第13話-3
翌朝。皆が出発の準備を整えたところで、ジャンはフェルディナントに聞いた。
「昨日は議論がなかったが、そもそもどこを攻めるのだ?」
「そうですね、ここは正々堂々と正面から攻めましょう」
──正面こそ一番壁が厚いのだぞ。もしかして、こいつは馬鹿か?
ジャンは開いた口がふさがらなかった。
諸侯は疑いと期待の入り混じった複雑な心境で
ダミエッタの町に着くと
敵の見張りが正面の壁の上に集まってきている。まさか正面から敵が来ると思わず、戸惑っている様子がうかがえる。
フェルディナントはトレードマークの白銀の仮面を着けた。これを着けると気持ちが引き締まる。
「砲兵隊。撃ち方準備」
「了解!」と、ジョシュア・サンチェスが普段とは全く違った引き締まった声で返事をすると、砲兵隊がキビキビと準備をしていく。
「ペガサス騎兵と魔導士団もいつでも出られるようにしておけ」
「了解!」と、ネライダとフランメが同時に返事をする。
準備ができたとみるや、フェルディナントは命令を発する。
「砲兵隊。
凄まじい発射音がし、その直後にキャノン砲が壁に命中し、大爆発を起こした。凄まじい粉塵で壁が見えない。
だが、しばらくして粉塵が収まると壁は崩れていなかった。しかし、大きな亀裂が走っている。
──おお。さすがに一撃では無理だったか。
フェルディナントはあわてず命じる。
「砲兵隊。二射目、
二度目の大爆発の後、粉塵が収まってみると壁は見事に崩れ落ちていた。十字軍の面々から津波のように歓喜の声があがる。
フェルディナントは冷静な声で諸侯に言った。
「まだ壁が二つあります。壁が崩れた瓦礫を片付けないと砲兵隊が通れません。皆さん手伝ってください」
「おう。いいとも」と、諸侯は勢いよく返事をする。
「ペガサス騎兵と魔導士団は近くの塔と壁の上の兵を打ち取れ!」
「了解」
ペガサスが一斉に羽ばたく羽音に、諸侯もアイユーブ朝軍も驚いている。
アイユーブ朝軍は必死に矢を射るがペガサス騎兵と魔導士団には届かない。ペガサス騎兵が打つ自動小銃の銃声とともに次々と敵兵が倒れていく。
「土よ、我が呼び声に応えよ! 岩の弾丸をもって敵を打ち抜け! ストーンバレット!」
魔導士団の土魔導士が誦句を唱えると土の弾丸が敵を打ち倒していく。岩の弾丸はなまりの弾丸より大きいだけに、威力も凶悪である。しかも、ここは瓦礫だらけだけに材料には事欠かない。
マリー、ローラ、キャリーのホムンクルス三人娘は、フェルディナントが命じるまでもなく、暗黙の了解で時空反転フィールドを張り、敵の矢をはね返していく。
「何だこれは!」と、敵の驚く声があちこちで聞こえる。
後はもう単純作業だった。同じことを二度繰り返すと三重の壁は突破された。
十字軍の諸侯軍が次々と穴の開いた壁に突入していく。迎え撃つ敵が次々と集まっては来るが、その動きは精細さを欠いていた。
あとでわかったことだが、長期間にわたる包囲のせいで町の食糧は欠乏しており、五~六万いたという住民の数はおよそ半数に減っていた。敵は次々と投降し始めた。その波がどんどんと広がっていく。
「この野郎。てこずらせやがって!」
そのうちに投降した敵兵へ乱暴を働く者が出てきた。
フェルディナントは近くにいたペガサス騎兵から自動小銃を借り受けるとその者の足元を威嚇射撃した。ダダッという発射音が辺りに響く。
「味方に向かってなにしやがる!」と声があがるがフェルディナントは気にしない。
「小僧が。粋がりやがって!」と馬鹿にして乱暴を続けようとする者がいたので、フェルディナントはその足を容赦なく自動小銃で打ち抜いた。足を打ち抜かれた男は痛みに呻いている。
フェルディナントは、それを冷たい目で眺めながら言った。
「よいか! 投降した敵に乱暴を働くような騎士道にもとる者は、味方であっても撃つ! そう心得よ!」と、フェルディナントは大声で叫ぶと風魔法に乗せて戦場全体に届けた。
