第2話 ゼロの冒険者再び
「どうしたんだい、やけに黄昏れてるじゃないか。向こうの森がどうかしたか」
さっき声を掛けて来た狼獣人が言った。
「あの森には今でも魔物はいるのか」
「いるさ怖い魔物がな。CランクやBランクもざらだぜ」
「お前は狩に行かないのか」
そう聞かれて男は一瞬たじろいだが
「そりゃー行きたいんだがよ、俺はまだシングルでよ、仲間がいないんだ。だから一人じゃちょっと中級の魔物はな」
「要するにお前にはまだ信用がないと言う事か」
「ば、馬鹿野郎。そうじゃねー。良い仲間が見つからねーだけだ」
男の様子を見てこの男の大体の性格を理解したゼロは、
「そうか、なら俺が狩らせてやろうか」
「な、何を馬鹿な事を言ってやがる。おめえはまだFランクじゃねーか」
「Fでも狩れる魔物はいるぞ」
「おいおい、スライムとかは勘弁しろよ。金にならねーからな」
この狼男、名前はクロシンと言ったがゼロの提案に乗せられて取りあえず仮のパーティを組んだ。
これでゼロもDランクまでの魔物なら狩れるようになった。
ゼロがクロシンを煽ったのはこの資格を取るのが目的だった。これでゼロも堂々と魔物狩りが出来ると言う事だ。
この日ゼロとクロシンは森に出かけていた。
「なぁ、お前、いやゼロとか言ったか、お前武器を持ってない様だがどうするんだ。それにお前は片腕だろう。片腕でどうやって狩りをするんだよ」
「片腕でも狩りは出来るさ。こんな物がある」
「何だそれは、でかいマサカリだな」
「マサカリではない。俺の村の武器でな、ブーメランと言うんだ」
「そんなもんで本当に魔物が狩れるのか」
「まぁー見てろ」
ゼロはブーメランを投げて野を走るバフラビットを一投で3匹同時に首を刎ねてしまった。そしてそのブーメランはゼロの手元に戻って来た。
それを見たクロシンは腰を抜かさんばかりに驚いた。その投法にも驚いたがその武器が元に戻って来た事に驚いた。確かにこれなら片腕でも狩りは出来る。
「ゼ、ゼロ、お前って本当は凄い奴だったんだな。何故Fランクなんかやってるんだ」
「俺は文字通りFランクだ。ただランクが実力と同じとは限らないだろう」
「た、確かに言われてみればそうだが普通はないだろう」
「じゃー次に行くぞ」
「あっ、ああ」
この日ゼロとクロシンは20匹のバフラビットを仕留めてクロシン的には大金をせしめた事になった。
勿論このほとんどはゼロが倒したものだが一応は折半としておいた。言ってみればこれはパーティ結成へのゼロのサービスのようなものだ。
この町での宿屋も決まった。ただしゼロ一人でなら宿屋探しも楽ではなかっただろうと思われた。
やはりヒューマンはこの町では敬遠されるのだ。そこをクロシンの口利きで何とか宿屋にありついた。
確かに今は普通のヒューマンに取っては生き難い世の中になっている。人獣戦争が終わりヒューマンは負けた。そして多くの土地や国が獣人達の手に落ちた。
しかしそれでも全体的見ればまだヒューマンの人口の方が多い。だからヒューマン全てを一掃する事は出来なかった。
それに獣人だけではこの広大な大地を回して行く事は出来ない。だからまだどうしてもヒューマンの手は必要だった。
ただし重要な役職は全て獣人で固められていた。これが今の世の中だ。
かって獣人達が人間社会の中で肩身を狭くして生活していた状態が今のヒューマンの状態だと言ってもいいだろう。
勝てば官軍と言う言葉がある。敗戦国民はどうして下隅の生活を余儀なくされる。それが世の中の常と言うものだ。
ただし公に奴隷はいない。それはこの国の創設者でもある英雄ゼロマが奴隷制度を禁じたからだ。
だから敗戦国民のヒューマンでも奴隷にはなってはいないが、窮屈な生活を余儀なくされている事は否めない。まぁ当然と言えば当然だろう。
そんな状況の中でもそんな事を全く気にせずに無視して生きている男がいる。それがゼロだ。
ゼロに取っては獣人であれヒューマンであれそんな事はどうでも良かった。自分が何をしたいのか、また何をなすべきか、それのみを求めて生きている男だった。
そして敵対する者は誰であろうと倒す。その決意はこの世界に来た時から変わっていない。
彼は元の世界では傭兵だったので人殺しにすら禁忌はなかった。戦争では敵を多く殺せば殺すほど英雄になれる。それが現実だ。そしてゼロはその頂点に君臨した男だった。
やがてゼロはこの町でも評判が上がって行った。いくら獣人だなんだかんだと言っても冒険者の世界ではやはり実力がものを言う。
そんな時、長期の討伐依頼に出ていた一つの冒険者パーティが帰って来た。
「おーおー、俺達がいない間にでかい面してるヒューマンがいるって言うじゃねーか、どいつだ出てこい」
相手の顔を見て青くなったクロシンがゼロに駆け寄り、
「ゼロ、あいつ等に見つからない様にここから出ようぜ」
「何故だ。何故逃げなければならん」
「あのなー、あいつらは全員がCランクのパーティで「ハンマーブレイク」と呼ばれてるこの町でも屈指のパーティだ。しかも悪い事にあのリーダーのゴメロは特にヒューマン大嫌いときてやがる」
