第7話 黒竜部隊

 今回のカロールの戦いは辛うじて勝った。しかしこれで戦いが終わった訳ではなかった。


 まず第一に大将首はまだあげていない。精鋭部隊800人を敵将サバーディスに差し向けたが逆に全員返り討ちに合ってしまったと言う。


 それだけ魔界の将軍は強いと言う事だ。その為に軍の大部分を割く訳にも行かなかった。


 何故なら戦いはこれ一局だけではないからだ。ここでの勝敗はほんの一部でしかない。むしろこれからが本当の戦いと言えるだろう。


 他の将軍達もまだ戦っている。だから大事な兵力をたった一人の敵将の為に割く訳にも行かなかった。


 しかし野放しも出来ない。なら私がやるしかないかとカロールが決意を固めた時、「俺がお前の代わりにやってやるよ」とゼロが言った。


「あんた、自分が何を言っているのかわかっているの。相手は曲がりなりにも魔界将軍なのよ。あんたに勝てると思っているの」

「それはやってみないとわからないだろう」


「以前のあんたならまだしも今のあんたは片腕でしょう。そう言えばまだ聞いてなかったわね、その腕はどうしたの」

「切られてしまったよ」


「あんたの腕を切れる様な者が人間の中にいるの」

「ああいる。飛びっきりの奴がな」

「誰よそれは」

「聖教徒法国の護神教会騎士団団長だ」

「やはり聖教徒法国だったの。しかし今はもうその聖教徒法国もない。そうよね」

「ああ、そうだ。人獣戦争で人間側が負けた。そして聖教徒法国も滅んだ」


「そうか、それでハルゲンの奴が」

「ハルゲンって誰だ」

「魔界四天王の一人、南の四天王ハルゲンよ」

「そいつがどうかしたのか」


「人間界への侵略を計っているよ」

「そいつか魔界門の原因は」

「何よその魔界門と言うのは」

「いや、いい。でお前の方の四天王はどう思ってるんだ」


「ソレイヤ様は人間界を滅ぼそうとは思ってはいらっしゃらないわ」

「そうか、それは助かる。じゃーちょっと行って来る」

「ちょっと待ちなさいよ、あんた」


 それだけ言うとゼロはその場から姿を消した。「まったくあいつは100年経っても変わらないわね」


 敵将サバーディスの基地は30名ほどの親衛隊によって警護されていた。それぞれがかなりの手練れだ。その上天幕の中にいるいるサバーディスの魔力は途方もなく強い。


 なるほどこれでは800人程度の精鋭部隊では無理な訳だ。それだけを確認してゼロは真正面から敵の本陣に乗り込んだ。


「誰だ貴様は」

「俺か、俺はゼロと言う。サバーディスの首を貰いに来た」

「何だと、貴様正気か。たった一人で何が出来ると思っているのだ」

「少なくとも前の800人よりはましだと思うがな」

「ふん、言わせておけば。構わん、やってしまえ」


 正面に陣取った親衛隊20人とゼロとの戦いが始まった。親衛隊の前衛が放った攻撃魔法は全てが無効化されてしまった。


 いや、打ち消されたのではない。確かに魔法は届いた。しかしその全てがゼロの手前でゼロを避けて行ってしまった。


 こうなると後は接近戦しかない。この親衛隊は魔法だけではなく剣技にもそれなりの腕を持っていたが所詮ゼロの敵ではなかった。今回ゼロは全員を素手で倒した。それも波動拳を使って。


 そしてゼロは基地の内部に入って行った。途中で出会った親衛隊もゼロの障害にはならなかった。


 まるで無人の野を行くが如くゼロは中心に向かった。どうやらゼロはここで「戦場の死神」になるつもりのようだ。


「よう、あんたがサバーディス魔界将軍さんか」

「貴様は誰だ」

「俺はゼロ。お前の首を貰う男だ」

「わしの首だと、こわっぱが寝言も大概にしろ」

「では覚悟してもらおうか」


 そう言うとゼロは「気」を開放した。その気力は魔界将軍の魔力を遥かに上回っていた。


「ま、待て。お前は一体何者だ。これほどの魔力、この魔界でもそれだけの魔力を持つ者は四天王様クラスしかいないはず」

「ならそう言う事なんだろうよ」


 そう言った時にはサバーディスの首は胴体から離れていた。縮地で距離を詰めて気を込めた手刀で首を刎ねた。


 正に一瞬の出来事だった。本気を出した「死神」の前では魔界将軍と言えども所詮敵ではなかったと言う事か。

 

