第27話

 アントワネットがバロウンス公爵を説得している最中。

 王都ではマリアンヌが、魔王討伐の題目を掲げ動き出していた。


 ただ魔王討伐を叫ぶだけであれば、周囲の貴族の人心も離れていたことだろう。だが、マリアンヌの言葉には別の重みがあった。

 アントワネットが進めている鉄道計画だ。

 ヨーゼンラント1か所に敵を引き入れ撃滅する。戦地を限定することで他の貴族領に被害を出さず、かつ、大量の物資をそこで消費することで、経済を活性化させる。


 物資の流通ルートが用意された上で、そこに大量の物と人を売り込める。さらに武勲も立て放題。さらに魔王を倒せれば、焼け野原になったとはいえ、彼らが通って来た土地も切り取り放題ときた。

 その土地にも鉄道が伸びれば、飛び地の管理も楽になる。


 鉄道計画が持ち上がったことで、魔王討伐が「事業」としての形を持ち始めたのだ。

 防衛戦争なんて貧しくなるだけの貧乏くじだったはずが、儲かる戦となった。


「ヨーゼンラントから帰って来たと思えば、随分と過激なものを打ち出すようになったな」


 王とコルドゥアン男爵と3人で、サロンの席を囲む。

 内々の会話らしく、王の表情は幾分か柔らかいものになっていた。


「不思議な場所でした。現実主義なようで、利己的ではないと言いますか」

「あいつらは覚悟が決まっている。変な一族だ」

「マリアンヌ様にとって良い学びとなったのですな」


 男爵は満足そうに頷く。


「良い学び、なのか? あいつら変だぞ。当主のシラノだって、大地属性ぶちのめすためだけに風雨属性を極めたバカだ」


 王は嫌そうな顔をした。

 ヨーゼンラント公爵、シラノ=ド・ヨーゼンラントは風雨属性の使い手として有名だ。

 風雨属性は水と風を操る。その特徴から、農業や海運でよく使われる。だが、直接的な打撃力に繋がらず、防衛にも向かない。戦場で使われることの少ない属性の魔法だ。


「そんな経緯があったのですか」

「あいつは元々は大地属性の達人だ。なぜ風雨属性にしたのか訊いたら、こんなことを言っておったぞ『ワシの大地属性は強すぎる。同程度の使い手がいれば戦線が崩壊する。押し流せる水を極めねばと思ってな』とな。ふざけておる」


 自惚れとも言えるヨーゼンラント公の言葉に、マリアンヌは思わず笑ってしまった。

 そんなことを言う人に見えなかっただけに、意外性が面白かったのだ。


「で、魔王討伐を本当にするのか?」

「そのつもりです」

「仇討ちか?」


 王の目が鋭くなる。

 マリアンヌは小さく首を振った。


「過去ではありません。未来のために、です」

「ルージュラントが負けると思うか?」


 マリアンヌがルージュラント貴族であるペルシュルガ家の血を引いているように、隣り合う国との縁は深い。

 ルージュラントのことを良く知っているだけに、王はかの国が負けるとは思えなかった。

 この認識は多くの貴族が持っている。ルージュラントが弱ければ、とっくにグリーズデン王国が飲み込んでいる。それが叶わないくらいに、ルージュラントは強いのだ。


 ルージュラントは強い。ルージュラントが魔王なぞに負けるはずもない。

 その認識が頭にあるからこそ。ペルシュルガ家の敗北は衝撃ではなく、侮りで受け止められた。魔王の脅威を正しく受け止められていれば、マリアンヌが失脚したりしない。


「負けます。お爺様が負けたのですから。それに、国ひとつ平気で食い散らかすような者たちだからこそ、これだけの速さで進軍しているのです」

「――で、あるか」


 王は深く沈むように腰かけた。

 マリアンヌの話に根拠を感じたわけではない。だが、彼女たちがそう思い、国を動かそうとしていること自体には好感を持っていた。


「もし魔王がルージュラントで止まれば、恐ろしいことになる」

「そのときは、この老いぼれの首でも刎ねてくだされ」

「スピキュラ……お前というやつは」


 王は呆れた声で、コルドゥアン男爵の名を呼んだ。

 マリアンヌの教育係につけたころ、ちょうど孫が反抗期に突入したコルドゥアン男爵は、マリアンヌを可愛がりすぎている。


「備えるだけで金がかかる。備えることは肝要だが、備えが空ぶれば非難する者どもがいるのもまた事実だ。男爵の首ひとつでは済まなくなるぞ」

「備えなければ何人の首が落ちるかもわかりませんから」


 マリアンヌは微笑んだ。表情は儚げで、しかし声には強さがこもっている。

 王は諦めたように溜息をついた。


「いつでも出陣できるよう準備を整えておくか。いい加減、シラノの奴に臆病者呼ばわりされるのに腹立っていたところだ」


 武で鳴らした王にとって、戦場に出ないことを非難されるのは痛かった。


「スピキュラ。お前も準備しておけ。忙しくなるぞ」

「ほっほっほ。息子が頑張りますぞ」


 まだ当主の席を手放していないくせに、軍役を息子に押し付けるコルドゥアン男爵に、王はじっとりとした目を向ける。


「こんなボケ老人が戦場にいても迷惑にございます。介護に1兵使うのは無駄ですぞ、陛下。女中にでも世話させつつ、王都でマリアンヌ様を支えるのが良き使い道にござります」

「歳月というのは残酷なものだ。保護者でもあり、戦友でもあったものが、介護のことを気にしている」

「いつかは陛下におしめを替えていただきましょう」

「そのためには長生きしてもらわねばな。やはり王都にいろ、ジジイ」

「ほっほっほっほ」


 コルドゥアン男爵は楽し気に笑った。

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