第11話 ソリエンでの別れ
ゼロマ遊撃騎士団はソリエンのスタンピードを治めて次の町に向かって巡回巡視の旅に出ていた。
ただリーダーのダッシュネルはずーっと何かが心の奥底に引っかかっていた。それはあのゼロと言うヒューマンの事だった。
ゼロ、その名前を何処かで聞いた事があるように思った。あれは何処で何時だったか。随分と遠い昔の事の様に思う。
ダッシュネルがまだ小さく戦闘術の訓練をしていた頃だろうか。そうするとあれはもしかする大おば様かも知れない。
その頃ダッシュネルは大おば様と呼ばれる方の指導を受けていた。その大おば様と言うのは若い頃、ゼロマ様の右腕、懐刀とまで言われていた人だった。
ともかく強かった。勿論ゼロマ様を除いてだが。その大おば様が確かこんな事を言っていた様に思う。
「ダッシュネル、いい。ゼロと言う名前を憶えておきなさい。いつの日か、この名前の意味を知る時が来るかも知れないから」
確かそんな事を言われたような気がする。しかしゼロの意味とは一体なんだろう。そしてそれと今回のゼロと言う人物とは何か関係があるのだろうか。わからない。
いくら名前が同じだからと言って、あの戦争からもう100年近くが経っている。今回のヒューマンと関係があるとは思えない。そうダッシュネルは思った。しかし気になる。
これが原因かどうかはわからないが今回スタンピードの件でゼロに関する詳しい報告は上には上げなかった。もう少し自分で調べてみてからと思っていたからだ。
『聖地におられる大おば様に聞ければいいのだがそれは叶わない事か。そうだ、今度聖地へ巡礼に行った時に少し調べてみるか』
こちら獣人国キングサルーンの首都サルーンでは調査部の面々が集まって話し合いをしていた。
この調査部と言うのは今で言えばアメリカのCIAの様な物で行政機関からは独立している。
「聞いたか、ゼロと名乗る冒険者が現れたと言う話を」
「ああ、何でもソリエンと言う町だそうだ」
「ソリエンと言うのは何処だ」
「ここからは遠い。かってヘッケン王国のあったずーっと南の方の小さな町だ」
「ついこの間スタンピードが起こったと言う事で、うちのゼロマ遊撃騎士団が向かった町だな」
「ああ、あの町だったのか。でどうなのだ。そのゼロと言う男は何かしたのか」
「いや、特にこれと言った報告は入っていないが」
「そうか」
「でそのゼロと言う冒険者はどんな男なのだ」
「歳は恐らく30前後でヒューマンだ。それに左腕がない。冒険者ランクはEだそうだ」
「そんな状態でよく冒険者がやってられるな」
「それならば何も心配する事はなかろう。歳も容姿も我らが伝え聞く方とは大きく違うし、それにもうあれから100年だぞ。いくらあの方でも100年も生きていられるはずがなかろう」
「それにもしその男があの方であるなら、もう既に頭角を現されているだろう」
「それもそうだな。たまたま名前が同じだったと言う事か」
「その様だな」
「それであちらの方はどうなのだ」
「変わりはない。出て来られる気配はないし、こちらからも入っては行けん」
「その方が良いのではないか。下手に起こして不興を買ったら我々では手に負えんぞ」
「そうだな、何しろオリジナルの『戦闘ウサギ集団』でゼロマ様に次ぐNo2だった方だからな。我々では手も足も出ん」
「しかしあの方は一体何を考えておられるのだ」
「それは我々にもかいもく見当もつかん」
「今は静観するしかないだろう」
「そうだな」
そんな話し合いが持たれてるとはつゆ知らず、ゼロはいつもの様に薬草採取に精を出していた。
『パーティも組んだ事だし、そろそろ魔物討伐に出してもいい頃かな』
ゼロは誰を魔物討伐に出すと言うのだろうか。
その日の夕方ゼロは子供達を集めてこんな話をした。
「お前達には必要な基本は全て教えた。後は実践あるのみだ。だから明日から「返らずの森」で魔物討伐をする。いいな」
「えっ、ええっ、そんな。本当に魔物討伐するの」
「俺達死ぬんじゃないか」
「死んだらそこまでと言う事だ」
「そんなの滅茶苦茶じゃないか」
「お前らいつまでこんな安穏とした所で安眠をむさぼってるつもりだ。そんな事でこの町を守れる人間になれるとでも思っているのか。俺はお前達をそんなふやけたガキに育てたつもりはないぞ。それが嫌なら今直ぐこの家を出ていけ」
「ぼ、僕やります」
「私も」
「お、俺もやるよ」
「それでいい。朝一番で出るからな。準備しておけ」
少しきついかなと思ったが、これ位で丁度いいだろうとゼロは思っていた。そして翌朝ゼロは5人の子供達を連れてクロシンと共に「返らずの森」にやって来た。
