第22話
魔法の属性はおおよそ4つに分けられる。
大地、風雨、雷鳴、灯火。
大地は土や植物に関連するものを操り、風雨は空気や水に関するものを。雷鳴は電撃や音について操り、灯火は炎と光を操る。
アントワネット目線では科学的な繋がりも感じられなかったが、この世界ではそういうことになっているらしい。
「兵士に大地属性の使い手が多いというのは?」
「軍というのは移動速度をとにかく大事にされるそうですので、こういった魔法が使える兵士を重宝するようです。それに、突撃の際には土石流のように、大地をめくり上げながら突撃するそうですよ」
周囲を歩く兵士たちの装備は、ほとんどが丸盾と槍だ。
あまり投射物を気にしていない装備なのは、魔法が存在しているからだろう。めくれる大地を盾にしながら突撃する戦術がメジャーな以上、正面から放つ弓も銃も、あまり効果的ではなかった。
魔法という強力な道具があったせいで、戦争は肉弾戦から進歩出来ていなかった。
「色々とあるんだねぇ……」
アントワネットは自分の手のひらを眺めた。
とても魔法が使えるイメージが湧かない。魔法のない世界で生まれ育った人間にとって、それは難しいことだった。
馬車の中ですっかり暇を持て余し、あくびをしながら外を眺めるアントワネット。
マリアンヌはずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。
「なんでアントワネットさんは、私には本当の姿……? 本当の姿? 他の方に見せるのとは違う姿を見せてくださるのですか?」
「むーーー」
アントワネットは唇を尖らせた。
「なんでだろうね。たぶん大した理由じゃないよ」
この世界で最初にまともに関わったから?
愛らしい外見の女性だったから?
それとも、ただなんとなく寂しかったから?
どれも正解で、どれも満点には程遠い。
「私も人間だった、ってことかなぁ……。はっ」
他人の孤独に付け込んで騙すこともあるというのに、自分は他人との関りを望んでいる。カスの自己矛盾に、アントワネットは自嘲の声を小さく漏らした。
マリアンヌはどう声をかけていいのか分からず、自身のスカートをぎゅっと掴んだ。
マリアンヌ派の貴族の領地で歓待を受けながら、数日間の旅程を経て、彼女らはヨーゼンラントに入った。
ヨーゼンラントの騎士たちは、150人からなる集団を慣れた様子で引率し、領の都に連れていく。かつては1国の王都だっただけあり、規模も活気も大きい。
マリアンヌとアントワネットは、ヨーゼンラント公の城に案内された。
質実剛健を地で行くような、要塞じみた褐色の城だ。現地で採れる石材をどんどん使った様子が見て取れた。
宿泊する部屋に通され、連れてきた女中らに荷物を預ける。
旅の汚れを落とし、夕食の席に招かれた。
長テーブルの端にはヨーゼンラント公。
片側には、ヨーゼンラント公に近い順にクリスチャン、ヨーゼンラント夫人。反対側には、マリアンヌ、アントワネット。
ヨーゼンラント公の外見は、アントワネットが想像していたものとは大きく異なっていた。細身の体にこけた頬。
グリーズデン王国を代表する武家の長で、複数の戦争の経験者。それらの情報からイメージされる筋骨隆々の偉丈夫。その正反対にいるような外見だった。
ヨーゼンラント公の目がぎょろりとアントワネットを射すくめる。
「噂の、か」
「どのような噂かは存じませんが、お招きくださり光栄ですわ」
「随分と王都を賑やかしているようじゃないか。引っ搔き回して楽しかったか?」
「ええ、とても。ヨーゼンラント閣下は楽しめましたか?」
「ああ、楽しませてもらった。判断に迷わせてもらっている」
多くの家で魔王に当たれるならば、それに越したことはない。
しかし、それでも「迷う」に留まっているのは――。
「マリアンヌ王女も久しいな」
「ええ、お久しぶりです」
「相変わらずお美しい」
どこか含みを持った言葉だった。
「光栄です」
マリアンヌは素っ気なく返した。
言外に匂わされた「成長していない」というニュアンスを正確にかぎ取ったのだ。
「視察だったかな。王家の方が見て面白いものなどないと思うが……不自由はさせないつもりだ。ゆっくり羽を休めていくといい」
「いえ、折角の機会ですので勉強させていただきます」
「ものを学ぶにも前提の知識が要る。学びになれば良いのだが」
ヨーゼンラント公のいる食事の席では、夫人もクリスチャンも口を開かなかった。
どこかひりつくような空気の中で食事が終わる。
食後のサロンに誘われることもなく、マリアンヌたちは部屋に戻された。
マリアンヌにとっての悲劇は、アントワネットと相部屋だったことだろうか。
「ん~~、シーツが綺麗! チリひとつないね!」
アントワネットは食事のときのやり取りを気にしていない。寝台に腰かけ、手でシーツを撫でまわしていた。
「なんていうか、隙がありませんよね。歓迎はしていないけど、文句はつけさせないという意思を感じます」
マリアンヌにとっては、綺麗に整えられた客室ですら憂鬱に感じるものだったらしい。
「めっちゃ馬鹿にしてたねぇ。ま、おっさんから見れば私らなんて経験皆無みたいなものさ。実際に経験不足だし、知識も足りてない。そんなもんだよ。褒められるくらい学んで帰ればいいさ」
アントワネットのやけに前向きな言葉に、マリアンヌは力なく頷いた。
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