第13話 自警団カリヤ
ゼロがこの居留地の冒険者ギルドの登録した翌日、早速ギルドに行って薬草採取の依頼を受けて来た。
今回の薬草はキャベリン草と言う下痢等に効く薬草だった。この薬草はこの町の東南にある「木部の森」と言われる所に発生しているとの事だった。
この「木部の森」と言うのは100年以前にも行った事があるので迷う事はなかった。
ゼロに取って100年前の記憶と言うのはほんの数日前程度のものだったので全ての記憶は鮮明だった。
幸いこの森は変わってなかった。周辺にはあまり強い魔物はいない。しかし奥に入って行くとやはり、Cランク、Bランクと言った魔物はいる。しかしその程度だ。
ゼロが薬草を採取している間、やはり陰からゼロを監視している複数個の目がある事をゼロは知っていた。しかし何故それほど気になるのかゼロにはわからなかった。
ともかく何事もなく通常の仕事をして多少余分に採取した薬草を持って帰って受理してもらった。今日は初日だ、ゼロも特別な事は何もする気はなかった。
普通この程度の薬草採取だけでは生活はやはり苦しいだろう。周りを見渡して見ても本当に高ランクの冒険者は誰もいなかった。
精々がEランク、たまにDランクの冒険者を数人見る程度だった。では彼らは一体どうして生活してるのだろうかとゼロは不思議に思っていた。
魔物を討伐すればそれなりの金銭にはなる。しかし彼らのレベルではそれほどの金にはなるまい。
ここは冒険者に取ってまさに飼い殺しの様な環境に思えた。それならここから出て別の町に行けば済む事だろうにどうしてそれをしないのだろうか。
受付嬢もその辺りの事は詳しく教えてはくれなかった。恐らくこれにも何らかの縛りがあるんだろう。
今日はもうこれくらいで良いだろうと町を散策する事にした。町そのもは結構広い。昔のアテリアの規模がそのまま居留地になっている感じだ。
外の防壁で削り取られた部分があるので、その分だけは狭まってると言う感じだろうか。ただ内壁には所々に金網になって中が見える所がある。
防壁と言う観点からは役には立たないが監視と言う事では役に立っているのだろう。良くも悪くもここは閉ざされた居留地だ。
100年前の戦争で人間側が負けてソリエンに住む人間そのものがここに移転させられた事になる。何故そんな事をしたのか。
ゼロにはもう一つ気になる事があった。それは保安面だ。いくら居留地だと言っても中では犯罪も暴力沙汰もあるだろ。
それは誰が取り締まるのかと言う事だ。見る限り外の兵隊達がこの中に入ってくる気配はない。恐らく彼らがここに入って来る時は町を鎮圧する時位だろう。
そう思って町の中のバーに入ってのんびり酒を飲んでいると、やはりここでもあるものはある。つまり喧嘩が始まった。
お前が俺の足を踏んだのどうのとくだらない事で喧嘩が始まった。初めは一対一の喧嘩だがやがて双方の仲間が加わり少し大きな喧嘩になった。
ゼロはどうしようかと考えていたが特に殺し合いが始まった訳でもないので放っておいた。仮に殺し合いに発展したとしてもゼロが割って入るかどうかは疑問だ。
ゼロは自分に降りかからない揉め事には基本的には関与しない主義だ。ただし敵対する者は徹底的に排除する。
どうやらこの店のオーナーが誰かを呼んだようだ。統制の取れたユニフォームを着た一団が入ってきて鎮圧を始めた。
彼らの手際は実に良かった。それに強い。恐らくCランク以上はあるだろう。しかしこう言う者達がどうして冒険者にいないんだろうとゼロは訝っていた。
それと彼らの動きを見ているとある者達の動きを思い出した。しかもそれはゼロが「カリウスの剣」のメンバーに教えたものだった。前の世界ではそれを捕縛術と言った。
『ほーあの術を使える者がこの町にもいるのか』
この町の住人はソリエンから移転させられた者達ばかりだ。ならカリヤス達からあの技を継承した者達がいてもおかしくはない。
店の主人に聞くと彼らはこの町の自警団のメンバーだと言う事だった。町の治安を守ってくれている唯一のメンバーらしい。
ただし彼らは官憲ではないので捕縛は出来ても拘留とかは出来ないし刑の裁量権もない。
それに武器は持たずにいつも素手だと言う事だった。武器を持つと今度は表の連中との間に摩擦が起こるのだろう。
揉め事が収まり彼らが引き上げ行く後をゼロがつけて行った。ただし無造作に見つけてくれと言わんばかりの尾行だった。
当然人通りのない空き地の様な所に誘い込まれた時には周りを取り囲まれていた。
しかもやや後ろを密にした布陣だ。これもゼロがカリヤス達に教えたものだった。よく継承している。
「お前は誰だ。何故我々の後をつける」
「俺は2日前にこの町に来たばかりの冒険者なので道不案内で迷ってしまったんだよ」
「おかしな事を言う。あのバーからずーっと我々の後を付けてきたではないか」
「まぁそうとも言えるがな」
「見逃してやるからこのまま帰れ。冒険者の腕では我々には敵わん」
「だろうな。ここの冒険者は本当に弱い。何故あんなのが冒険者をやっているんだか」
「まるで自分は違うとでも言ってるような口ぶりだな」
「そう言ってるつもりだが」
「お前は少し現実と言うものを知った方が良さそうだな。それを教えてやろう」
そう言って正面の一人が動き出した時には後ろの二人が同時に動いていた。これも定番の動きだ。しかもよく連携が取れている。
しかし誰もゼロに触れる事も出来ずに地面に倒されていた。