 ゼロはその首を持ち帰りカロールに渡した。


「本当にあんたは裏切らない卑怯者よね」

「何が卑怯なんだ」

「そうでしょう。まともにやってこのサバーディスに勝てる訳がないじゃない。きっとまた卑怯な手を使ったんでしょう」

「何とでも言え」


「ともかく感謝するわ。それでこれからどうするつもり」

「それはお前の仕事だろう。その前に一つ聞きたい事がある」

「いいわよ。今回のご褒美に何でも教えてあげるわ」


 ゼロが聞いたのは何故魔界が人間界への侵略を始めたのかと言う事だった。


 本来魔界は魔王の復活を待ち、それから人間界への侵略を考えていたと言う事だった。


 しかしまだ魔王は復活していない。それにはもうしばらくの時間が掛ると言う事だった。しかしそれを変えた一つの原因が聖教徒法国の崩壊だった。


 特に聖教徒法国の高位神官や高位の聖教騎士団には光魔法の使い手がいると言う。悪魔に取ってこの光魔法は天敵だった。


 どんな闇魔法もこの光魔法の前には効力を失ってしまうらしい。しかしその使い手達が国と共に滅んだとなると千載一遇のチャンスと言う事になる。


 なら何故その時に人間界を攻めなかったのか。それは魔界側の事情だった。


 人間界侵略の急先鋒は南部地区の魔界四天王だったが、その時点ではまだ人間界への侵略を良しとしない勢力があった。それがカロールの属する西部地区の魔界四天王だった。


 その双方で力のせめぎ合いがあり、双方に力をためて遂に抗争に至ったのが今だと言う。


 カロールの上司に当たった魔界将軍グルゾーンが暗殺されたのもこの発端が原因だったらしい。


 それから長い戦いが続いたが何故か今になって南部地区の力が増してきていると言う。


 魔界門に影響が出だしたのも恐らくはこの辺りに原因がありそうだとゼロは思った。


『ならまずはこの戦争に勝ってからだな』


 今回の戦いでのカロールのあげた戦果は大きかった。相手の魔界将軍の一人を倒したのだ。それも恐れられていたあのサバーディス魔界将軍を。


 一体誰が倒したのだと噂になっていたが、それは軍事秘密だと言ってカロールは明かさなかった。


 この後将軍達の戦略会議があった。幸い相手の一人の将軍の首は取ったが実はこちらも一人取られていた。


 西部地区の魔界将軍は総大将がザイルック、そしてゲルバン、クルーガ、ザルゲンにカロールだった。この内ザルゲンが倒された。


「カロール、サバーディスの首を取ったのは誰だ。お前の軍の者だと聞いたぞ」

「それは今の所、作戦上の秘密だから言えない」

「何、言えないだと。随分と言うようになったじゃないか」

「そうだ。高々副団長だったお前が」

「今の私は魔界将軍だ」


「いいではないかゲルバン、クルーガ。ともかく勝ったのだから」

「まぁ、今はいいだろう。しかしこれが終わったらきっちり教えてもらうぞ」

「わかった」


 今回ここで問題になったのは倒された自軍の将軍の事だった。一人の敵将の首を取ったのはいいが、西側の一人魔界将軍、ザルゲンが殺され戦況は五分に戻ってしまった。いや、少し押されていると言っていいだろう。


