第20話

 娘の様子を楽しそうに眺めていたグリーズデン6世は、ゆっくりと口を開いた。


「お前には、王宮に戻るのは早かったかもしれんな」

「そんなことは……!」

「だが、王宮に戻るには今しかないのも事実だ」


 そう言い、王としての表情で伯爵らを見下ろした。

 王の鋭い目を前に、男爵らは冷汗を流す。だが、2名の伯爵は表情ひとつ変えなかった。

 王の前に王女を担ぎ上げておいて、涼しい顔を崩さない。


「マリアンヌ。私は子どもたちを全員平等に愛している。だからこそ、機会は平等に与える」


 王の指がパキリと鳴った。

 父親のような表情をしているが、こう見えて本人は自分の親兄弟を皆殺しにして、玉座を手に入れている。

 彼が言うところの「機会は平等に」というのは、殺しも陰謀もなんでもアリで、他の兄妹に競り勝てという意味合いだ。優しそうな顔で血なまぐさいことを言っている。


「あえて言うが、あの程度の化生を飼いならせなければ、この席は遠いぞ。座ったところで、お前に首輪がつくだけだ」


 王がマリアンヌに優しくしているのは、自分の娘だから、だけが理由ではなかった。

 急に勢力を増して台頭してきたことで興味を持ったことと、次代の王が諸侯の傀儡になるのは許せないという考えからだった。


「マリアンヌ。お前は王家の一員だ。王家の一員ならば、王を目指すのが自然だ」


 当然そんなことはない。自分が皆殺しにしたからって、自分の子も当然そうなのだと思い込んでいる。


「お前はどんな王になるんだ?」

「それは……民を思いやれる王に……」

「思いやったところで何になる。甘やかせば付け上がり、治安が乱れる」


 王の言葉に伯爵たちも頷いた。自分たちの領地運営で思うところがあるのだろう。

 厳しい否定にマリアンヌは押し黙ってしまった。


 王宮で育ち、男爵に庇護されて育った。王都の中のことしか知らず、世間をわかっていない。現実への解像度が低いせいで、正しく理想の王がイメージできずにいた。


 グリーズデン6世は大きく溜息をついた。


「私の王としての在り方を教えよう。私は、兵と共に戦場にある王を目指した。ただそれだけだ。政治のことは優秀な家臣に任せてある。どんなものでもいい、なりたい姿をきちんと持つのだ。芯があれば、諸侯とて取捨選択できる」


 今のマリアンヌは勝ち馬のように見えるから、諸侯の支持が集まっているだけ。そこに王を選ぶ上での理念はなく、仮に王になったとすれば、そこから我を通すための暗闘が始まる恐れがあった。


「芯……」

「お前には経験が足りないのかもしれないな。役目を与えよう。紙をここに」


 王は困るばかりで主体的な意見を出せないマリアンヌに、1枚の書状を渡した。

 そこには王の名で、ヨーゼンラントに視察に行く命令が書かれている。


「ヨーゼンラントの視察ですか。どういった報告をお望みですか?」

「見たままで良い。ヨーゼンラント公の世話になってこい」


 王は様々な含みを持たせながら、そう言った。

 ともあれ。この指示をこなせば、成果の1つにはなる。視察に行くだけで胸を張って王の前に立てるようになると思えば、非常に優しい命令書だった。


「かしこまりました。謹んでお受けいたします」


 マリアンヌは深々と頭を下げた。



 帰路。マリアンヌはコルドゥアン男爵の馬車で送られていた。


「なにも……陛下になにも答えられませんでした」

「陛下は厳しいですからの」

「いえ、幼き頃を思い出せば、かなり優しくしていただいたと思っております」


 マリアンヌの記憶の中の王は、もっと厳格で人を突き放すような目をしていた。

 年をとって丸くなったか、それとも本人にはどうしようもない理由で兄妹に出遅れたマリアンヌを憐れんでなのか。


「ですが……陛下はマリアンヌ様に期待なさっているのでは?」

「どうなのでしょうね」


 マリアンヌは完全に自信を失っていた。常に伸びていた背筋は丸くなり、普段より何回りも小さく見えた。


「ヨーゼンラントを選んでくださったのです。対立している領地でないのは、陛下がマリアンヌ様に成果を与えたいのではございませぬか?」


 ヨーゼンラントにマリアンヌが行くことは、周囲には王が関係の強化を望んでいると見られる。明確に優遇措置と言っても差し支えない。

 だが。マリアンヌは王の考えがそれだけとは思えなかった。


「ヨーゼンラント公……会うのが今から不安です」


 ヨーゼンラント公その人に苦手意識を持っているのは、実子のクリスチャンのみではない。昔会ったことがあるマリアンヌもそうだった。


「あのお方は癖が強いですからのぅ」


 男爵は長い髭をしごいた。

 特に苦手意識もなさそうなコルドゥアン男爵の様子に、マリアンヌはこの温厚な老人も貴族家の当主だったと思い出す。


 ――かないませんね。


 大きなため息をついた。

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