第8話 戦争の終結

 朝出て行ったゼロが夕方に帰って来た。


「どうしたのあんた、何か忘れ物。それとも諦めたの」

「そんな訳ないだろう。ミッション・コンプリートだ」

「何そのミッション何とかって」

「あっ、いや。任務完了と言ったんだ」


「任務完了ってなに。えっ、まさか本当にやったの」

「ああ、これが黒竜部隊の隊員達の紀章30個だ」


 そう言ってゼロは彼らの軍服から引きはがした黒竜部隊のバッジをテーブルの上に並べた。


「あんた、本当に本当にやったのね」

「ああ、終わった。それとこれはお土産だ」


ドンとテーブルの上に置かれたのはカイヤルス魔界将軍の首だった。


「何これ。え?ええっ、何よこれは」

「だからカイヤルス魔界将軍の大将首だ」

「うそ、何なのよあんたは。卑怯にも程があるでしょうが」

「だから何だ、その卑怯と言うのは」


「まぁいいわ、ともかくこれで相手の二人の将軍の首は取ったと言う事よね」

「そうだ。それで悪いんだが明日また将軍達の戦略会議を開いてくれないか。今回の報告も兼ねて」

「それはいいけどさ、あんたまさかまた変な事考えてないでしょうね」

「大丈夫だ。一応報告と確認をするだけだ」

「あんたのその大丈夫と言うのが怖いのよね」


 翌日カロールの緊急招集によって再び将軍達の戦略会議が開かれた。


「何だカロール、会議は2日前に終わったばかりだろう。どうしたもう音を上げたのか。黒竜部隊は倒せないと」

「そうじゃないわ、その報告があるのよ」

「ほー良い報告だといいがな、まぁそれは無理か」


「うちの秘密兵器がその黒竜部隊を倒してきたわ」

「おいおい。冗談もいい加減にしろ。昨日の今日だぞ。そんなに早く出来る訳がないだろう」

「実際には一昨日の今日なんだけどね。その証拠を見せるわ。入ってきて」


 呼ばれて入って来たのは仮面を被った一人の男だった。


「何だお前は、ここは将軍の会議場だぞ。それにその仮面は何だ。処刑されたいのか」

「まぁそんなに興奮しないでよ、クルーガ将軍。じゃーいいわ、出して」


 テーブルの上に置かれたのは30個の軍服につける紀章だった。


「何だ、これは」

「それは黒竜部隊の隊員が付けてた紀章よ。丁度30個あるわ」

「こんな物が証拠になるか」

「ならザルゲン将軍の部下に聞けばいいでしょう。黒竜部隊に襲われた時にこれと同じ物を見てるはずよ」

「し、しかしだな、それとこれが同じ物とは限るまい」

「そうね、そう言うと思ったわ」


「何だと、貴様、俺を愚弄してるのか。ただではおかんぞ」

「まぁ、待て、クルーガ。もしそれが本当なら大手柄ではないか。今後の作戦がやりやすくなる。どうせその先もカロールにやってもらえばいいんだからな」

「それもそうだな。で、そっちのお前、無礼だろ。仮面を取れ」


「ああ、それともう一つ土産があるのよ。出して」


 そこに出されたのは布に包まれた物だった。その布の結びを解くとそこから出てきたのはカイヤルス魔界将軍の首だった。


「な、何だ、これは」

「見ての通り、これはカイヤルス魔界将軍の首よ。知ってるわよね、カイヤルス将軍を守ってるのが黒竜部隊だって。この首を取るには黒竜部隊を倒さないと取れないのよ」

「じゃ、じゃー本当に黒竜部隊を倒してカイヤルス将軍の首を取ったと言うのか」

「その通りよ」


「誰がそんな事をやったと言うのだ。たった一日でそんな事は不可能だろう」

「そんな事の出来る者が一人いるのよ。あなた達も知ってるんじゃないかしら」

「いる訳がなかろう、そんなバケモノじみた事の出来る者が。四天王様でもあるまいし」


「ご苦労さん。もう仮面を取ってもいいわよ」

「お久しぶりですね、将軍の皆さん。100年振り位になりますかね」

「誰だ、お前は」

「クルーガ将軍様は覚えておられますよね」

「なっ、お前は、お前はあの時のゼロか」


「クルーガ、ゼロとは誰だ」

「ゼロ・・おーっ、思い出したぞ、お前は確か100年ほど前にこのカロールの付き人をやっていた者だな」

