第26話
ヨーゼンラント公爵領を出たアントワネットとマリアンヌは別行動が増えた。
マリアンヌは王城に報告に行き、男爵たちと顔を繋いでいる。
アントワネットは王都からも離れ、貴族領を回っていた。
ヨーゼンラントから離れた南のバロウンス公爵領。
バロウンス公爵領も、ヨーゼンラント同様に広大な土地が広がっている。ヨーゼンラントとの最大の差は、銀の鉱山を持っていることだろうか。
銀産出量を信用とし、金融業を握っている。純粋な「
アントワネットは常よりも華美なドレスを身に着けている。
コルセットでウエストを強く引き絞り、膨らませる場所は大きく膨らませた、ロココ様式のドレスに近いものだ。
バロウンス公爵は金銀があしらわれたウエストコートと上着、ネクタイの原型のようなレースの飾りを首元からかけている。全体的な印象としては恰幅が良く、レスラーを思わせる体つきをしている。
ふわふわの金髪は悲しい未来を予想させるが、立派な
「それで? 投資計画をうちに持ってきた理由はわかるがな。ハイリスクハイリターンではないか?」
「それはどうでしょう。何事もそうですが、ノーリスクというものは存在いたしませんので」
「それは確かにそうだが」
「この度の鉄道計画は、言うなれば国家単位の箱もの事業――」
アントワネットは蠱惑的な笑みを浮かべ、言葉を区切る。
「と思うでしょうが、違います。閣下にとっては非常に身近なものを目指すビジネスとなります」
「身近なものだと?」
「ええ。先行者利益です」
公爵はほう、と小さく息を漏らした。
先行者利益という考え方は、ビジネスの規模が大きくなってから生まれるものだ。
生産力や輸送力が限られている環境だと、市場――シェアという概念が生まれない。各村に1件の鍛冶屋が、他の鍛冶屋と競うことなどないのだから。
ギルドのような大規模な商業組織こそあるが、小規模な組織の集まりで生まれた組合だ。先行者利益の意識は薄い。
一方で、完全に新しい概念として生まれた、集約的な金融を生み出したバロウンス公爵。彼が生み出したシステムを、完全に理解できる者は、彼の周囲にも少なかった。
それを、ぽっと出の若い女が言い当てる。公爵の興味をがっしりと引き付けた。
「鉄道を作る先行者利益とは?」
「最初に鉄道を作るのは、規格を作るということです。鉄道の設計の方向性はもちろんのこと、運行のシステムなども、全て私たちが作るものが後の基準となりますわ」
公爵は小さく頷き、言う。
「だが、それらはいずれ真似されるものだ」
「ええ。しかし、鉄道には他にないものがございます。それが、レール幅という規格です」
「レール幅?」
「模型を出してもよろしいかしら?」
「ああ」
「ではここに」
アントワネットが指示したテーブルの上に、連れてきた従僕が鉄道模型を置いた。これはアントワネットの指示により、大工ギルドが作らされたものだ。こんな女と縁が出来たばかりに、木工ギルドがするような仕事を振られている。
「注目していただきたいのが、この鉄道の下にある
「ふむ?」
「後発の鉄道事業は全て、このレール幅を真似しなければなりませんわ。なぜなら、うちとレール幅を揃えるだけで、乗り換えや路線の連結が容易になるのですから」
「うむむ、なるほど」
公爵は唸った。彼の頭には未来図が浮かんでいた。
レール幅そのものに利権を設定しても良いし、レールの敷設を請け負う会社のようなものを設立しても良い。主要な太い幹線となる部分に線路を敷き、そこから先の細かい乗り入れには、他の貴族家に金を出させて規格を押し付けるのもアリだ。
どうあっても金の匂いがする。
「既に、ヨーゼンラント閣下とセフポン卿、それにコルドゥアン卿にも出資していただいております。また、王都の大工ギルドと金属加工ギルドにも出資いただいておりますわ」
それだけではない。
アントワネットが出した出資者の一覧には、大口小口様々だが、羊皮紙2枚にものぼる数の名前が記されていた。
「うーむ。だが、鉄道が完成するのは何年後だ? 利益になるのがいつかわからないのではな」
「皆様そう仰りますわね」
「その『皆様』を説き伏せたと?」
「ええ。まずはセフポン伯爵領から順に線路を伸ばしていきます。段階的に駅を作り伸ばしていきますので、小規模な輸送事業から、徐々に大規模にしていくイメージですわね。そして、現在セフポン伯が行われている事業の販路を強化いたします」
アントワネットは、マルチ商法で作り上げられた販路に乗っかる形で、輸送力を強化すると説明した。
短い距離の工事が終わった段階で実用していくので、早い段階から利益が見込めるとも。
「安心していただく為、出資者の方には毎月出資額の2%を当月から配当いたします。4年と少しで全額回収、それ以降は純粋な利益となりますわ」
「当月から、か。それはなかなか……」
当月から配当を配るとは、相当な自信を感じさせる。
「最初は少額でも構いませんわ。後になるほど、大規模な工事になりますので。少額で投資していただいて、利益が見込めましたら投資額を引き上げることもできますわ」
バロウンス公爵の姿勢が前のめりになった。
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