第6話 カロール魔界将軍

 ゼロは再び魔界に舞い戻って来た。かって魔界にいた時の様に悪魔に変装して。ただ一つ違っていた事は片腕になっていた事だが、当時の事を知る者はそうはいるまい。


 確かに悪魔は人間とは違い長生きをする。100年と言う年月も悪魔に取っては一瞬の様な物かも知れないが、それなりには時の経過はある。その間に事象は動くだろう。


 当時ゼロがカロールと共にいた西部地区の魔界軍はそのままなのかどうか、ともかくゼロはそこから探ってみる事にした。


 そして情報を収集してわかった事は当時西部地区を取り仕切っていた魔界将軍達の一人グルゾーン将軍は死んだと言う事だった。


 そしてその後を継いだのが当時の副団長だったカロールであり、今では西部地区の魔界将軍の一人になっていると言う話だった。随分と出世をしたものだとゼロは思った。


 そう言えばあの時、急にカロールが魔界に帰ると言ったのは、恐らくはグルゾーン魔界将軍の死と言うのが原因ではなかったかとゼロは推測した。


 問題はその後だ。今の状態は余り正常とは言い難い。元々魔界の事だ。争い事には事欠かない世界ではあるが、それでもまだあの頃は人間界に打って出ようと言う雰囲気はなかった。


 しかし今はどうやらそれも視野の一つに入っている様だ。一体何がそうさせているのか調べてみる必要がありそうだとゼロは思っていた。


 ただ魔界門に関しては、ゼロが魔界側からも結界を張っておいたのでしばらくは待つだろう。その為の1っカ月だった。そしてゼロの変装は完璧だった。ゼロが人間だと見抜ける悪魔はここにはいなかった。


 元々人間などこの魔界では魔素が強過ぎて数時間しか存在出来ないのだ。そこに人間が入り込んでるなぞ想像すら出来ないだろう。


 ゼロが昔良く行った店のバーで情報を集めていると、どうやら今、軍の兵役屯所で傭兵を集めているらしいと言う話が聞こえて来た。


 昔はそんな話はなかった。余程兵隊が少なくなったのか。しかし話を聞いているとそうではない事が分かって来た。どうやら魔界四天王間で争いが起こってる様だった。その為の兵力の増強と言う事らしい。


 ゼロはこれは面白いとその応募を受けてみる事にした。


「次63番」

「俺だ」

「何だお前、片腕か。そんなんで戦えるのか。我々はクズはいらんのだ」

「戦えるかどうか試してみたらどうだ」

「生意気な奴だ。おい誰かこいつの相手をしてやれ。役に立たなければ殺してもいいぞ」


 流石は魔界だ。採用試験で殺してもいいと来た。ゼロは刃びきの片手剣を使って相手をした。


 別に素手でも良かったのだがあまり最初から力の差があってはかってカロールの従者だったと正体がばれやすいし情報も集め難いと考えたからだ。下っ端に混じってる方が拾える情報もある。


 相手はガタイの大きい悪魔でモーニングスターが獲物だった。この武器では模擬戦と言っても簡単に相手を殺してしまうだろう。


 それが本来の目的だったのかも知れない。役に立ちそうにない者は先に排除しておくと言う。それに殺人の趣味もあるのかも知れない。


 ゼロは相手の攻撃の間合いを見切って辛うじてかわしている様に見せて、まぐれで懐に入り片手剣を相手の喉元に付けつけたと言う形で終わらせた。これで一応試験は合格して傭兵として採用される事になった。


 人間世界でもこの魔界世界でも傭兵などと言う者は所詮使い捨ての兵士だ。


 役に立てばそれで良し。死んでも自己責任と言う事になる。まぁ、これはゼロ自身が実際に通り過ぎて来た道なので気にもしなかった。


 ゼロの採用が決定して直ぐに戦闘に駆り出された。それだけ今の魔界では戦闘が日常化してると言う事なんだろう。


 今回の相手は南地区の魔界軍だと言う。現在魔界では二人の魔界四天王が戦いを繰り広げているようだ。


 魔界四天王の中で二人の魔界四天王、北と東は戦争には参加していないと言う話だった。


 理由はやはり覇権争いらしい。どちらが先に仕掛けたかはわからないが西の魔界四天王と南の魔界四天王との間に戦争が始まった。


 そうなれば西の魔界将軍の一人であるカロールは今まさに戦いの最中にいると言う事になる。


 周りの傭兵や正規の兵士に聞いてもカロールの評判は悪くはなかった。ただ末端ではトップの人となりは詳しくは伝わっては来ないがその風評が結構人物像を言い当てる事がある。