「そうか西部地区の付き人の模擬戦大会であのグルゾーンの従者ガルーゾルを下して異例の優勝をした男だったか」

「そして例の北部地区との戦争で敵の大将首を打ち取ったのもこの者であった事もご存じでしょう」


 そうカロールに言われた時に全将軍の顔色が変わった。あの忌まわしき戦争の汚点を知る唯一の者。


 そしてこのゼロの口を塞ぐために刺客を送って全員返り討ちにされたのがクルーガだった。そしてその時クルーガはゼロに脅された。「二度目はないぞ」と。


「将軍の皆さん、今度はこの前みたいな戦争特約条項みたいなものはないでしょうね」

「な、何を言っておる。その様なものがあるはずがなかろう」

「ならうちの大将ばかりにきつい任務を押し付けるのは止めてもらえませんかね。うちはもう二人の大将首を打ち取ったんです。残りの敵の大将は三人、貴方達も三人でしょう。なら皆さん一対一で倒してもらえませんかね。それでこそ将軍としての技量と言うものでしょう」


「貴様誰に物を言っておる。一兵卒が思い上がるのもたいがいにしろ」


 その時ゼロの体から途方もない気が吹き荒れた。ゼロが「鬼気」呼ぶものだ。それはこのテントの中をカバーし一人一人の将軍を圧して地に膝をつかせた。


 誰一人として立ち上がる事は出来なかった。その力はまさに四天王に匹敵する。将軍レベルでどうこうなるものではなかった。


 ただしカロールはゼロの結界で守られていたのでカロールにはこの気の威力が感じられなかった。またゼロが何か魔道具を使って卑怯な事をやっているのだろうと思っていた。


「じゃーカロール将軍行きましょうか」

「そうね、報告は終わったしね。では皆さん後はよろしくお願いします」


 この時彼らは改めて思い知らされた。このゼロと言う男に逆らえば殺されると。


 そして彼らの目にはあの中で平然としていたカロールはあのゼロと同等のバケモノと映った事だろ。


 翌日ゼロはカロール軍の司令室でお茶を飲みくつろいでいた。


「あんた何そんなにくつろいでるのよ。まだ戦争中なのよ」

「大丈夫だって。後はあのオッサンらがやってくれるだろうさ」

「大丈夫かしらね、あんなのに任せて」

「ははは、分かってるじゃないか。お前も随分とレベルが上がったもんだな」

「どう言う意味よ」


「100年前は将軍と言えば雲の上の存在、そんな感じじゃなかったか」

「そう言えば確かにそうだったかもね」

「じゃー今はどうだ。捉えられない相手じゃないだろう」

「そうね、何となく良い勝負が出来そうな気もするわ。もしかしてあの人達の力が落ちた」


「いいや、あいつらの力は100年前と同じだ。お前の力が上がったんだよ」

「本当かしらね、ちょっと信じられないんだけど」

「信じろ。俺が言うんだから間違いないって」

「それが一番あやしいのよ」


「あいつらは将軍になって上がなくなってしまったので上達する努力をしなくなってしまったんだろう。だからあのレベルで止まってしまっている。しかしお前はもっと上があると思って努力したからレベルが上がったんだ」


「じゃー私がこの先目指す目標と言うのは」

「まだあるだろう。もう二段階上が」

「冗談は止めてよ、そんなの出来る訳ないじゃない」

「いいや、不可能ではないと思うぞ。彼らだって無限じゃない。有限なら必ず追いつくさ」


「それはそうとな、ちょっと気になる事があるんだ」

「なによ、気になる事って」

「あの黒竜部隊の連中と戦った時の事だがな、少しおかしかった」

「おかしいって何が」

「あいつらの魔力が純粋な魔力でない様に感じたんだ」


「純粋な魔力じゃないってどう言う事よ」

「ああ、何か混じり物があるような。まだはっきりした事はわからないんだがな、気になる」

「そう、じゃーわたしの方でもあの黒竜のバックグランドを探ってみるわ」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 その後の戦いは最後の総力戦となった。どちらにも被害はあった。カロールの西部地区は2人の将軍を失い、南部地区も2人の将軍を失った。


