第14話 居留地の呪い

 ゼロは自分で作りだしたスタンピードでこの「ソリエンの居留地」に居残る事に成功した。それはゼロの薬師としての腕だった。


 必要でない者は放り出されるが必要な者を放り出すわけにはいかない。この町には薬師がいない。ましてゼロの様な腕の良い薬師は。


 それにゼロの冒険者としてのランクはEだ。この程度のレベルなら心配ないだろうと町長もゼロの長居を認めた。


 その間にゼロはせっせと「自警団カリヤ」の所に足を運び修行を付けていた。


 本当なら森の中でやるのが一番なんだがここではそれが許されない。しかしそれならそれで修行の仕方はいくらでもあるとまたゼロのきついしごきが始まっていた。


 修行の過程で知った事だが、どうしてみんなはこの町から逃げないのかと聞いたら、体の中に一種の呪いの様な物が埋め込まれていてこの町から一定の距離を離れると自爆するらしい。


 何ともはや陰湿な事をする奴もいるものだとゼロは思った。と言う事はこれは獣人側の仕業と言う事になる。


 個人によるものかもしくは国の政策としてやっているのか。もしこれが国の政策としてやっているのであれば許される事ではない。


 これは奴隷よりも醜いやり方だ。こんなものをゼロマは望んだのか。そんな事は絶対にない。


 ゼロマは奴隷解放に積極的に働いた。それはゼロマ自身が奴隷だったからだ。


 だからもう奴隷制度なんてこの世にあってはいけないと言っていたのがゼロマだ。


 そんなゼロマが奴隷制度よりも醜い人の体を脅迫の道具として使う様な事を許すはずがない。


 一体誰がこんな醜い事に手を染めたのか。獣人国の上層部か。そしてこの居留地などと言うあり方もまたゼロマの望んだ事ではないはずだ。


 ゼロマは他種族とも手を取り合って一緒に生きて行こうとしていた。勿論ヒューマンともだ。そんなゼロマの思いをこれは覆す行為だろう。


 今の獣人国のあり方はゼロマの望んだあり方でも俺の望んだあり方でもないようだ。この100年の間に何かが変わってしまったのか。


 もしこのような居留地の様な物が他にもあるようなら少し真剣に獣人国と言うもののあり方について考えてみなければならないとゼロは思っていた。


 まずゼロはこの人間自爆装置のメカニズムにつて調べてみた。最初に今訓練を行っている「カリヤ」のメンバーからだ。


 確かに彼らの体の中に何か異質な物があった。それを呪いと呼ば呼べなくもないが、何かもう少し複雑でメカニック的な物を感じた。


 それでこの町からどれ位離れたら死ぬのかと聞いてみたら詳しい事はわからないが1キロ位ではないかと言う話だった。


 それでゼロは薬草採取の時に同時にその辺りを調べてみた。するとそれはあった。それはゼロも良く使う地雷用のトリックの様な物だった。


 目に見える形ではないが何か魔法を使った仕掛け糸の様な物を感じた。恐らくこの線を超えると体の中の自爆装置が起動するのだろう。


 しかしそれだけではない様だ。この魔法にそこまでの力はない。あくまでセンサーの様な物だ。


 ならば何処かに爆弾を起動させる原動力となる物があるのではないかと思った。


 町から1キロほど離れたらどの方向にいても爆発する。ならその起動力は当然町の中心部だろう。


 そう思って町の中を探してみたら100年前にはなかった物を見つけた。それは町の中心部に据えられたゼロマのモニュメント、つまり中心部分にある英雄ゼロマ像だ。


 勿論この像その物に何かのメカニズムが仕掛けられている訳ではない。しかしこの下には何か大きな規模の空間があるようだ。


 ゼロはその入り口を探して地下に潜ってみた。そして結界魔法が施されてある所を発見した。


 それはなかり強力なものだった。並みの魔法使いでは突破出来ないだろう。


 しかしゼロの力を持ってすれば大した問題ではなかった。その結界を突破して中に入ってみると、そこにはゼロが魔界四天王ハルゲンの部屋で見た様な球体の装置があった。


 あれには魔王の魔粉石が使われてあったが、これはどうやら高位の魔物の魔石が使われてるようだった。それもAランク級の物が幾つか。


 つまりここから魔力を供給し、目標物が1キロ先のセンサーを越えたら体の中の爆発魔法が起動するように仕組まれてあるのだろう。何と嫌らしい仕組みだ。


 これを壊すのはそれほど難しい事ではない。しかしその時に起爆材が稼働しないかどうかと言う問題がある。


 それともう一つは毎年生まれて来る子供を含めた住人にどうしてその爆弾を組み込んでるのかと言う事も謎だ。


 そこでゼロは「カリヤ」のメンバーにこの町で何か定期的に行われている儀式の様な物はないかと聞いてみた。


 すると全ての住人はゼロマの祝福の儀式を受ける義務があると言う事だった。そして生まれた子供は5歳になるとその祝福の儀式を受けるのだとか。


 まぁ一般的にはこの世界で職業を認定するクソ女神の祝福の儀式と同じような物だろう。それをゼロマの名前を使ってやるとは益々持って許せない。


 これを知ったらあの世でゼロマはどう思うだろう。


 それをクソ女神の職業の儀式の代わりにこの居留地でやっていると言う事は通常の職業の祝福の儀はやってない事になる。ならまともな魔法使いもここでは生まれないだろう。


 職業の選定などゼロに言わせればあってもなくても大した事ではないのだが、魔法にしろ剣技にしろ戦闘術そのものを封印するならこの世界では無防備な羊の群れを作るようなものだ。