ジャンが「俺の部下になにしやがる」と言いかけるが、フェルディナントの白銀の仮面越しの鋭い視線に尻すぼみとなった。
こうしてダミエッタ包囲戦は、十字軍には珍しく、虐殺行為がほとんど行われずに幕を閉じることとなった。
アル=カーミルは十字軍との和睦を模索する。ダミエッタとパレスチナ南部の二つの城の確保と引き換えに旧エルサレム王国領の返却と、それに加えてアイユーブ朝が有する真の十字架と、捕虜の返還が和睦の条件として提案された。
ジャン・ド・ブリエンヌや現地諸侯はこれを受け入れることを望んだが、ペラギウスは異教徒と交渉することを拒み、またエジプトの商業利権を狙うジェノヴァ勢も反対したため、提案は拒否された。
「もうやっておられん。わしは帰る」
オーストリア公レオポルトⅥ世は、これに失望して帰国した。
「だが貴公のことは気に入った。例の嫁取りの件、考えておいてくれよ」とオーストリア公は言い添えた。
フェルディナントの身内で嫁に出せる年頃なのは、四女のマルティナしか残っていない。帰ったらまたバーデン=バーデンのツェーリンゲン家で相談だ。
アイリーン、ルイーゼに続き、大公家相手の好条件の婚姻ではあるが、当のマルティナはどんな顔をするやら。
本当はフェルディナントも帰りたかったが、オーストリア公に先を越されてしまった。さすがに神聖帝国勢が全部帰参したとあっては、皇帝の立場がなくなる。
──これも舅殿のためだ。
やむなくフェルディナントは十字軍に残ることにした。そして泥沼の戦争が続くのだ。
ジャン・ド・ブリエンヌは、ダミエッタをエルサレム王国の領土と考えた。
「ダミエッタはエルサレム王国の領土とすべきだ。現地の軍事力があってこそ維持できる」
だが、ペラギウスは教皇領とする意向を示した。
「何を言う。今回の十字軍は教皇の主導で行ったものだ。教皇領とするのが当然ではないか」
「海外にたいした軍事力を持たない教皇がどうやってダミエッタを維持するというのだ?」
「教皇の権威があれば可能だ。今回の勝利によりイスラム教徒どもは教皇にひれ伏すこととなるのだ」
──なんと不毛な机上の空論なのか。
ペラギウスの主張にフェルディナントはあきれた。
結局、怒ったジャンは、アルメニアの王位争いに介入するため、イスラエルのアッコンに戻ってしまった。これによりペラギウス枢機卿が十字軍のリーダシップを握ったが、事実上、戦闘を指揮する力はない。それを認めたがらない彼は屁理屈をこねた。
「私が指揮すれば勝利は確実だ。だが万全を期すために神聖帝国皇帝の到着を待ってやっているのだ。皇帝の面目もあるだろうしな」
──その根拠のない確信はどこから来るのだ?
フェルディナントには全く理解ができないし、理解するつもりもない。
一方で、正妻のヴィオランテの出産が間近となっていたフェルディナントは、一刻も早くロートリンゲンに戻りたかった。待たされて、イライラばかりが募る。
一方、アイユーブ朝のアル=カーミルも、ナイルデルタに位置する町マンスーラで対峙したまま防備を固めており、戦線は
皇帝自身は参加しなかったが、しばらくすると、神聖帝国はバイエルン公ルートヴィヒⅠ世指揮の元にかなりの兵を送って来た。また、ジャン・ド・ブリエンヌも戻ってきてため、十字軍は攻勢へ出ることにする。
ペラギウスは主張した。
「この上は一刻も早く進軍し、アル=カーミルのやつをたたくのだ」
「まだ、十分な食料などの補給品が整っていない」と諸侯は反論する。
「そのようなものは、必要に応じてナイル川を通じて補給を確保できるではないか」とペラギウス強弁する。
──バカな。ナイル川の覇権は誰が握っていると思っている? ナイル川は敵の庭のようなものだぞ。
フェルディナントを含め諸侯の誰もがそう思ったが、教皇の権威を笠に着たペラギウスに押し切られてしまった。
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