をしてから夕食には戻ると言ってまた出かけて行った。
泊る所が決まったのでこれで安心して散策が出来ると思ってたらゼロの後を付けて来る何人かの気配を感じた。
『まったくここは定番過ぎるだろう』とゼロは人通りの少ない所に誘い込んだ。
「で、お前ら俺に何の用だ」
「死ね、ヒューマン」
「おいおい、説明もなしか」
襲ってきたのは6人の獣人だったがどれもこれも壁にめり込んで動けなくなっていた。
中には腕や足が折れている奴もいただろうがゼロは関知せずと言う態度でその場を離れて行った。
『早死にする奴が多いか。なるほどな、確かに多そうだな』
立ち去って行くゼロを物陰から見ていた男は、
「確かにあいつはEランクレベルでは無い様だな。少なくともCランク以上と言う事か」
こう言う所では酒場の様な所の方が情報を拾いやすいだろうと一軒の酒場に入った。
まだ昼前だと言うのにもう飲んだくれている奴が大勢いた。こいつら一体何やってるんだと思いながらゼロも席についてビールを一杯頼んだ。
するとそこいらからゼロに憎悪の目を向ける者が多くいた。中には聞こえよがしに、「何でこんなとこにクソ・ヒューマンがいやがるんだよ。酒がまずくなっちまうじゃねーかよ」と言っている者もいた。
『なるほどこの町ではヒューマンが随分と嫌われているんだな』
その時ゼロのビールを運んできたヒューマンの女の子の足が引っかけられビールが床に落ちて割れた。
「何やってんだクソ・ヒューマンが、ビールも満足に運べねーのかよ。そんもん自分で弁償しとけよ」
ゼロはそう言ってる男の前に行って、テーブルに置いてあったビールを男の顔にかけた。
「てめー、何しやがるんだ、クソ・ヒューマンが」
「それは足を引掛けた奴の言うセリフじゃないだろう。お前が弁償しろ」
「何だと、クソ・ヒューマンが、ここで大きな顔が出来るとでも思ってやがるのか。てめーなんざーいつでも豚箱にぶち込めるんだぞ、わかってんのか」
その時女の子を庇う様にその前に立ったゼロからその男達周辺に向かって指向性の威圧が飛んだ。
それはもう心臓が握り潰されるようなものだった。誰一人声を発する事も出来ずただただ震えていた。
「なぁーあんちゃん。ちゃんと弁償してくれるんだよな」
「は、は、はい。べ、弁償します」
そう言って男は震える手で金を取り出した。
そしてゼロはバーカウンターのマスターの所に行ってその金を渡し、あれはあの子の責任じゃないと言って。
これでもう一杯くれるかと言ったら、マスターは苦虫を潰したような顔をしていたので、ゼロはそのマスターにも威圧を放った。
するとマスターは手に持ったグラスを落としてしまい震えて今直ぐにと言った。女の子は何度も何度もペコペコと頭を下げていた。
『なるほど、ここはそう言う町なのか、あのピリピリとした感覚は恐怖か』
あと2・3ちょっとした物を店で買い、それとなく探ってみたらこの町のヒューマンはみな獣人を恐れている様だった。
別にここではヒューマンが奴隷になってる訳ではないが、その扱い方はほぼ奴隷に近いようだ。
明日もう少し範囲を広げて調べてみるかと宿屋に帰って夕食を取った。ここの飯は旨かった。
この繊細な味付けはやはり獣人では出来ないだろう。だからどれだけヒューマンを毛嫌いしても必要な者はこの町に居させているんだろうとゼロは思った。
と言ってもこの町でのヒューマンのステータスは下働きの部類の様だ。例え店を経営していても獣人の目の色をうかがいながら商売をしている感じがありありと出ている。
敗戦国民はそこまで卑屈にならなければならないものか。あれからもう100年だぞとゼロは言いたかった。
ただ原因はそれだけでは無い様だ。恐らくは力のバランスだろう。この町ではヒューマンからは全ての力が奪われている。そんな感じだ。
しかし本来ヒューマンと獣人の差はそれ程ない。確かに単純な腕力や身体能力に置いては獣人の方が勝るだろう。
しかしヒューマンにはそれを補って余りある、技術や魔法、戦術と言う物がある。
ただ今回の戦争には特異な者がいたと言う事だ。それはゼロマやハンナ、そして彼女らに鍛えられた戦士達だ。