「なぁゼロ、本当にいいのか。こんなガキ共をこんな森に連れてきて、魔物に食われちゃうんじゃねーのか」
「俺はこいつらに森の中で生きる方法を教えた。だからこいつらはガキだが大人よりも森で生活する方法をよく知っている。そんな奴らが魔物の一匹や二匹狩れない訳がないだろう」
そしてゼロの言葉通り子供達は魔物を狩りだした。最初は小さめのバフラビットからだ。
はしこい魔物だが取り囲んでしまえばそんなに苦労せずに狩れる。要は作戦と方法だ。
これを皮切りにゼロは子供達に毎日魔物狩りをさせた。初めはおっかなびっくりしながらやっていたが、慣れてくると嬉々としてやっていた。
そして魔物の解体もゼロが教えた通りにこなしていた。それを冒険者ギルドの買い取り場へ持って行って、その金をもらった時の喜び様はなかった。自分たちの労働で初めて稼いだ金だ。嬉しくない訳がないだろう。
こうして少しづつ魔物の難度を上げて行き今ではDランクレベルの魔物までなら狩れるようになっていた。
しかしゼロは慢心をさせない為に戒めと実際に出来ない事を経験させた。自分の命と引き換えに。勿論本当に危なくなったらゼロが助けに入ったが。
そして子供達は生きる術とその難しさも同時に学んで行った。勿論クロシンは子供達のサポートをしながら自分の狩りとを両立させていた。
今子供達が住んでいる家は、町の少し外れにあるがゼロが作ったものだ。5人の子供達と後大人が二人が十分に住めるスペースがある。
ゼロもここで子供達と一緒に生活していた。ただゼロの場合は時々ふらっと何処かに行ってしまう事があったが、子供達はそれには慣れっこになっていた。
しかし今度ばかりは少し事情が違った。その日ゼロは子供他達とクロシンを集めてこう言った。
「お前達は覚えてるか、俺と初めて会った時の事を。俺はお前達に貧民街の生活から抜け出したかったら全てを捨てろと言った」
「うん、覚えてるよ。だから俺らはみんな捨ててゼロについて行ったんだ」
「そうだ、良くついてきた。そして俺のしごきによく耐えた」
「だって必死だったから」
「そうだ、それでいい。生ける者は必死ならなければ何も変わらないからな。そしてお前達はちゃんと自分を変えた。大したものだ」
「なに、俺達自慢していいの」
「ああ、いいとも」
「わーやった。初めて褒めてもらったよ、なぁ、みんな。おい、どうしたんだよラーラ、そんな怖い顔をして」
「レワンは鈍感だからわからないのよ。これってゼロが私達の所から離れて行くって事じゃないの」
「ラーラ、よくわかったな。お前は昔から察しのいい子だった。その利点を生かして今後もみんなの取りまとめ役をやってくれ。レワン、お前は長男だ。みんなを引っ張って行く原動力になれ」
「いやだよ。そんなの。ゼロと別れたくないよ」
「人はいつかみな別れて行くもんだ。それが早いか遅いかの違いだけだ。そしてお前達はそれが出来るレベルに達したと言う事だ。つまりもう俺なしでも生きて行けると言う事だ」
「エトムント、お前は本を読むのが好きだったな、それはいい事だ。これからも色々な本を読んで知識を広げて行け、それがやがてお前を助けてくれる時があるだろう」
「マルク、お前は薬草採取に才能がある。その才能をもっと生かせて薬師の道を究めて見ろ。きっと周りの者達を救える事が出来るだろう」
「メラニー、お前はやさしい子だ。その心根は大切だ。誰かが困った時、その心の支えになってやれ。お前なら治癒の魔法を究める事が出来るだろ」
「みんなよく聞け。俺はお前達に生きて行く事に必要な基本の全てを教えた。後はそれをどう生かしどう伸ばして行くかだ。
本当に生きると言う事はこれからだと知れ。人に教えてもらっているうちはまだ本当に生きているとは言えない。だからお前達の本当の生き様を俺に見せてくれ。次に会う時にな」
「ゼロー、ゼロー」
「ゼロ、お父さん」
「お父さん」
「ありがとう、お父さん」
「私忘れない、絶対にゼロの事を忘れないから」
「俺らもだ。みんな絶対にゼロの事は忘れないからな」
「悪いなクロシン、後頼むわ」
「クソ、てめえ、こんなとんでもない事を俺に押し付けやがって、覚えてろよ」
「ああ、俺もお前らの事は忘れないからな。またいつか会おう。じゃーな」
子供達に取って獣人とヒューマンの垣根はそこにはなかった。こうしてゼロは再びこのソリエンの町を離れて行った。
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