 クルーガによるとザルゲンを倒したのは南のカイヤルス魔界将軍の所の黒竜部隊だと言う。


「何だその黒竜部隊と言うのは」

「それが良くわからんのだ。今までその様な名の部隊は聞いた事もない」

「でその戦力は」


「何でも30名ほどらしいが、これが滅法強いらしい」

「まぁ、それはザルゲンを倒せるほどだからな」

「いいだろう。ならばその相手、カロール。お前の所でやってもらいたい。サバーディスを倒したんだ、出来ない事はないだろう」

「わかったわ、やってみる」


 こうしてカロールはジョーカーを引かされて来た。まぁ魔界将軍の中では一番若い成り立てなのだ。


 仕方がないと言えば仕方がないが、普通こう言うのは歴戦の将が当たるものではないのか。


 ゼロもその点を指摘したが、ゼロの事を明かさなかった腹いせなんだろう。そして自分達も危険な事はしたくないと言う護身か。


「禄でもない将軍共だな」

「まぁそう言わないでよ。戦いなんてこんな物よ」

「で、その黒竜部隊と言うのは何処にいるんだ」

「何あんた。あんたがまたやろうと言うの」

「ついでだ」

「あんたね、これってついででやる様な物じゃないでしょう。作戦は」

「そんなものはない。要は潰せばいいんだろう」


 翌日ゼロは一人カイヤルス魔界将軍の陣に向かって進行して行った。まさか誰も敵兵一人で攻め込んで来るなぞ想像すらしなかった。


 その虚をつかれて本陣テント前まで侵入を許してしまった。しかしそのテントの前は黒色の軍服を着た警備兵が二人立っていた。


 この二人はなかり出来そうだった。しかしゼロは構わず突き進んだ。


「何者か、所属部隊と姓名を名乗れ」

「俺か俺はゼロと言うんだ、よろしくな」

「貴様、何だその口の利き方は、貴様の紀章は・・・何、それは西部地区の、貴様敵か」


「何だ今頃わかったのか。それでお前達が黒竜部隊なのか、あのザルゲン魔界将軍を倒したと言う」

「それがどうした」

「まぁあいつなら倒されても仕方ないかなと思ってな、弱っちいし」


「貴様何を言っている。曲がりなりにも自軍の将軍だろう。それを弱っちいとはなんだ」

「お前らもそうは思わないか?あいつ強いと思うか」


 二人は唖然として顔を見合わせながら、

「確かに言われてみれば、そう強いとは思えなかったな」

「だろう。だから倒されて当然さ」

「しかしそれをお前が言うか」


「で、ここの大将はどうなんだ、強いのか」

「当たり前だ。カイヤルス魔界将軍様は偉大なお方だ」

「じゃーお前ら黒竜部隊と比べてどうなんだ。お前らならカイヤルス魔界将軍の首も取れるんじゃないのか」

「馬鹿な事を言うな。何を言っているんだ貴様は」


「俺がここの大将の首を取ると言ったらお前らどうする」

「当然ここでお前を殺す」

「だろうな、しかしお前ら二人では無理だ。仲間を呼べ」

「下らん、死ね」


 そう言った黒竜部隊の一人の首が一瞬の内に飛んでいた。横にいた隊員はその攻撃の動きすら見る事が出来なかった。


「だからお前らでは無理だと言っただろう。大将の首が飛ぶ前に仲間を集めろ。それまで待ってやる」


 もうここまで来れば滅茶苦茶だ。敵陣に乗り込んで大将首を前にして待ってやるか仲間を呼べと言う暗殺者がこの世にいるだろうか。


 それでもその隊員は仲間にだけ認識出来る呼子を発して仲間を集めた。十数秒で30人近い隊員が集まった。


「ほーこれが黒竜部隊か。確かにお前ら強いな。うちの大将の首も飛ぶ訳だ」

「カルロス、なんだこいつは」

「はっ隊長。カイヤルス魔界将軍様を狙いにきた西の暗殺者です」

「何、暗殺者だと。そんな奴が何故堂々とここにいる」


「それはほら、お前らを殲滅する為だ。しかしお前ら本当に強いな。お前ら本当に悪魔なのか。何か混じってないか」

「何を馬鹿な事を言っている。構わん殺せ」


 一対二十九の戦いは数分でけりがついた付いた。地面に屍を晒しているのは黒竜部隊の面々だった。


 それを取り巻い見ていた南軍の兵士達も、ゼロのあまりの凄まじさに固まってしまって動けないでいた。


 その瞬間にゼロの姿が消え、次に現れた時にはゼロの手にはカイヤルス魔界将軍の首が握られていた。


「悪いな、それじゃーこれはもらって行くからな」


 そう言ってゼロは消えた。

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