そのレベルはヒューマンの上位レベルを遥かに超えていた。しかしだからと言ってヒューマンの技量が獣人に劣ると言う事ではない。
それらの特殊個体に劣ると言うだけの話だ。だから負けるのを避けた剛の者達は戦わずしてこの国を去った者が多かった。
それを今の獣人達は誤解している様だ。ヒューマンは弱いと。この国で生き残ったヒューマン達は確かに弱い者達ばかりだ。しかしそれは元々力のない者達だから当たり前だろう。
だから少しでも力のあるヒューマンを見たら間引きしているのだろう。
冒険者でここに居つくヒューマンが少ないのはそう言う事なのだろうとゼロは思っていた。
翌朝起きてみると何やら表が騒がしい。一階に降りてオーナーに聞いてみると、官憲が来て片腕のヒューマンを出せと言っていると言う。つまりゼロの事だ。
なるほど、昨日のバーの誰かが官憲に告げ口でもしたのだろう。どうするか、ここで暴れるとこの宿に迷惑がかかる。それではちょっと遊びに行って来るかとゼロは表に出た。
宿の表は結構な数で取り囲んでいた。およそ30人位か。俺一人の為にそんなにいるのかとゼロは思ったが、当然これでは足りな過ぎる。
「お前か、昨日サレモンのバーで暴力をふるったヒューマンと言うのは、取り調べるから官署まで来い」
『俺が暴力を振るった事になってるのか、上出来だ。では行ってやるか』
本来なら両手首に魔法の枷を掛けるのだが、ゼロは片腕だったので縄をうたれて取り調べ室に連れていかれた。
中ではゼロが暴力を振るったと言う口上があっただけで、証拠も証人も何もなし。それで刑の執行をしようとしていた。
「ここは随分といい加減な取り調べをするんだな。事実確認もなしか。ここには弁護をしてくれる者もいないのか」
「馬鹿かお前は、ヒューマンに人権などあると思っているのか、生きていられるだけでも有難く思え」
「本当にお前らは屑だな」
「何だとそれは獣人に対する侮辱罪だ。直ちに処刑しろ」
その瞬間ゼロを縛ってた縄と目の前のデスクがバラバラになって弾け飛んだ。
「貴様抵抗するか」と言った官憲は瞬時に壁にめり込んでいた。そしてもう息はなかった。
それからはもうゼロの一方的な蹂躙だった。その官署自体が木端微塵に吹き飛んだ。
官憲たちは震えながらゼロに対処しようとしたが片っ端から葬り去られていった。その時別の一団が現れた。それはギルドマスター率いる一団だった。
「だから言っただろう。ヒューマンは早死にするって」
「それでお前が死刑執行人と言う訳か」
「そうだ。こう言うのも俺の仕事でな」
「つまりギルドで調べて都合の悪いヒューマンは暗殺してたと言う訳か」
「まぁ、そんなとこだ」
「本当にここはお前らも含めて屑の町だな」
「お前がEランクよりも強いのはわかってる。しかしここにいるのは全員がCランクとBランクだ。そして俺はAランクなんでな、お前に勝ち目はないぞ」
「そんな屑ランクで俺に勝てると思たのか。いいだろう本当の戦いと言うものを見せてやろう」
CとBランクはゼロに触れる事も出来ず全員命を絶った。そして残るはギルドマスターのサリューンだけになった。
「ま、待て。お前は一体何だ、ヒューマンじゃないのか」
「本物のヒューマンと言うのはお前らよりも強いんだよ」
「そんな馬鹿な事があってたまるか」
サリューンの真っすぐ突き出して来た剣をゼロは人差し指と中指で挟んで止めた。その剣は押せども引けどもびくともしなかった。そしてそのままへし折ってしまった。
「馬鹿な、二本の指で俺の剣を折っただと」
「どうしたもう終わりか」
サリューンは右手にメリケンの様な物をはめてゼロの顔面を潰しに来た。
しかしその時ゼロは既にサリューンの懐に入って腹に拳を当てがっていた。
そこから打ち出されたのは波動拳波動零勁だった。サリューンは数メートルを吹き飛ばされ内臓は滅茶苦茶になっていた。勿論即死だ。
その後ゼロはこの町の町長の官舎に行って町長も殺してこの町を去った。どうやらゼロはもう自分を抑える事はしないようだ。
ゼロは「戦場の死神」に戻るのだろうか。
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