 生き残った将の数としては西部地区が2人、南部地区は1人となった。更に総戦力は西部地区が圧倒していた。それはゼロ率のいる軍勢が南の軍勢を圧倒したからだ。


 そして今回の戦争は西部地区の勝利となった。ただそれらの頂点たる四天王にはどちらも刃は届かなかった。


 むしろこの戦いは四天王を度外視して戦われていたと言っても過言ではなかった。


 しかしそれでは100年前の戦争と同じではないかとゼロは思った。大将同士は安全圏にいて兵隊だけが戦い合っている。そんな戦いがあってたまるかと。


 戦いの責任は当然大将の責任だ。ならその結果の報いはその大将が取るべきだろう。


 しかし誰一人として四天王をどうこうしようとする者は現れなかった。いや、その事に言及する者さえ。


 ゼロがその事をカロールに聞くとこう言った。


「あんた馬鹿じゃないの、そんなの無理に決まってるじゃない。四天王様には全軍を用いても足元にも届かないのよ。出来る訳ないじゃない」


『ならこの戦争は一体何の為の戦争なんだ』


 西部地区で論功行賞が始まった頃、そこにはゼロの姿がなかった。当然今回の戦いでの最大の殊勲者はゼロだ。


 何しろ単独で二人の将軍首を取ったのだから。仕方がないのでカロールが代理でその賞を受けていた。


『あいつ一体何処に行っちゃったのよ、こんな大事な時に。まっ、まさかね、いくらあいつでも』


 カロールの危惧は当たっていた。ゼロは今南の四天王、ハルゲンの前にいた。


 ハルゲンの城には簡単に入れた。それだけ警戒が薄かったと言う事だが、初めから警戒などしていなかったとも言える。


 それは誰も四天王を襲おうと考える者などこの魔界にはいないからだ。それだけ力の隔たりがある。


 しかしこの男ゼロはそれを無視して四天王の前にいた。


「何用じゃ、許しもなくわしの前に現れるとは」


 当然四天王の周りには護衛の者達が左右に4人ずつ、8人いたがこの8人、一人ずつが将軍の力に匹敵した。


 なるほどこれでは誰も四天王を襲おうなどは考えないだろうとゼロは思った。


「あんたが今度の戦争の責任者だろう。そしてあんたの軍は負けた。ならその責任を取ってもらおうか」

「面白い事を言うのう。このわしに責任を取れだと。皆の者どう思う」

「笑止、戯言にも程がありますな」

「下郎、身分をわきまえろ」

「貴様は西部地区の者だろう。今回だけは見逃してやるから今直ぐ消えろ」


「あんたらもわからん奴らだな。あんたらの軍は負けたんだよ。ならその将として責任を取るのは当然だろう。それが世の常と言うものだ」

「貴様黙って聞いておればいい気になりおって、四天王様に対して無礼にも程があるだろう。ここで死ね」


 そう言ってその男は魔圧を放ってきた。普通の悪魔なら瞬時に消滅していただろう。魔将クラスですらこれに耐える事は出来なかっただろう。しかしゼロは平然としてそこに立っていた。


