第40話

 主人のいない王城を、アントワネットとマリアンヌが歩く。

 王は出陣前に、マリアンヌに離宮を1つ宛がっていた。離宮だろうとなんだろうと、王城内に住めるというのは、王族にとって非常に大きなアドバンテージだ。

 城に出入りする男爵らと顔を繋げるのはもちろんのこと、純粋に王からの信頼を周囲に示すことが出来る。


 後ろを歩く侍女たちに、アントワネットは不快そうな視線をちらりと向けた。

 マリアンヌの耳元に口を寄せて言う。


「こいつらずっといるんだけど」

「そういうものですから」


 ただ生活の手伝いさえあれば良かった頃とは違う。貴族の当主に執事がついているように、王女ともなれば侍女を従えることが必須となる。

 政務、社交、買い物の手配から、女中の指揮、果ては護衛に至るまで、尊い血筋の女性をあらゆる面から主人を支えるのが侍女である。

 裏を返せば、侍女を上手く使えなければ仕事も生活も回らない。忠実な中間管理職だと思えばイメージしやすいだろうか。


「なんか話しづらい」


 アントワネットの言葉に、マリアンヌは思わず笑ってしまった。


「好きな態度をとればいいと思いますよ。間諜でもお目付け役でもないのですから」


 王が手配してマリアンヌにつけた者たちだ。最低限の警戒は必要かもしれないが、わかりやすい裏切りをすることはないだろう。

 市民階級から、王城に住めるようになるまでには、何世代にも渡る大変な努力が必要になる。変に派閥争いなどで暗躍するより、成すべきことを成して、誠実さと勤勉さをアピールする方が、彼女たちにとっては重要ごとである。

 侍女という立場は、一度の失敗で喪っていいものじゃない。


「それならいっか」


 急にフランクな言葉で話し出したアントワネットに、すぐ近くを歩く侍女が目を見開いた。しかし反応はそれだけ。口を挟んだりしない。


「アントワネットさんの立場は不透明ですから、多くの方が疑問に思っているでしょう。いっそ、私に対して親し気に話している方が、周りもわかりやすいと思いますよ」

「こんなどこの馬の骨とも知れないのと仲いいと思われたら困るんじゃないの?」

「困るかもしれませんが、そのときは困らせてください」


 少し照れたように、マリアンヌははにかみながら言った。

 アントワネットには大きな恩を感じている。人間性の部分には恐怖することもあるが、アントワネットがマリアンヌを傷つけたことはない。


 バロウンス公爵を筆頭に、領地に引きこもっていた諸侯を戦場に送り込んだ。

その過程で詐欺を暴かれたアントワネットは、現在立場を悪くしている。

 マリアンヌはアントワネットの恩に報いたかった。少しでも彼女を庇いたかった。


「んなことしてたら、王位が遠のくよ」

「いいではありませんか。遠のいたって」

「なんでさ」

「魔王を打倒し、結果的に善政が敷かれるのであれば、王が誰だってかまわない。私はそう思っていますよ」


 理想の王とは何か。王になるべくそう考えたマリアンヌは、ついに逆の考えに辿り着いた。

 理想の王は、理想の治世を行う者。であれば、理想の治世を行えれば、誰が王であろうと構わない。いっそ、王がいなくとも構わない。

 そう考えたのだ。


「マリアンヌ以外の人が次期王になったら、善政が敷かれるとも限らないじゃん?」

「だから会いに行くのですよ。第一王子にね」


 王不在の王城で、次期王候補と目される二人が対面しようとしていた。

 大きな火種にもなりかねないこの会談。しかしコルドゥアン男爵を筆頭に、止めようとする者はいなかった。


 グリーズデンの貴族は。

 彼らが敬愛し、付き従う王が、どのように玉座に座ったのかを知っている。


 戦場から帰った王が、返り血も砂埃もそのままの姿で、腑抜けた先王を斬り殺した姿を見ている。

 流れる血、ぶちまかれた臓物の残る玉座に、どっと腰かける姿が今もまぶたの裏に焼き付いているのだ。


 燃えよ。火種があるならば。


 諸侯は王だ。王を従える者は、真の王でなければならない。

 たかが火種に怯える者は、グリーズデン王国にはいなかった。


 第一王子に呼び出されたサロンに、アントワネットとマリアンヌが入る。

 第一王子、側近の若い男、マリアンヌ、アントワネットが向かい合うようにして座った。両者の背後には、壁に貼り付くようにそれぞれの侍女が並ぶ。


 第一王子は、マリアンヌより一回り年上で、王の血を強く感じさせる男だ。筋骨隆々な肉体に、自信のみなぎる顔つきをしている。

 第一王子側近の男は、彼の教育係を務める男爵の嫡子だ。


「よく来たな。顔を出さないかと思っていたぞ」


 マリアンヌたちが部屋に入ったときから一度も立ち上がらなかった第一王子が、傲慢さを感じさせる声色で言った。


「ヨーゼンラントよりは近いので、すぐに来れました」


 マリアンヌが白けた表情で応酬する。

 今まさに地獄となっているヨーゼンラント。開戦前ではあるが、魔王の危機が主張されるなかで、マリアンヌとアントワネットは現地を訪ねている。しかし、派閥的な都合もあってのことだが、第一王子は一度も足を運んでいない。


 ――戦場を避けた臆病者め。


 そんなニュアンスを正確に汲み取った第一王子の額に、青筋が浮かんだ。

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