「それで」
「だから逃げるんじゃねーか」
それを目にとめたゴメロは
「おい、そこのいるのは万年Dランクのクロシンじゃねーか。何コソコソしてやがるんだ。ん?、何だ。そこにいるのはヒューマンか」
『まずい!』
「おい、お前か、最近でかい面してるヒューマンと言うのは」
「別に俺はでかい面などしてないがな、お前の方が面はでかいだろう」
「ははは、面白い事言うヒューマンだな。この俺に向かってそんな事を言った奴は未だかってこのギルドには一人もいないと言うのに、なるほどな」
「ゴ、ゴメロさん、こいつは最近ド田舎から出てきたばっかりで何も知らないんですよ。勘弁してやってください」
「ド田舎であろうがなんであろうが、ヒューマンって言うのが許せねーんだよ」
「お前は何かヒューマンに恨みでもあるのか。前にこっぴどくやられたとか」
「てめー、言うに事欠いて言っちゃいけねー事を言ってくれたな。決闘だ。表に出ろ」
「けっ、決闘ってそんな。ゼロ謝れ。直ぐに謝るんだ」
この一言でギルド内は「オーッ」と言う歓声が沸き起こった。
その時ゼロが受付嬢に、
「ギルドの外での決闘ならギルドの規則には触れないよな」
「そ、それはそうですが」
「わかった、それじゃー行こうかゴリラ」
「誰がゴリラだ、俺はゴリラじゃね、熊だ。てめーぶっ殺してやる」
ギルドの前の広場で対峙したのはゼロとCランク冒険者のリーダー、熊獣人のゴメロだった。
そのゴメロの後ろにはニヤニヤしながら見ているゴメロのパーティの4人の仲間がいた。
このパーティは全員が同族の熊獣人だった。そして全員が力自慢で近距離攻撃の専門家達だった。
後方支援などいるかといつも力で押し切って魔物を倒していた。またそれだけの力があったと言う事だろう。
片やゼロの後ろには今にも足が震えてへたり込みそうになっているクロシンがいた。
ゴメロの武器は大きな鉄のハンマーだった。流石にこの大きなハンマーを振り回せる者は少ないだろう。
そしてこのゴメロの持つ大きなハンマーはどんな大岩でも一撃で砕いてしまう事から「ハンマーブレイク」と言うパーティ名が付いたと言われている。
それだけ威力のあるハンマーだが、ゼロに言わせれば当たらなければ飾りのハンマーと同じだと言う事らしい。
試合開始と同時にゴメロが正面からゼロの頭を粉砕しに来た。それは確実にゼロの頭を捉えて粉砕したかに見えた。
しかし周りで見ている者達には当たる瞬間にゼロが足を一歩引いて避けたように見えた。
だが当の本人の目には確実にゼロの頭を捉えていたはずだった。しかしその瞬間ゼロの姿が消えてそのまま地面を空打ちし、たたらを踏んでバランスを崩してしまった。
まるで幽霊でも打ったように。今度は気を引き締めて真横に胴体を砕きに行った。これも確実に捉えた。しかしまたその瞬間ゼロの姿が消えて大振りして逆にひっくり返ってしまった。
ただ周りで見ている者には、ゼロがかわしたその後をゴメロがハンマーを振ってる様にしか見えなかった。
「リーダー、何遊んでるんです。そんな奴。早くノしちゃってくださいよ」
当の本人、ゴメロは困惑していた。確かに捉えたはずだ。そして確実に当たった。
しかし当たった途端に相手の姿が幽霊の様に消えていた。これは幻術魔法か、それとも精神魔法か、ゴメロには訳がわからなかった。
それから何度攻撃してもみな同じだった。当たったはずが実際にはかすりもしていなかった。
そしてその度重なる空振りはゴメロの体力を奪っていた。目標に当たればそれ程でもないが空振りと言うのは想像以上に体力を消耗する。
ゴメロに魔法でも使えれば戦い方もまた変わっただろうが力に頼った戦い方ではこんなものだろう。
この時ゼロは相手にだけ見える残像拳を使っていた。だから周囲の者からしたら、何であんなに簡単に逃げられてるんだと思った事だろう。
フラフラになって振り上げたハンマーをゼロは右手で打ち払って、そのまま裏拳をゴロメの横顔面に叩き込んだ。
ゴメロは数メートルを吹き飛んで壁に激突した。みんなは信じられないものを見た気がした。
しかし流石は頑丈な熊獣人だ。それでも辛うじて立ち上がって来た。その正面に立ったゼロはそこから真上にジャンプしてそのまま回転を加えて空中で後ろ回し蹴りをゴメロの頭部に放った。
再び吹っ飛ばされたゴメロはそれ以上立ち上がる事が出来ずそのまま沈没した。
それを見た周囲の者達は驚いた。まさかゴメロが負けるとは夢にも思わなかったからだ。しかもヒューマンに。
「よーお前達のリーダーはあの通りだ。どうする敵討ちでもするか。なら受けて立ってやるぜ」
そう言われた「ハンマーブレイク」のメンバー達は牙をむきだして襲い掛かったが全員がリーダーと同じ運命を辿った。
その後ゼロはこの町で「隻腕の殲滅ヒューマン」と言う二つ名を持つようになった。ただしゼロの今のランクはEだ。
ゼロの真の力は計り知れない。その力を知る者はこの町には、いや、この世界にはもう誰もいないだろう。
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