 これは言ってみれば人種のジェノサイド、つまり種の殲滅計画の様な物だ。これでは専制国家以外の何物でもない。


 そんなものを今の獣人国は求めているのか。少し国として力を持ち過ぎたのかも知れないなとゼロは思った。


 自爆メカニズムさえ分かれば後は簡単だ。ゼロはまず最初に1キロ先のセンサーを全て破壊した。


 そしてこの起動メカニズムに対して空間結界で魔法の発動をブロックしてから本体を完全消滅させた。


 これでもう自爆は起こらないだろう。後は時間をかけて体の中に仕込まれた呪いの魔法を取り除いて行けばいい。


 そしてゼロはこの地の第二段階計画に入ろうとしていた。


 先ずは自衛力の強化だ。それは今「カリヤ」のメンバーに行っている。ゼロのしごきに耐えて大分強くなってきた。


 無手の格闘術が中心だがゼロはそれに加えて武器の使い方も教え始めた。


 勿論この居留区の中では武器の使用は禁止だし、第一武器自体がない。そこはゼロの持つストーレッジと言う亜空間収納能力だ。


 そこから今まで回収した武器を取り出して彼らに与え、それらの技を教えた。


 場所は少し広い建物の地下を使った。そこを秘密の練習場とし周囲には隠蔽魔法と結界を築いておいた。


 これで仮に捜査の手が入っても見つかる事はないだろう。そしてゼロの張った内側の物理結界なら中でどんなに暴れても壊れる事はない。


 それは逆に「カリヤ」のメンバーに死を意味する訓練を強いたと言う事でもあった。


 そして「カリヤ」のメンバー達にはゼロが魔石を用いた魔道具で出入り出来る様にしておいたので問題はない。


 彼らが使っていた捕縛術も上級レベルに達していた。それは同時に至近距離での戦いなら誰にも負けないレベルに達していたと言っても過言ではない。更にゼロはそこに波動拳の基本技術を叩き込んだ。


 カリヤのメンバーは驚愕していた。あの捕縛術にここまでのレベルの物があったのかと。彼らの祖師から習った物はまだ初級レベルのものだったと理解した。


 「カリヤ」のリーダーであるダニエルは不思議に思っていた。この技は祖師である超Aランクパーティ「カリウスの剣」のリーダーであるカリヤスから伝承された技なのに何故その上があるのかと。


 ゼロはそれは全部が伝わってなかったんだろうと言った。


『あのカリヤスの野郎、手抜きで教えやがったな。それじゃあの馬鹿クリフトと同じじゃねーか』


 「あなたは一体誰からこの技を習ったのですか」と問われたが、昔の事は記憶をなくしていてよく覚えてない。ただ体に染み込んだ技術だけはよく覚えていると胡麻化しておいた。


 ただ彼らは本当に強くなった。全員がBの上位レベルには達しているだろう。特にリーダーのダニエルは確実にAランクだ。


 そしてゼロが次に指示した事は仲間を増やせと言う事だった。つまり予備軍の招集だ。しかし慌てて屑を仲間に入れるなと言った。確実に信用出来る者を選べと。


 後は町の浄化だなと住民の無料健康診断をしながら呪いの種を消し敵の間者を始末して行った。


 次にやらなければならないのが町の正常化だ。ただしこれはやり過ぎて目立ってはまずい。


 あくまで居留地であると言う仮面は被っておいた方が何かと中央の目を誤魔化し優位に展開出来る。


 それでゼロがやった事はこの町の町長と監視の兵隊達全員に恐怖の洗脳を掛けた事だった。


 はじめゼロが町長館へ乗り込んだ時は町長が驚いていた。町長としても一応はゼロのこの町に対する貢献度は知っていた。


 しかしそれは感謝ではなかった。あくまで下等人種であるヒューマンへの慈悲であり、獣人族に対する奉仕の様な物だと思っていた。


 しかしその思い上がりは一瞬にして吹き飛ばされてしまった。自分の両腕が切り落とされ、部下達の全員が半死半生の状態にされたのを見た時に。


 ゼロは全員を再生させまた半殺しにした。それを数度繰り返せば誰も逆らわなくなった。恐らくは死んでも逆らわないだろう。それほどの恐怖だった。


 その上で精神的な威圧を用いて強制洗脳を施しておいた。これで彼らには他に選択の余地はなくなっていた。


 ゼロがやった事は表面上はいつもの様に居留地への統治を装い、内面的には外の世界への出入りを可能にした事だった。


 しかしこれもあまりおおっぴらにやるとまずいので商人達の荷馬車を装い隠れて出入りする事にした。


 それから冒険者に関しては、Dランクまでの者はいつもの通りとし、Dランク以上の実力のある者は裏門から出入りして魔物討伐をさせる様にした。


 ただし時期が来るまで正式なランク登録はさせなかった。その分を報酬で補った。


 大事な事は十分力が付くまで中央の目を避ける事。そしてゼロが目指していたのはこの町の梁山泊化だった。


 町の中は工業地区と商業地区、農業地区と文化地区に分けてっそれぞれに区の責任者を選挙で選んで治めると言う方法を取った。


 それぞれに特色が違うのでお互いを意識して競争心を煽る事もないだろうと。


 つまり今や「ソリエンの居留地」は実質的なヒューマンの支配下に入り、獣人の管理者達は「ソリエンの居留地」の傀儡と化した。


 これだけの下地を作ってゼロは後を「カリヤ」のメンバーに託し、また戻って来ると言って旅に出た。


 他にもこの様な「居留地化」された所があるかも知れない。それらを調べる為にも各地を回って見ようと思っていた。

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