第21話

「え、お出かけするの? 行く行く!」


 いつまでも会話が少ないままでも仕方がない。ヨーゼンラント行きがアントワネットに伝えられた。

 アントワネットはこれまでの態度を気にした風もなく、楽しそうにそう返す。


「えーと、王都での仕事は大丈夫なのですか?」


 微妙な表情で気遣うマリアンヌ。アントワネットがしていることを素直に応援できない気持ちが、表情ににじみ出していた。


「へーきへーき。もう教えることもないし、実働はセフポン卿のところの人に投げてるから、本当はあんまり関わらなくていいんだよね。で、次の下準備をチラチラやってるって感じ」

「その下準備というのは……」

「もちろん悪事だよ!」


 マリアンヌは溜息をついた。


「それは私が言えば止まりますか?」

「ちょっと厳しいかな~。お姫様には悪いけど、私にとっても結構大事なことでさ」


 アントワネットははぐらかすように言った。


「あの……」


 マリアンヌが上目遣いでアントワネットを見る。


「アントワネットさんは、最後はどうなるつもりなのですか?」

「最後かー、最後ね。まぁ、少しくらいは考えたことあるよ。有名人になりたいかな~」

「有名人、ですか?」


 想像と違いあまりに俗っぽい理由が出てきて、マリアンヌは思わず鸚鵡おうむ返しした。


「そう、有名人。まぁ別に今生きているうちに有名になりたいとかじゃあ無いんだけどね。やっぱ男たるもの、歴史に名前を刻んでなんぼじゃん?」


 アントワネットは舞台の人物のように、大げさに手を広げながら語った。


「え、ちょっと待ってください。男?」

「女だよ」

「どういうことですか!?」


 焦るマリアンヌの様子を見て、アントワネットはけらけらと笑った。


「前に話したときは魔王の話になっちゃったからね」


 アントワネットは自分の転生の経緯をざっくりと話した。

 あまりにも非現実的な話に、マリアンヌは訝しがる。アントワネットが正直者と思っていないのもあって、半信半疑どころか一信九疑くらいになっている。


「いやあ、初めての月の物にはびっくりしたよ。あんなに大変だったとは」

「う~ん……」

「まぁ、体が変わったことで色々と意識も変わったけど、男の子が好きなものは今でも好きなのさ。おっきな剣とかね」

「そう、なんですね?」

「ということで、最前線の街、ヨーゼンラント楽しみだなぁ。クリスチャン君も今はそっちに戻ってるんだろう?」


 クリスチャンは実家に呼び戻されている。ひどく嘆いていたが、その当時はアントワネットも忙しかったため、見送りも出来ていなかった。


「そうですね。アントワネットさんに会えないことを嘆いていらしたので、行けば喜ぶと思いますよ」

「それはよかった」


 意図的に相手の好意を引き出しているとはいえ、アントワネットも別にクリスチャンのことが嫌いではない。どちらかというと、好ましい青年だとすら思っている。

 そんな相手すら、利用してやろうと悪意の眼差しで見ているのが、彼女という人間なだけで。


「最近のマリアンヌは悩みがちだから、良い息抜きになるといいね!」


 悩みの元凶がそんなことを言う。マリアンヌは思いっきり顔をしかめた。



 立場のある人間には、それ相応の護衛が要る。

 特に貴族や王族となれば、数十からなる勢力に襲撃されることすらあり得る。自分が死んで得する人間がいる限り、どれだけ守りを固めてもやりすぎは無い。


 マリアンヌは今となっては、グリーズデン王国の重要人物である。

 比較的治安の良い王都ならともかく、都市間――戦力を隠し置ける場所を移動するとなれば、派閥の貴族たちが護衛の兵を出した。その数、総勢で150。戦争をするには少なすぎるが、ただの移動にしてはいささか大仰な数だ。


 前を歩く兵たちが踏みしめた道を、馬車が進む。

 ただの徒歩よりも移動がずっと早い。兵たちの足元を、動く歩道のように、石畳が滑らかに滑っている。

 大地属性の魔法で地面自体を動かしながら、その上を歩むことで、移動速度を劇的に上げているのだ。


「ほぇ~こんな風に魔法が使われてるんだ」

「兵士の方は大地属性の使い手が多いですからね」


 アントワネットは興味深そうに周囲の様子を眺めていた。マリアンヌはなんでもないことのように言う。


「大地属性ねぇ」

「ええと、もしかして存じてなかったり?」

「うん」


 この世界の住人にとっては知っていて当たり前のことを知らない様子に、マリアンヌはますますアントワネットのことがわからなくなった。


「ええと、魔法についての知識は」

「ないね。もともとの世界には魔法なんてなかったからさ」

「そうでしたか……。魔法は神への祈りを通じて、現世に奇跡を起こす力だと言われています。ただ、どんな宗教の信徒であろうと平等に使えることや、起こせる奇跡が系統化されていることから、疑う意見も強いです」

「なるほどねぇ」


 神への祈りだというのに、どんな神に祈っても構わないというのは、どんなことか。

 この世界ではたびたび宗教上の激論が交わされてきたが、結論は出ていない。だいたいは結論が出る前に、彼らが信じるで物理的に決着をつけようとするからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る