「そんな馬鹿な、何故我々が負ける。しかも相手は片腕だぞ」
「布陣も連携も悪くはなかったんだがな、如何せん攻撃が単純過ぎた。それでは避けてくれと言ってるようなものだ。素人にはそれでもいいかも知れんがな」
「おい、並列の陣で行くぞ」
「並列の陣か、懐かしい名前だな。しかしその陣の欠点を知ってるか?」
「なに!」
「つまりお前だ」
この陣は並列を装いながら急に左右に回り込んで攻める陣形だが中心の人物を先に潰されたら全てが崩れてしまう。
「ば、馬鹿な、この陣の欠点など知る者はいないはず」
その時この戦いを見ていた一人の男が進み出て
「もう止めておけ、お前らではその人には勝てんよ」
「リーダー、何故ただの冒険者に我々の技が負けるのです」
「それは詰まりその人がただの冒険者ではないと言う事だろう」
「そんな馬鹿な、高ランクの冒険者はこの町には入って来れないのでは」
「おいおい、俺は高ランクの冒険者ではいぞ、見てみろただのEランク冒険者だ」
そう言ってゼロは冒険者カードを見せた。
「信じられない。そんな事が。たかがEランクの冒険者に勝てないなんて、俺達は今まで一体何を学んできたんだ」
「師よ、出来ればご指導いただけないでしょうか」
「リーダー何を言ってるんですか」
「お前達にはわからなかったのか、この方が用いた歩法は縮地だ」
「しゅ、縮地ってそれは奥義ではないですか。リーダーが辛うじて使えると言う」
「ほーお前は縮地が使えるのか」
「はい、まだ未熟ですが」
「では俺に届くかな」
そう言った時リーダーの姿が消えた。そしてゼロのいた所に現れた時ゼロはその2倍の距離に遠ざかっていた。
「やはり遠く及びませんね」
「いや、そこまで出来れば大したものだ」
それを見たメンバー達が唖然とした。そして全員が片膝をついて師への礼を取った。
ゼロは彼らのアジトへ案内されてこれまでの経緯を聞いた。彼ら自警団の名前は「カリヤ」と言った。そしてリーダーはダニエルと言う名だった。
これは技の祖師の名前の一部を頂いたと言っていた。勿論それはカリヤスから来たものだろう。
そしてゼロがソリエンの冒険者ギルドから来たと言ったら更に驚いていた。そのソリエンこそ我らの技の聖地だと言っていた。
100年前、あのソリエンには伝説の世界最強の冒険者パーティ「カリウスの剣」がいて、それが彼らの技の祖師だと言っていた。
それは間違ってはいないが、その彼らに技を教えたのがこのゼロだったとは知る由もないだろう。
そして何故素手で戦ってるのかと言う問いには、この町では日常家庭で使う刃物以外は持ってはいけない事になってるとか。
そして例え木剣でもそれを使って剣の練習をする事も禁止されているそうだ。なるほど完全に無害の人間を作ろうとしている訳か。
いいだろう。それならそれで鍛える方法はまだいくらでもある。ゼロは普通は薬草採取の依頼をこなし乍ら、時間を作って彼らの指導を始めた。
ただし無意味に長居をしていては怪しまれるので、この町での必要性をアピールしなければならない。
その為には薬師の腕が一番だろう。では一つ小さなスタンピードでも起こしてやるかと悪だくみを始めた。
ここの住民であるカリヤ達では表に出る事は出来ないがゼロは外から来た冒険者なので出入りは自由だ。
ただし普通はどんな冒険者でも長くて一ヶ月程度でそれ以上居続ける事はないらしい。当然彼ら町長側でもゼロにそれを期待しているのだろう。
もしそれでも出て行かなければそれなりの理由をつけて追放する積りだろう。だからこそのスタンピードだ。
ゼロは「木部の森」へ行って仕込みをして来た。あまり強い魔物だと町そのものを破壊しかねないので、ある程度の力で、それでもここの冒険者レベルではどうにもならない程度の魔物を放つ。
それはここのギルドの受付嬢が言っていた言葉だ。その時はここの兵士が制圧に出ると。
ではその兵士達に出てもらおうか。そしてその実力を見せてもらう事にしよう。
カリヤ達にはその計画を話して万が一の為に住民達の警護を頼んだ。そして予定通り魔物を放った。
初めは何が起こってるのかわからなかった町長だが、それがスタンピードだとわかって急いで兵隊を集めて制圧隊を編成した。
それほどの大物の魔物もいないとわかったのでこの程度ならここの兵士で何とかなると出兵させた。
しかし隠し玉としてゼロはCランク、Bランクの魔物を隠していた。そして戦いになって初めてそれらの高位魔物を放った。
これには想定外で兵士達はパニックに陥り、多数の負傷者が出た。この辺りでいいかと思ったゼロは前もって金を払って助手に仕立てておいた冒険者達を使って救助にでた。
その頃には魔物達も撤退を始めていたので、それ以上の犠牲者が出る事はなかった。勿論それもゼロの仕組んだ事ではあった。
そこで成果を発揮したのがゼロの薬師としての治療技術だった。怪我をした兵士達を片っ端から治療して行った。ただしいっぺんに回復させるような事はせずに。
この町には薬師は誰もいない。薬師に毛の生えた様な者が一人いるが彼女では薬を作る事も出来ない。
荷馬車で持ってくる薬品を買って与える位しか出来る事がなかった。だからゼロの様な薬師は喉から手が出るほど欲しかったはずである。
このお陰でゼロがこの町に長居しても何も言われる事はなかった。町長も認めざるを得なかったと言う事だ。
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