「ば、馬鹿な、何故お前はそこにまだ立っておる」

「そんなそよ風で俺がどうにかなると思ったか」

「8人護将、全員力を貸せ」


 そして8人の護衛達が全員で魔圧を放って来たが、それでもゼロはケロっとしてそこに立っていた。


「なるほどのー、一人でやってきた来ただけの事はあると言う事か、お主は何処の誰だ」

「俺は西地区のカロール将軍の参謀ゼロだ。覚えておいてもらおうか」


「カロール将軍だと、誰か知っておるか」

「はい、確か最近グルゾーン将軍の後を継いで将軍に格上げになった者と聞いております」

「お前らの感覚はおかしんじゃねーのか、最近と言ってももう100年も前の話だぞ」

「100年など我らに取っては一瞬に過ぎんわ」


「だからお前らの意識はいかれちまったんだろうよ。時の流れもわからん程にな」

「黙れ、今度こそ本当に殺すぞ」

「お前らみたいな雑魚に俺が殺せるとでも思っているのか。いいだろう相手になってやる」


 そう言ってゼロは今度こそ容赦のない最大級の「鬼気」を放った。これには耐える事が出来ず8護将も地に両膝両手をついた。


「な、何だ、この魔圧は。これではまるで・・・」


 このゼロの気の前には流石の四天王ハルゲンも立ち上がざるをえなかった。それも相当無理をして。


「ま、まさかな。これほどの者がこの魔界にいるとは思わなんだわ。これではまるでわしらと同格ではないか」

「同格だと、舐めるなよ。これはまだほんの挨拶代わりだ。これからだ本番だ。覚悟してかかってこい」


 そしてゼロは更にギアを上げた。そして動けないでいる四天王ハルゲンに波動拳奥義波動浸透勁を打ち込んだ。


流石は四天王だ。その瞬間に結界魔法を発動して防ごうとしたがゼロの浸透勁はそれを無視してハルゲンを吹き飛ばした。


「ま、まさか魔界四天王たる我にダメージを与えるだと」

「お前らはこの数百年間、何もせずに安穏として精進を怠ったからだ。修行を舐めるなよ。お前程度ならかっての聖教徒法国の護神教会騎士団団長のミレなら簡単に葬れるぞ」

「何だと、護神教会騎士団の団長とはそれほどか」

「ああ、俺の片腕を切ったのもそのミレだ」

「何、まさかな」


「いいか、今回の責任はちゃんと取ってもらうぞ。いい加減にしたら今度こそ本当に殺すからな。覚えておけ」

「わ、わかった善処しよう」

「善処じゃね、絶対だ」

「わかった。そうしよう」


「それとな、お前なんか変な事しただろう」

「変な事とは何だ」

「そこに倒れてる護将とか言うやつらだがおかしいだろう。あいつらの魔力には何かが混じってる。本来ならあんなに強くはないはずだ。それにあの黒竜部隊と言うやつらも同じだった。何かが混じっていた」

「それは知らんな」


 ゼロはこの部屋を見渡して意識センサーを広げてみた。


「なるほど、ここか」

「ま、待てそこはわしの私室だ」

「私室に何でこんな魔素が匂うんだ」


 そしてゼロがその扉を開けてみると中には巨大なクリスタルの球体があり、中で魔素が滾っていた。


『これか』


「おい、これは何だ」

「何でもない、魔素球と言うただの実験道具だ」


 ゼロはその球体に近づてその表面に手を当てがった。それで感じたものは以前にも感じたものと同じだった。


「これは魔王の欠片か。確か『魔粉石』とか言ったか」

「何故お前がそれを知っている」

「なるほどな、これで魔力を強めていたのか。邪道にも程がある」


 そう言ってゼロは球体にあてがった手掌に気を集めて勁を放った。球体は一瞬にして破壊され、中の魔粉石も消滅した。


「何と言う事をしてくれたのだ。これだけの魔粉石を集めるのにどれだけの年月を費やしたと思ってる」

「強くなりたければ自分の体で修練しろ。こんなまがい物で本当に強くなれるとでも思っているのか、馬鹿めが」

「貴様・・・」


「いいかもう一度言う。敗北を認めお前の野望を今直ぐに取り止めろ」

「それはどう言う意味だ」

「人間界への侵略計画を取りやめろと言ってるんだ。今回の戦争のそもそもの原因はそれだろう。その為にどれだけの兵士が死んだと思ってる。いいか二度目はないぞ。その時は俺が必ずお前の息の根を止めるからな」


 それだけ言ってゼロはハルゲンの城から消えた。


『あ奴はバケモノか。あの力、魔王様に勝るとも劣らぬとは』










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