第14話-3

 結局、北東ルーシの大国であるウラジーミル・スーズダリ大公国の首都ウラジーミルは陥落し、モンゴル軍により虐殺、強姦、略奪、破壊の限りを尽くされた。


 ウラジーミル陥落を知ったユーリーⅡ世は愕然とし、慟哭した。ユーリーⅡ世は、シチ川近くの森へ出発し、ここへ新たな軍勢を集めるよう命じた。


 一方、モンゴル軍は、ウラジーミルを占領した後、主力部隊はユーリエフ・ポリスキー、ペレスラヴリ・ザレスキーを襲い、さらにトヴェリ、トルジョークへと向かった。また、ブルンダイの率いる第二軍は、大公ユーリーⅡ世の甥、ユーリー・コンスタンチノヴィチの所有するヴォルガ川流域の都市へと向かった。


 三週間後、ブルンダイの第二軍は主軍のおよそ二倍の距離を遠征した後、シチ川へと至った。また同刻、主軍はトヴェリ・トルジョークでの包囲戦に勝利した後、ウグリチ方面からシチ川へと接近した。


 対するルーシ軍は、三千人の兵しか集めることしかできなかった。結果、ウラジーミル・スーズダリ軍はモンゴル軍に包囲されてしまった。


 ラウラとイゾベルはモンゴル軍を箒に乗って、戦いの様子を上空の安全な場所から監視する。


 戦いはモンゴル軍のドクトリンそのままに進行した。


 まず、弓を装備した軽騎兵が騎射で矢の雨を降らせ、敵を削っていく。対するウラジーミル・スーズダリ軍は、馬で高速に移動するモンゴル兵へ弓で反撃するが、的を絞り切れないようだ。敵の陣に破れができたところで、重装甲騎兵が突撃をかける。停止することなく、敵を蹴散らし、通り過ぎていく。これを二度、三度……。


 ウラジーミル・スーズダリ軍は大量に押し寄せる騎馬兵の波に翻弄されている。

 

 最後に、討ち漏らした敵は下馬した軽装歩兵が制圧した。ウラジーミル・スーズダリ軍はほぼ全滅だった。ユーリーⅡ世も壮烈な戦死を遂げ、首はモンゴル征西軍の総司令官・バトゥの元へ送られた。


 このユーリーⅡ世の死後、大公の位は弟のヤロスラフⅡ世が継ぎ、彼はモンゴル帝国に臣従することでウラジーミル・スーズダリ公国の存続を図ることになる。

 

 イゾベルが感想を漏らした。

「やっぱり騎馬兵は強いな。暗黒騎士団ドンクレリッターの騎馬兵とどっちが強いかな?」

「そんなの決まっているじゃないですか」


「しかし、ヨーロッパで騎馬兵を持っているのは、いまだにロートリンゲンだけだろ。しかも何年も前から訓練しているって……閣下はこうなることがわかっていたみたいじゃないか。いったいどれだけ先を見ているんだよ、あの人は」

「そうですね。確かに底の知れないお方です」


 バトゥはこの後、広いルーシのステップ地帯を完全かつ効率的に攻略するため、軍をより小さな部隊に分け、各部隊はルーシ各地へと散り、国土を略奪し荒廃させた。結果、ルーシ北部の一四の都市は破壊と略奪にさらされた。


 ルーシの都市の中で、モンゴルによる破壊を免れたのはモンゴルに服従と貢納を約束した西部の大都市スモレンスクと、森林や湿地、春の悪路によって守られた北西部の大都市ノヴゴロドとプスコフだけであった。


 その後、モンゴル軍は進路を南に転じ、クリミア方面に向かった。


 それを見届けたラウラとイゾベルは、ロートリンゲンに帰還することとした。




 ラウラがロートリンゲンに帰還すると少女がいきなり抱きついてきた。フェオドラだ。

「ラウラ。ありがとう。聞いたわ。あなたが火の中に飛び込んで私を助けてくれたって」

「いや。私なんか……お礼なら閣下に言ってください」


「それならもう十分申し上げたわ」

「そうですか。でも、お元気そうでよかった」


「うん。もうすっかり元気よ。これもラウラのおかげ。大好き!」と言うと、フェオドラはラウラの頬にキスをした。突然のことに惚けてしまうラウラ。これって、ルーシ式のあいさつだよね。


 フェオドラはフランスから嫁入りしてきたイザベルの一つ年下の九歳だ。歳の近いイザベルが何かと面倒をみてやっているらしい。


 ──しかし、もしかしてフェオドラも近いうちに閣下の毒牙に?


 本人は否定しているが、イザベルとの結婚がきっかけとなって、ナンツィヒの城ではフェルディナントのロリコン疑惑がまことしやかにささやかれているのであった。


 ──いや。いっそそうなって、あの忌まわしい記憶など吹き飛ばしてもらえばいい。


 ラウラは、そう思った。


 ラウラとイゾベルは、諜報活動の結果をフェルディナントに復命した。

「なるほど。ほぼ思っていたとおりだな。それにしても、貴重な情報ばかりだ。この情報はぜひ皆で共有したい。疲れているところ悪いが、詳細な報告書にまとめてくれるか?」

「御意」


 ルーシもまだ全土が服属したわけではないし、まだヨーロッパの前に征服すべき地は残っている。残された時間はあと数年といったところか?

 フェルディナントは来るべき対決の時期が、少しずつではあるが確実に迫っていることを感じていた。


 バトゥは、最終的にはモンゴルへ帰還せず、キプチャクに根拠を置いて、ウルス(モンゴル語で「国家」の意)を形成していく。モンゴルのルーシ侵攻とそれにつづくモンゴル人によるルーシ支配を、ルーシ側から表現した用語で「タタールのくびき」という。


 侵攻時の虐殺の印象が強いため、占領後の統治も苛烈であると思いがちであるが、遊牧民族であるモンゴル族の統治は間接統治を基本としており、ルーシの支配も基本的にルーシ諸公を廃さず、彼らを通じて統治した。


 ルーシの人々からすれば、十分な貢納と軍役さえ果たせば、被支配民族ではあっても日々の生活をそれほど干渉されることはなかった。従来どおり、比較的自由に農耕や商業などのなりわいが続けられたのである。


 そういう意味では、侵略時の虐殺を別にすれば、モンゴルの統治そのものをフェルディナントは嫌いではなかった。そのあたりにモンゴルと手打ちをするヒントはないだろうか?


 フェルディナントは、モンゴルとの戦いのその先に思いをはせるのだった。

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暗黒騎士団の蹂躙:英雄フェルディナントの時代を超えた華麗な戦略 普門院 ひかる @c8jmbpwj

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