 魔界四天王にはそれぞれに五人の魔界将軍がついている。カロールはその内の一人だ。


 そして魔界将軍同士もまた功を競い合っていた。今回ゼロはたまたま西の魔界四天王の軍に編入されていた。そしてカロール将軍の編隊の一兵卒として戦う事になった。


 相手は南の魔界四天王の魔界将軍サバーディス軍との戦いだった。この魔界でも人間界と同じように近代的な科学兵器と言う物はない。魔法と武技の戦いだ。


 ゼロの属していた300人の部隊は遊撃隊として正面に構えた本体の側面から奇襲攻撃を掛ける役目を負っていた。


 しかし側面とは言え相手は左翼の2,000人の部隊だ。これではいくら奇襲と言っても数が違い過ぎる。


 それに地の利もない。言ってみれば一種の誘導作戦と言う名の自爆行為の様なものだ。だからこその傭兵軍団なのだろう。


 その中に組み込まれたゼロだったがこの様な戦いは慣れていた。ゼロに取っては今まで散々やって来た戦いだった。


 本来ならこれは蟷螂の斧、自軍の本体を有利にする為の玉砕作戦の様な物だ。


 勿論そんな事は傭兵達には伝えられてはいない。しかしゼロはこの陣形を見た時にその真意を掴んでいた。


 まさかあのカロールがこんな作戦を考えるとは思えない。頭の悪い指揮官もいたものだとゼロは思っていた。


 しかしまぁ、ゼロに取ってはそんな事はどうでも良かった。周りにいる傭兵仲間達は次々と玉砕して行ったが、その中にあってゼロ一人だけは相手の数を物ともせずに突き進んでいた。そして2,000人を束ねる将校の首を取った。


 まさか自軍でもそんな事が可能だとは誰一人思ってもいなかった。蜂の一刺しで多少なりとも相手の陣形の乱れを誘えればいい。その程度の思いだったのだろう。


 ゼロは一応自らの仕事を終わらせた上で他の陣形や作戦を眺め自軍の指揮官の質と技量を計っていた。


 そしてこれではだめだなと思った。いくらトップが良くても現場の指揮官の質がこれではどうしようもない。恐らくこの戦いは大敗するだろうと読んでいた。


 結果はゼロの予想通り全軍の4割を失って1日目が終わった。たったの1日で4割の兵の損出は大きな痛手と言えるだろう。この後の作戦にも支障を来すだろう。


 この報告は総指揮官のカロールにも届けられた。しかしこの結果はカロールが計画していた物とは違っていた。


 言ってみればカロールの指示が正確に末端に伝わってないと言う事を示していた。


 何処が悪いのか。それは恐らく中間で指揮命令系統に問題があると言う事だろう。


 こう言う事は上から見ていただけではわからない事が多い。現場に立ってはじめてわかる事がある。


 ここからゼロは中間指揮官の中に敵のスパイがいると睨んでいた。作戦があまりにも幼稚でありまたその作戦が前もって敵に見破られている気配があった。


「なるほどそう言う事か。これではカロールの奴も大変だな。これが単なる味方の足の引っ張り合いならまだましだが、もしこれが敵の仕掛けた罠ならこの戦いは負けるな。仕方ない少し注意してやるか。昔馴染みだしな」


 その夜ゼロはカロールのいる総指揮官のテントに忍び込んだ。


「よう、元気かカロール」

「な、何よ。何であんたがここにいるのよ」

「久しぶりなんでな、どうしてるかと思ってな」

「そう言う事じゃないでしょう。何であんたがここにいるのかって聞いてるのよ」


 ゼロは今着ている軍服をカロールに見せて「俺はお前の軍に雇われた傭兵だ」と言った。


「あんたが雇われた。冗談でしょう」

「冗談でこんな事が言えるか。ただな、今回の戦いはお前負けるぞ」

「どうしてよ」


「どうしてって、今日の戦い方を見てわからなかったのか」

「そうね、少しおかしいとは思ってたんだけどさ」

「わかってりゃいい。今回は撤退しろ。敗戦になる前にな」


 カロールもそれはわかっていたが、それでもカロールにはカロールの立場と言うものがあった。


「それじゃーあたしの魔界将軍の立場がさ」

「お前の面子よりも兵の命の方が大事じゃないのか。いくら魔界の悪魔だと言ってもよ」


「あんたも面白い事を言うようになったわね。眉一つ動かさないで悪魔を殺せる人間がさ」

「俺も昔傭兵をやってたんでな。こんな茶番劇は虫ずが走るんだよ」


「やっぱりそうだったの。道理でね」

「で、どうする」

「わかったわ。一旦撤退するわ」


 こうしてカロールは兵を引いた。表向きには作戦だとは言ってあるがどう見ても敗走に見えなくもない。


 ここでカロールは将軍としての人事権を発動してゼロをカロールの参謀として迎えた。


 この突然の人事には幹部から一悶着があったが、古参の中にゼロの事を覚えている者がいて、ゼロがかってカロール様の従者をしていたと言う発言があったので辛うじて収拾に漕ぎつけた。


 しかしそれでもまだ納得がいかず不満を漏らしている者もいたが、カロールの力の前では面と向かって逆らう事も出来ず、なし崩しにこの決定がまかり通った。


 そして新たな作戦の元にカロールは再戦を挑んだ。そして今回はゼロを遊軍軍師と言う位置づけで各部隊の支援に回らせた。


 これには裏切り者の排除と言う事も含まれていた。だから作戦の敢行は全軍の同時進行ではなく個別の作戦行動に切り替えた。


 そうする事で裏切りによる自軍の損失を防ぐ目的があったからだ。


 全体の動きはカロールがチックし、個々の動きはゼロが指図した。これによって裏切り者の作戦を片っ端から潰して行った。


 しかも裏切り者はゼロの威圧により動けなくなっていた。まさか一兵卒より抜擢された傭兵にこんな力があるとは想像も出来なかっただろう。


 そして裏切り者達は戦いの中で闇から闇に葬られ、作戦は成功して今回の戦いはカロール将軍の勝利となった。


 勿論戦いはまだ始まったばかりだ。本当の戦いはこれからだ。さてゼロはこの戦いをどう導こうと言うのか。

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